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高度情報化社会にむけて

情報へのアクセス 

江田裕介

公共の情報サービス

 1990年7月にアメリカで成立したADA(Americans with Disabilities Act )の原文には、アクセス(Access)ということばがたびたび使われています。「建物へのアクセス」「駅へのアクセス」「車両へのアクセス」という具合です。アクセスとは、直訳すれば「……へ近づくための方法」となりますが、ADAでは、障害者の利用が可能である、使いやすい、目的に到達できるなど、多様なニュアンスで用いられています。それは、この法律が、社会環境の全般を障害者にアクセシブルなものへ改善していくことを基本理念の1つとしているからです。

 また、ADAには、施設や設備へのアクセスだけでなく、公共の通信や情報へのアクセスに関する項目があります。もし公官庁などの情報提供が、特定の障害者に利用できないメディアに限定されるとしたら、当然公共の事業として問題があると考えられるからです。

 ADAが成立した当時アメリカの司法省は、その主旨をわかりやすく民間に伝えるため、新しい法律を要約・解説したパンフレットを配布しました。このパンフレットは、「障害を有する人にアクセシブルなあらゆる形態で利用できる」とされ、印刷物だけでなく、点字、拡大文字、録音テープ、コンピュータのファイルなどが用意されました。コンピュータのファイルが障害者に便利な点は、各自の必要に応じて点字にも音声にもメディアを変換できるからです。また、このファイルは、コンピュータ・ネットワークの電子掲示板にも掲載され、広域の障害者がアクセスできるよう配慮されています。おかげで、私たちも日本にいながらコンピュータ・ネットワークを通じて、この情報を即座に入手できました。

コンピュータのアクセシビリティ

 コンピュータは、すでにオフィスの機器として不可欠なものとなっていますが、現在は、家庭の所有率も上昇し、さらにマルチメディア化と通信網の世界的なひろがりが進んでいます。そこで、コンピュータは近い将来、情報通信の中心的なメディアになっていくと考えられています。こうして、コンピュータが社会に普及するほど、それが障害者に使えるよう配慮された機材であるかどうかが重要な問題になります。

 ADAには、コンピュータに関する具体的な記述はありません。しかし、アメリカではこれに先だって1986六年に、コンピュータのアクセシビリティの必要項目を細かく定めたリハビリテーション508条が制定されています。そこには、感覚や肢体の運動に障害を有する人に対応して、コンピュータの入力・出力がどのように改善されるべきか示されています。また、連邦政府や関連機関の調達する機材は、すべてこの条件を満たしている必要があり、この法律は機器製造メーカーに対して実質的な効力を有しています。

 日本でも1990年、この508条に準じて、通産省より情報処理機器アクセシビリティ指針が公表されました。この指針には法的な拘束力はありませんが、障害者がコンピュータを利用するうえで必須の機能が具体的に述べられています。わが国の行政が、障害者と情報機器との将来を認識し、対応を示している点で画期的なものといえます。

マン・マシン・インターフェース

 人がコンピュータを操作するためには、キーボードのように情報を入力するための装置と、ディスプレイやプリンタのように情報を出力する装置の2種類が必要です。これら入力と出力の環境は、人間とコンピュータの接点という意味で、マン・マシン・インターフェースとも呼ばれます。コンピュータのアクセシビリティを高めることは、このインターフェースを改善する過程にほかなりません。視覚や聴覚など感覚の障害者への対応は、主に出力(入力のフィードバックもふくむ)を改善することです。これに対して運動の障害者には、主に入力を改善することが必要です。

 しかし、「運動障害者への対応」とひとことで言っても、個々のケースが抱えた問題は異なります。例えば、筋ジストロフィーなどの筋疾患と、脳性マヒでは、入力系統の仕様がまったく逆の設定になります。筋疾患では、筋力の不足と可動域の狭さが主な問題であるため、操作に用いるシステムは、わずかな力に反応するよう感度を高め、小さなスイッチを、狭い間隔で配置する必要があります。しかし、アテトーゼ型の脳性マヒなどでは、運動のコントロールとタイミングが問題であり、誤動作の防止のためシステムの感度を落とし、大きめのスイッチを、広い間隔で配置しなければなりません。障害の種類や部位、その程度によっても対応は異なります。

今後の課題

 現在では、福祉機器の種類が充実しはじめ、障害者のために開発されたコンピュータの操作スイッチも種類が増えました。市販されている機材を組み合わせるだけでも、かなり多くのケースに対応できるようになっています。しかし、まだ適性に関する基礎的な研究が十分に成されていないため、必ずしも有効に活用されているとはいえません。例えば、最重度の運動障害者に用いられるオート・スキャニング(自動走査)の入力は、緊張の強い脳性マヒ者には適さない例が多いようです。しかし、日本で(アメリカでも)市販された機器は、まだ大部分がこの方法を採用しています。

 知的発達の遅れに対しては、さらに別の観点が必要です。同じキーボードでも、文字の配列が50音順である方が使いやすい場合が多いでしょう。また、文字ではなく、シンボル(絵文字など)による入力や出力を考えなければならない例があります。さらに、知的障害者に使いやすいワードプロセッサなど、新たなソフトウエアの開発が必要になってきます。しかし、こうした知的障害に対するコンピュータのアクセシビリティについては、あまり研究・開発が進んでいません。

 これらは、福祉機器の研究者にとって、今後の大きな課題となっています。

(えだゆうすけ 東京都小平養護学校)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年2月号(第16巻 通巻175号) 44頁~46頁