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フォーラム '96

社会リハビリテーションの概念の体系化に向けて

奥野 英子

はじめに

 「社会リハビリテーション」と「障害者福祉」は相互補完的関係にあると捉えたいが、現実には日本において、それぞれの概念がどのように異なるのか不明瞭なままであり、この2つの概念が混同されてきたきらいがある。「社会リハビリテーション」と「障害者福祉」の相違を明らかにし、その関係を明確化することにより、リハビリテーションの一分野である「社会リハビリテーション」の概念の体系化と今後の発展に資したい。

「リハビリテーション」の定義と社会リハビリテーションの位置づけ

 リハビリテーションについてはこれまでに様々な定義がなされてきた。それらの中でも代表的なものは、1943年の全米リハビリテーション協議会による定義、1969年のWHOによる定義、および1982年の国連障害者世界行動計画による定義などである。現在、日本においても国際的にも最も妥当な定義は、1982年の国連障害者世界行動計画による次の定義であろう。『リハビリテーションとは、身体的、精神的、かつまた社会的に最も適した機能水準の達成を可能とすることによって、各個人が自らの人生を変革していくための手段を提供していくことをめざし、かつ時間を限定したプロセスである』

 リハビリテーションは障害のある個人の(に対する)総合的な取り組みであるが、広範囲にわたるため、アプローチの代表的四分野として、医学的リハビリテーション、教育リハビリテーション、職業リハビリテーション、社会リハビリテーションの分野があることは、周知のとおりである。

「社会リハビリテーション」と「障害者福祉」の概念の比較検討

 「社会リハビリテーション」と「障害者福祉」の概念および定義について検討するために、諸文献を研究したが、両者の概念が日本においては混同していることが明らかとなった。代表的な捉え方を例示すると、『障害者福祉事業は社会的リハビリテーションとほとんど同義であり、全体としてのリハビリテーション事業の一部である』(上田敏、1983)、『障害者の人権の保障から経済的保障、さらに都市改造に至るまで「社会リハビリテーション」の果たすべき役割は極めて大きなスケールのものとなり、従来言われていたような狭い意味での「障害者の福祉」とは段違いの規模の仕事になる』(三澤義一、1995)、『「障害者福祉」は各種の障害者福祉立法を基底に、障害者ニーズの充足に関連するサービスを組み立てた国家政策を基幹とし、さらに施設、機関、人材など民間セクターの援助分配網を加え、各種障害者に対する全国民的な福祉政策論であり、援助科学技術体系としての「リハビリテーション」と基本的に異なる』(小島蓉子、1992)。また、そのほかの定義・解説をみると、両者の概念が全く逆に捉えられていることも多々あった。

「社会リハビリテーション」の概念・定義の変遷

 国際リハビリテーション協会(RI)に社会委員会が設置されたのは1961年であり、社会リハビリテーションの用語が日本に初めて紹介されたのも1960年代であるが、その後、国際的にも幾多の変遷を経ている。これまでの主だった経過は次の通りである。

(1)WHOによる「社会リハビリテーション」の定義(1968)

『社会リハビリテーションは、障害者が家庭、地域社会、職業上の要求に適応できるように援助したり、全体的リハビリテーションの過程を妨げる経済的・社会的な負担を軽減し、障害者を社会に統合または再統合することを目的としたリハビリテーション過程の一部分である』

(2)RIによる「社会リハビリテーションの将来のための指針」(1972)

 この指針の中で具体的な定義はなされていないが、「RI社会委員会の関心の焦点は、身体もしくは精神に障害をもつすべての人々の生活条件及び個人の福祉を向上することである」とし、障害者をめぐる環境として、①物理的環境、②経済的環境、③法的環境、④社会・文化的環境、⑤心理・情緒的環境を挙げ、これらの環境を改善することが社会リハビリテーションとして取り組むべき課題であるとした。

(3)小島蓉子による「社会リハビリテーション」の定義(1978)

 『社会リハビリテーションは、社会関係の中に生きる障害者自身の全人間的発達と権利を確保し、一方、人を取り巻く社会の側に人間の可能性の開花を阻む社会的障壁があればそれに挑み、障害社会そのものの再構築(リハビリテーション)を図る社会的努力である』

(4)RI社会委員会による「社会リハビリテーション」の定義(1986)

 RI社会委員会では1980年代初頭から“Social Rehabilitation ”の定義を検討してきたが、1986年に以下のような定義を採択した。

 『社会リハビリテーションとは、社会生活力(Social Functioning Ability,略称SFA)を高めることを目的としたプロセスである。社会生活力とは、様々な社会的な状況の中で、自分のニーズを満たし、一人ひとりにとって可能な最大限の豊かな社会参加を実現する権利を行使する力(ちから)を意味する』

 また、この定義の前提として、「機会均等」の重要性を挙げている。

 『機会均等とは社会の一般的システム、例えば、物理的、文化的環境、住宅と交通、社会・保健サービス、教育と労働の機会、スポーツやレクリエーション施設等を含む文化・社会的生活をすべての人々に利用可能にすることである』

「社会リハビリテーション」の概念の整理

 このように、社会リハビリテーションの概念・定義は国際的にも変遷を経てきた。また、1982年の国連世界行動計画において「障害に関する主要3分野」として、①予防、②リハビリテーション、③機会均等、の3つの概念が整理された。これらの経過をふまえ「社会リハビリテーション」と関連諸概念との関係を以下のように整理したい。

「社会リハビリテーション」と関連諸概念との関係

「社会リハビリテーション」と関連諸概念との関係

 1986年の「社会リハビリテーション」の定義に則り、「社会リハビリテーション」は社会生活力を高めるための訓練・指導・援助・支援であり、その主体者は障害のある当事者、家族、ソーシャルワーカー、心理職等が中心となる。「社会リハビリテーション」は、これまで障害者を取り巻く環境改善(ハード・ソフトの両面)への取り組みを重視してきたが、1982年の国連障害者世界行動計画により「リハビリテーション」と「機会均等」が分けられたことに伴い、環境の改善は「機会均等」に含まれることになった。「社会リハビリテーション」は、障害者と環境との相互関係を視野に入れた取り組みなので、「機会均等」と非常に重要な関係にあることは当然である。

「社会リハビリテーション」と「障害者福祉」の関係

(1)社会リハビリテーション

 リハビリテーションの一分野であり、障害がある者の社会生活力を高めるための援助技術の体系・方法と具体的なプログラムである。

(2)障害者福祉

 リハビリテーションによって障害者の身体的、精神的、職業的、社会的な能力が最大限に高められるが、それでもなお解決されない能力低下があり、これと社会的不利に対応するための社会福祉からのアプローチが「障害者福祉」であり、各種の福祉立法を基底に、障害者のニーズを充足するための福祉サービスを提供する制度・施策である。

 しかし、障害のある者が社会の構成員として地域の中で普通に生活を送れるようにするためには、「障害者福祉」だけでは十分ではない。「完全参加と平等」を可能とする「機会均等」の社会を実現するためには、厚生省を含む全省庁の取り組みとしての「障害者施策」が必要とされるのである。

社会リハビリテーションの実施方法

 社会リハビリテーションには理念はあっても技術体系がないと批判されてきた。しかし障害者一人ひとりの社会生活力を高めるための訓練・指導・援助・支援は、①ケースワーク、②グループワーク、③コミュニティ・ワーク、④ケア・ワーク、⑤カウンセリング、⑥アドボカシー(権利擁護)、⑦ソーシャル・アクションなどの社会福祉援助技術や臨床心理の技術を活用する。

 これらの援助技術を活用し、訓練・指導・援助・支援プログラムを実施していくのであるが、具体的には、①各種施設におけるプログラムと、②地域におけるプログラムがある。施設におけるプログラムとしては、先駆的な施設において、生活訓練、社会適応訓練、社会生活訓練等の名称で取り組まれている。地域においては、障害のある当事者が運営する自立生活センターにおいて自立生活訓練やピア・カウンセリングなどが実施されていることも、社会リハビリテーションの具体的なプログラムの一例である。また現在、公的機関および民間研究グループによって、社会生活力を高めるためのプログラムについての研究も実施されている。

まとめ

 「社会リハビリテーション」と「障害者福祉」の両概念が日本では明確化されていないが、医学的リハビリテーションにおける理学療法や作業療法が障害者の機能の回復をめざすと同じように、「社会リハビリテーション」は障害者が主体的に生きていくための社会生活力の向上をめざした訓練・指導・援助・支援を意味する。「障害者福祉」は具体的には、相談援助、医療費の軽減、補装具・日常生活用具の給付、所得保障、在宅福祉サービス、施設福祉サービスなどのサービスの提供が中心となる。予防、リハビリテーション、機会均等のすべてへの対応が「障害者施策」である。

 今回は試案として「社会リハビリテーション」の概念を提示したが、今後も研究グループとともに検討を続け、社会リハビリテーションの概念の体系化を更に進めるとともに、障害がある者の社会生活力を高める訓練・指導・援助・支援プログラムの具体化に寄与したい。

※参考文献 略

(おくのえいこ 厚生省社会・援護局更生課身体障害者福祉専門官)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年2月号(第16巻 通巻175号)51頁~54頁