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列島縦断ネットワーキング

[北海道]

アニメ天使in岩見沢緑成園

吉田 栄次

ビット誕生

  ビットが生まれ

  ビットが翔び

  ビットの弓が胸から膨らむ

 平成7年4月6日木曜日午後7時TV東京の画面から世界初のデジタルアニメーション「ビットザキューピット」が優しく、そして鮮やかに3Dの迫力で飛び出す。

 ゼウスの国で、一方的に自らの幸福づくりをしようとしたり、それに嫉妬したりといった、あまりにも人間的な手違いから生まれた愛の戦士ビットの、その勇姿にアニメスタッフ総勢30名が讃嘆の声を上げた時は作業開始より6か月が過ぎていた。そしてアニメの迫力は予想をはるかに超えていたのだ。

 ストーリーと原画、そこに生命を吹き込む彩色の仕事が私達に与えられた役割であった。

 愛すべきゼウスの国の神々や妖精、そして悪さをする悪魔怪獣のそれぞれに愛着を抱いて地道な作業を続けてきた。正にビットの誕生はそうした作業をやり遂げた彼らの心と力から湧き上がったと幸福にも思い込んでいる。

岩見沢緑成園とは

 緑成園は札幌より北東40キロメートルの岩見沢市の西に位置し、現在、重度身体障害者授産施設・身体障害者療護施設・特別養護老人ホーム・身体障害者福祉工場・デイサービスセンター・診療所を設置経営している。

 これらの施設利用者は500名を数えるが、この複合化は現在求められ、実践されなければならない地域化への方法論として設置運営してきた。

 施設緑成園は当初から障害者の真の自立を求め、その為に必要な事は確かに制度等もあるが、何よりも障害者自らが社会で生きる術を持つ事が大事であると考えてきた。

 だから緑成園は老人をも含めた障害者全員の、一律ではない種々の自立を支援する、そうした組織であり、最終的には福祉という名の下での建物やその他の形では決してないノウハウ集団として残れる事を目指すところとして意識改革をも含んで運営しているつもりである。

 こうした方向付けには、これまで提携協力していただいている取引企業の経営者の方々に教えられた点が少なくない。

 即ち、福祉ですべてを語るな、見るな、動くな。あなた達は障害者の能力を削いでいるかも知れない。真の福祉とは人間としての正確な平等感を有していれば、それぞれの能力に応じて最大限の苦労と喜びを分かち合うべきだ…。

 私達は崩れかけた砂山を元に戻す事を中止しなければならない。そして新たに心を叱咤激励しなければならない事を思い知らされた。

 今、緑成園は老若男女合わせて約7割が作業を行っている。それぞれの障害機能に応じ企業ノルマやライン生産が可能な者はその作業に、それが困難であれば、それぞれの感性を生かし、又は磨き、近隣の方にも場所を開放して、彼らが指導し共に作品や商品を作る。

 今後は障害者を中心とした生産拠点・情報発信拠点・そして異業種の方々の協力を得ての販売サービス拠点を設置する事と併せて、下請協力会社である事から独自商品の開発に視点を移し、メーカーとして施設自らも自立を図るべく準備をしている。

アニメーション制作への道程

 私達にアニメのデジタル彩色の話が持ち込まれたのは平成6年8月であった。

 その2年前、平成4年12月に私達はマルチメディア開発室を設置している。これは昭和52年以来継続してきたシステム開発の受注が困難になる中で、これまでの知的資産を維持発展させる道はないかと模索する中で生まれた。即ち、マルチメディアをキーワードとして仕事をしたいという人間との出会いで方向転換を決めた。

 その時に双方で意志確認した事は、現在コボルベースでソフト開発している彼らにマルチメディアは可能か。将来的にも障害者を中心とした作業であり続け得るか。福祉でなく企業を目指すだけの力を持つ事が出来るか。

 情報の集まる大都市でなく岩見沢を新たな情報発信基地とする。

 今思えば無理難題ばかりである。そして後方支援。彼らは大変な努力をした。見慣れぬマルチメディア概念を理解するより実践から学んだ。彼らの特徴は体力不足をコンピューター操作を十分学んでから創作に入るやり方で間違いが少なく、結果として開発期間を短縮する事で確実性をものにすると共に体力の消耗を防いだ。そして思ってもみなかった六か月後、重度障害者意志伝達装置「コミュニケーション愛」を生み出した。これは現在、日常生活用具として道内で16台販売され、更にバージョンアップを図っている。

 こうした私達の動きに対して道内の主要企業が1つの試みとして成功させようという集団が出来、全面的にバックアップ体制をしいてくれることとなり、北海道としてマルチソフト開発は緑成園を合言葉に、共にディスカッションをし、制作し、手直しをし、作品化を推進し、草創期から現在まで原動力として支えられている。

 この中に今回アニメーション制作を北海道で実現する核となった日本屈指のソフト開発会社、株式会社BUGが存在した。

 最初は世界で初の連続テレビアニメのデジタル彩色という事で、品質や納期等、又当然緑成園で不足する技術者を地域から募集しなければならない、そうした文化風土があるのか等、不安を訴えて断った。しかしBUG社からは「だからこそやる価値がある。全員が初めての試みで、そのスタートを一緒にきる事は今後に絶対生かされる。緑成園だったら出来る。そして日本有数の文化であるアニメを、もう一度日本の北海道でやってみよう」と説得され、納得せざるを得なかった。

 この札幌に拠点を置くBUG社を信頼し、そしてマルチメディア部隊を背景にしてスタッフ集めを開始した。

 障者者11名・地域から選考した者九名でスタート。障害者の内10名は1・2級の最重度者である。全員は初めて触れるコンピューターのスイッチONからの教育である。未知の世界へマウスが動きだす。

 紙レベルの原画のスキャニング、それをコンピューター上で17万色の色彩から選んで彩色し、かつコンピューター上に残る黒い線の枠を除去し、色のみで陰影をつける。最も困難で本格的手法であるが、これを2、3か月で基本をマスターした。そしてここで苦しんだアニメ天使達の能力はその後飛躍的に上がった。そして、障害機能が重度であっても如何に早く正確な色を選択するか、色彩とアニメの流れを理解するかで作業能力は平準化され、逆に彼らこそが特化していく事が証明された。

 正に人と仕事、人と人の関係におけるバリアフリーである。

 又、この作成システムはマルチメディアそのものである。即ち東京で原画が作られ、これを札幌にデータとして送られ、確認して緑成園に彩色指示があり1日約300枚を仕上げて札幌へ送る。緊急時や北国故の吹雪の時などはISDN回線を使用して送信する。札幌で3D・編集しVTRまでに完成させ東京で吹き替えをして放映である。

 今後は一歩進め、アニメを、この作成システムの中で緑成園が更に重い役割を担うべく検討、協議を重ねている。その為の人材育成に対する協力をいただき、彩色からチェックそして3D仕上げ、背景画作成へとアニメマグマを構築し、爆発を夢見ている。

(よしだえいじ 岩見沢緑成園園長)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1995年11月号(第15巻 通巻172号) 58頁~60頁