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検証・ADA新時代

ADAに対する職員研修

関川芳孝

●職員の意識改革がなければ訴訟リスクを回避できない

 わが国では、障害者のアクセスに対し配慮するということは、車いす利用者が利用しやすいようにハード面の整備としてうけとめられがちである。これに対して、ADAのもとでは、各自治体としては、「障害者を歓迎していない」と受け取られないように、制度上の取扱いの見直しだけでなく、職員による対応などソフト面でも慎重な取扱いが求められている。対応した職員の何気ない言動が、障害者の心証を害し、提訴の直接のきっかけとなることが少なくないからである。

 たとえば、サンタクルス市では、ADAに対する市の対応のひとつとして、「職員研修」を重視しており、かかる訴訟リスクを回避する方法としてみても興味深い取り組みといえる。サンタクルス市による一連の対応を紹介しよう。

 このサンタクルス市は、西海岸サンフランシスコ市から約120キロ南にあり、人口約5万人ほどの小さな都市である。このサンタクルス市では、都市計画開発部をADA担当の統括部局とし、都市計画開発部のコーディネーターを兼任でADAコーディネーターとして選任した。自己点検および改善計画作成のための組織としては、庁内主要部局の委員6名と障害をもつ市民6名から構成される「アクセス対策委員会」を設置し、自己点検に取りかかっている。そして、同委員会は、点検の対象となった14の部局に対して、①部局の役割、②部局による各プログラムの問題状況の概要、③必要とされる改善措置の内容、④改善措置の実施予定日、⑤必要な経費について記述するワークシートを配布し、これらについての回答を求めた。

 各資料をもとに検討した結果、ADAを遵守するためのサンタクルス市としての主たる課題として、①視覚障害者に対するサイン表示が十分でないので点字表示をつける、②歩道の段差解消のため、市域にあるすべての公道を調査し問題箇所を明らかにした段差マップを作成し、問題となった箇所を暫時改修していく、③キャンプ場や海水浴場への車いす利用者のアクセスに十分配慮する、④いくつかの図書館には、聴覚障害者のための通信手段であるTDDとともに、手話ができる職員を配置するなどを確認している。あわせて、道路やキャンプ場の整備などの改修工事を必要とするハード部分の改善計画も作成され、計画的に暫時改修に取りかかることが明らかにされている。

 サンタクルス市では、かかる自己点検の結果、ハード面の整備だけでなく、「職員研修」によるソフト面での意識改革が必要であると考えた。実際に行われた研修は、障害者をボランティアの講師として招いて、ADAの内容や障害者に対する礼儀作法を説明するプログラムも用意された。「研修では、障害者のアクセスを阻む障壁は通常とらえにくいものであることを説明する」ことが大切であるという。

 つまり、職員に対して、常日頃から当たり前とされてきた慣行が障害者のアクセスを阻んでおり、このため結果的にまったく本人の自覚のないままに障害者に対する差別の加害者として訴えられる危険があることを教え込もうとするわけである。同じように「心のバリア」をテーマとしていても、障害者に対する「思いやり」や「福祉の心」を説く職員研修とは、基本的な発想が決定的に異なる。

 私自身も、アラメダ郡が運営するオークランド・コロシアムにおいてディズニーのアイスショーがあったので子どもを連れてここを訪れたが、ADAのインパクトを象徴するような光景にであった。私の前に並んでいた知的障害をもつ子どもに向かって、切符きりの係員が満身の笑みを浮かべて「こんにちは、ご機嫌いかがですか」と直接声をかけていた。もちろん私たちにも挨拶してくれたが、こちらにはいささか事務的な挨拶であった。そのため、明らかに業務上の必要から意図的に作られていると思われる係員の笑顔が、今でもはっきりと記憶に残っている。

 これは後から知ったことであるが、オークランド・コロシアムでは、障害者サービス・ガイドライン12箇条を作成し、職員に接客対応の徹底を図っているという。

 ガイドラインのなかから、興味深いものをひろってみると、①「決して『障害者ですか』と尋ねてはいけない。必ず『介助が必要ですか』と尋ねること」、②「障害をもった利用者には、常に丁寧に接すること。決して障害を理由にサービスを断ってはならない。対応できないと思ったら上司の指示を仰ぐこと」、③「挨拶する場合には、同伴の家族や介護者がいても、まず障害をもつ利用者に直接挨拶の言葉をかけること」、④「車いす利用者は車いすを自分の身体の一部と思っている。決して本人の許可なく不用意に車いすにふれないこと」などとある。

 なるほど、このようなガイドラインの中で職員が当然とるべきマナーを具体的に明らかにし、職員に職務のひとつとして必要な対応をとるように徹底させなければ、ADAのもとで懸念される訴訟リスクは回避できないのであろう。係員のマニュアルどおりの対応から推察すると、ガイドラインは職務のなかで忠実に守られているように思われた。

●市財政に与えるインパクト

 さて、バークレー市の改善計画に話を戻そう。バークレー市の組織見直しは、公共事業部を担当総括部局に指定し、自己点検をもとに改修工事が必要な部分についての改善計画案が昨年末にまとまった。

 自己点検は、市庁舎、市立図書館、市立医療施設、プールや公園、キャンプ場などのレクリエーション施設、消防署、市立パーキング場、市の管理する道路など市民に対するサービスを提供しているすべての建築物について行われている。当然に既設の建物についても自己点検の対象としなければならない。ADAが求めるアクセス基準のもとで最終的に改修するべきこれらバークレー市の建物は、道路の改修を別にしても、市庁舎など108施設に及ぶ。

 ところで、ADAの改善計画は、関係部局が住民に提供しているプログラムに直接関係しない部分の改善を対象とするものではない。さらには、プログラムへのアクセスの確保を求めているが、改修工事だけが唯一の方法ではないことを認めている。障害者がアクセスできる別の場所を確保するなどの工夫により、当該プログラムを全体としてみた場合に、障害者が実施されているプログラムに公平にアクセスできるようになっていれば、必ずしも改修工事まで必要とされない。さらには、かかる経費がバークレー市にとって「過度な負担」となると証明できる場合には、障害者によるプログラムへのアクセスを阻む建物を改修しなくとも許される。これが、ADAが自治体に対して求めている「プログラムへのアクセス確保(Program Accessibility)」の考え方である。

 ADAが自治体に対して与える財政的なインパクトに配慮した結果、現実に妥協した基準となっているように思われる。にもかかわらず、個別に調査して最終的に必要とされる改修経費は、バークレー市だけでも約1,000万ドルの負担が見込まれている。

 改修計画では、改修工事が必要とされる建物部分を具体的に明らかにし、各建物の改修のスケジュール、改修の経費を具体的に示さねばならない。バークレー市の改善計画案でも、住民に密着したプログラムかどうかで優先順位をつけながら、2000年までの4か年で改修する計画を示している。しかも、具体的な改修部分と改修に必要となる経費の見積もりが示されている。

 わが国でも、周知の通り各自治体において地方版ノーマライゼーション・プランの検討が進んでいる。しかし、自治体は計画において改善すべき各課題を抽象的に指摘できても、よほど首長のイニシアチブがなければ、各部局との調整が困難で、担当者がここまで具体的に書き込むことは難しいものと思われる。

 改善計画案をみると、バークレー市のようなバリア・フリーの環境が整った都市ですら、ADAがなお大きなインパクトを持っていることがわかる。たとえば、道路と歩道との段差解消については、私自身もバークレー市の中心部、大学周辺をみる限り、傾斜路(ランプ)は完全に整備されているように思っていた。しかし、市全体を調査した結果、改善計画案では、傾斜路が整備されていないコーナー7,100か所も存在することをつきとめた。また、古いタイプのものでADA の基準に合わないもの、壊れており補修が必要なもの、ADAの基準には適合しているが幅が狭かったり傾斜が急すぎて危険なものなどについても、改修の対象として指摘している。これら歩道の段差解消のために必要な事業費として約337万ドルが見込まれるという。

●自治体運営のノーマライゼーション

 かかる経費をどのように受けとめるかは、バークレー市でも人それぞれであろう。私も担当者の本音が聞きたくて、「連邦政府からの補助も十分でないのに、これほどの財政負担を自治体に求めるADAは、クレージーだとは思わないか」とあえて意地悪い質問をしてみた。ところが、担当者は即座に「それは誤解だ。これで障害をもつ住民が安心して市の建物を利用できるなら、安いものさ。予想される経費も地方債を発行すれば調達できるだろう」と案の定、気色ばんで反論してきた。なるほど、確かにオンボロ図書館を新設するよりずっと安い経費で障害者に対して公平に行政サービスを提供できるのだから、バークレー市にとって決して「過度な負担」に当たるとはいえないであろう。

 財政規模が違うので一概に比較はできないが、サンフランシスコ市では、約2億ドルかけて図書館をオープンさせている。1,000万ドルの財政支出は、財政事情の厳しいバークレー市にとっては、確かに決して簡単に確保できる額ではないのであろうが、障害をもたない者に配慮した財政構造による歪みを矯正するためにも、ADAの成立をきっかけとして、「お金をかけるべきところには、ちゃんとかける」。これが、障害者を排除しない「ノーマル」な自治体運営のあり方と考えるべきなのであろう。

(せきかわよしたか 北九州大学)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年7月号(第16巻 通巻180号)36頁~38頁