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1000字提言

みんなと違うルール

熊埜御堂朋子

 ロンドンから車で4時間余り。左右に広がる緑の牧草地、羊の群れ、風に乗って流れていく雲…美しい海岸沿いの小さな村に、「自閉症」ドナ・ウィリアムズは住んでいました。出迎えてくれたドナとポール(夫)。「2人は他人と握手をしない」と聞いていた私は少し緊張しながら、ただ「Hello 」と小さな声で挨拶をしました。パステルカラーのパンツに白いTシャツ姿のドナは、一見少女のような可憐さを感じさせながらも、私たちとの距離を掴みかねて少し怯えている、そんな印象を私に与えました。

 そうして、私とドナとの一か月が始まりました。ドナは、話し言葉によるコミュニケーションが苦手でした。

 何て言っているの?/私にはあなたの言葉がわからない/考えの筋道を掴むこともできない/考えることのできる人に憧れる/私の脳は複雑なことから私を締め出すばかり/単に壊れているだけなのだろうか/それとも、接続がうまくいかず、違う道にさまよい込んでしまったのだろうか/それは誰にもわからない/誰にもわからない

(ドナの詩『ぼろぼろのぬいぐるみ』より)

 そこで、私たちは、撮影スケジュール、インタビューの内容、お互いの要望、感想、意見など、全て紙に書いてコミュニケーションをしました。全ての予定がきちんと決められていること、そうして初めて、安心して私たちとつきあえるようでした。

 したいこと、してはいけないこと、行く場所、会う人を私は書く/そして私は貼っておく/壁に、床に、車に、ドアに/紙の上なら考えも雲のように流れ去りはしない/感情も目に見えるものになる/紙の上なら安全だ、リアルだ、分かち合えるのだ/書くということを私は信じている/書くということで私は自由になる

(ドナの詩『書くということ』より)

 ドナは、自伝を書き、詩を書き、作曲し、絵も描く──。それは、「トイレに行くのと同じぐらい自然なことで、そうしないと何かが自分の中で溜まっていってしまう」そう彼女は言います。そして「自閉症」である自分の、みんなとは違うルールをわかってほしいと強く望んでいました。ドナのように文字や言葉にはならなくても、多くの「自閉症」の人たちにも、その人その人なりにコミュニケーションのルールがあるに違いない、私はそう信じています。

(くまのみどうともこ NHK番組制作局教養番組部)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年2月号(第16巻 通巻175号) 22頁