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検証 ADA新時代

ADAの適用と交通アクセス

関川芳孝

●車いすアクセシブルのバス路線網

 北九州大学の学生が、障害者の権利擁護について調べるため、夏休みを利用しバークレーを訪れている。彼は、小児マヒのため手足が不自由な重度の障害者ではあるが、日本から持ち込んだ電動車いすに乗り込んで、バークレーの街を調査のため精力的に動き回っている。私も、よく知っている大学院の学生であるので、今回の調査では彼と一緒にCIL(自立生活支援センター)、やDREDF(障害者権利擁護団体)などに同行している。

 ハードなスケジュールの調査であったので、少し息抜きにわが家の裏庭でバーベキュー・パーティでもと思い、家に招待した。彼が住んでいるアパートからわが家には、バスを乗り換えて来なければならないが、バークレー湾岸のベイ・エリアを走る公営バス、ACトランジットは、どこの路線でもリフト付きでアクセシブルである(バークレーを走るバスをみていると、すべてがリフト付きかと思っていたが、ACトランジットのパンフレットを見ると、「ほとんどのバスが車いすで乗車できます」とあった。)

 当初は車で彼を迎えにいこうと思ったが、「家の近くまでバス路線が走っているのでこれに乗って来るように」とだけ伝えて、わが家までの地図をファックスで送っておいた。バークレー湾岸のベイ・エリアでのバスや地下鉄バートの移動については、基本的にアクセスが確保されており、特別扱いする必要がないと考えたからだ。案の定、彼は、招待した時間どおりにやってきて、夜10時過ぎまでお酒を飲んで、またバスで帰っていった。ちなみに、彼が住む北九州市にある西鉄バスでも、彼が通学するバス路線については、リフト付きのバスを走らせ始めたというが、彼がサンフランシスコやバークレーのように、街をバスで自由に移動できるまでには、どれだけの時間と経費がかかることであろうか。

●現実に配慮した交通アクセスの確保

 バークレーを含むベイ・エリアにおいて営業するACトランジットが、ADAの成立以前からリフト付きのバスを走らせている。ACトランジットは、1980年代に入ってリフト付きのバスを購入しており、車両も決して最近購入したものではない。ADAの交通アクセスの確保に関する規定は、先行するACトランジットやサンフランシスコのミニバスなどの取り組みの到達点を確認するものといえる。

 ADAは、公営・民営を問わず、バス、地下鉄、鉄道などの交通機関による差別を禁止するが、違法とされる差別の具体的な内容は、車両と駅舎に区別を設けながら、段階的にアクセシブルに変えるものとなっている。法律の規定はかなり複雑になっているが、基本的な考え方は、比較的簡単である。すなわち、車両の新規購入・リースや新しい駅舎の建設・改修などの場合については、リフト付きの車両を導入したり、段差を解消しエレベーターを設置するなどして、必ず障害者が安全にアクセスできる構造にすることを義務づけている。

 これに対して、既存の建物については、かなり現実に妥協した内容となっている。まず、公営の交通機関に対しては、主要な駅に限って、アクセスの確保を義務づけているが、これすら自治体に対する財政的なインパクトを考慮して、ADAの施行日を最高30年後まで延期できるものにしてある。

 たとえば、ニューヨーク市では、地下鉄駅舎五百か所のうち改修しなければならない主要な駅舎が、約100か所。改修費用は、1か所およそ200万ドルと試算されている。決して財政事情が良好とはいえないニューヨーク市だけに、30年の猶予が与えられているといっても、計画を立てるとそれくらいかかってしまうのが実情のようだ。また、民間交通機関の建物については、建物全体におよぶ抜本的な改善まで法律で強制するのは困難と考えられており、技術的かつ財政的にみて改善が「容易になしうる」部分についてのみ、アクセス確保の措置をとるだけでよい。

 アメリカ全体が、サンフランシスコやバークレーのように「交通アクセスの問題が解決済み」であるとは思えなかった。このようなADAの内容すら、整備が遅れている各交通機関の経営主体にとっては、かなりの財政負担を強いるものとなるはずである。たとえば、リフト付きのバスにしても、40フィートの標準的な大型バスにリフトを付けると、1台当たりおよそ2万ドルも余計に経費がかかってしまうという。したがって、バス、電車、地下鉄など障害者の交通アクセスの整備を怠る自治体や民間によって経営される交通機関に対しいくつもの訴訟が提起されているに違いないと思い、ADA関連の判例を検索したみた。

 しかしながら、意外なことに、公営および民営ともに、市バス、市電、地下鉄などの主たる交通機関がADA違反で訴えられているケースは、数えるほどしかなかった。しかも、新たに購入、リースされるバスや電車に、リフトが配備されず問題となった事件があるのではと思ったが、こちらの事件は結局みつからなかった。

 これは、差別の立証が困難であるからと考えてみたが、障害者団体がチェックしようと思えば、新たに購入したバスに本当にアクセスが確保されているかどうかは、すぐに明らかになるはずである。とすれば、懸念される財政負担の問題も、新規購入のバスの予定台数を減らすなどして対応し、障害者に対するアクセスの確保を優先しているということか。また、バスを製造する側も、リフト付きのバスを標準仕様としているのではあるまいか。

 事実、最近得られたデータによると、大型フルサイズの路線バスについては、95年12月末現在で、既にアメリカ全体の約6割のバスが車いすのアクセスを確保しているという。全米およそ5万4000と試算される都市バスすべてにリフトやスロープなどが付けられるのは、2003年になると予測されている。

●大陸を駆け抜ける長距離バス、グレイハウンド最後の攻防

 サンフランシスコやバークレーなどを中心とする湾岸地域ベイ・エリアから、少し離れた他の都市へ交通機関を使って移動するとなると少し事情が変わってくる。アメリカは、わが国のように鉄道が縦横に走っているわけではないので、どこでも鉄道を使っていけるわけではない。たとえば、アメリカを代表する鉄道アムトラックでは、サンフランシスコ近郊にあるスタインベックゆかりのモントレーやカーメルの街に行けない。やはり、遠いところであれば飛行機、居住する街の近郊であれば車で移動するというのが、アメリカ人の一般的な考えといえよう。

 観光ガイドブックなどでは、長距離鉄道アムトラックの旅も紹介されているが、アメリカでは長距離鉄道を使って旅行する人は少数派であり、時間のある鉄道マニアであろう。もっとも、このアムトラックは、少なくとも1車両、障害者のアクセスが確保されている車両を連結している。予約さえしておけば、障害者もアメリカの鉄道旅行が楽しめる。

 ところで、全米をカバーする路線をもち、モントレーやカーメルといった比較的小さな街にも行ってくれるのが、アメリカ最大の長距離バス会社グレイハウンド。ところが、グレイハウンドのバスには、リフトが付いていない。しかも、バス前方にある搭乗口は狭く、ステップの段差もとても急である。また、座席と座席との通路は狭い。トイレが付いているバスもあるが、とても車いすで利用できるスペースではない。要するに、車いす利用者には、アクセスが認められていないのである。

 グレイハウンド社は、ADAの制定に徹底して反対した企業の一つとして有名である。連邦議会による公聴会では、「ADAを適用されたら、年約4000万ドルも経費が余分にかかることになる。年800万ドルの収益しか上げていないグレイハウンドからすれば、とてつもない金額である」と述べた。その結果、結局議論は決着がつかず、ADAの適用を九六年まで延期されたという経緯がある。現在グレイハウンドは、ADAがありながら、車いすがアクセスできない交通システムをとり続けることが許されているアメリカで唯一の大手企業となっている。

 ADA適用のデットラインを直前にした最後の攻防でも、障害者団体が、新しいバスにはすべてリフトを付けアクセシブルにするよう求めているのに対して、グレイハウンド側は、大きな都市のターミナルでは、各ターミナルにリフトを配置するが、小さな都市にある乗用車や休憩所などでは、特別な搭乗チェアに障害者を固定して乗り降りさせる併用方式を提案した。もちろん、これが当社にとって最もコストのかからないアクセス確保の方法であるというのである。

 連邦交通省は、グレイハウンド側の主張に妥協した行政規則案を作成しようとし、障害者団体と協議を重ねた。しかし「障害者を車いすから降ろし、搭乗チェアに固定し乗り降りさせ、一般の座席に特別な補助具を使って固定し座らせる」というのでは、障害をもつ乗客を荷物のように運び込むのと変わらないし、障害者の自立心、尊厳を傷つけるものであるから、障害者団体からとうてい賛成が得られるものではない。

 かくして、連邦交通省は、ADAが適用されるデットラインが迫っても、協議不調のため行政規則を作成できなかった。これが反対に、「行政規則も作成されていないのに、グレイハウンドにADAが適用されるのはおかしい」との理屈が作られて、連邦議会はADAの適用を延期する法案を取りまとめ、改正法を昨年成立させている。ADA治外法権が与えられたグレイハウンドは、あと数年は大手を振ってアメリカ大陸を駆け抜けることができそうだ。

●空港のレンタカー・カウンーで立往生?

 車で移動することを基本にして生活しているアメリカでは、旅行も車が便利である。もちろん、マイカーで動き回ることもできるが、カリフォルニアからニューヨークなどの東海岸まで車を運転し続けるほどのタフな人は少ない。多くの場合、目的地の近くまで飛行機を利用し、空港でレンタカーを借りる。空港のロビーにレンタカー会社のカウンターが並んでいるのを見た人も多いことであろう。

 障害者もレンタカーを借りられないとなると、アメリカ的な生活のメインストリームから少なからず外れてしまう。バークレーなどでは、車いすでもアクセスできるミニバンなどもレンタカー会社によっては手配してもらえるが、大手レンタカー会社のADAへの対応は全体的に遅れていた。しかし、最近では、わが国にも支社がある大手レンタカー会社エイビスが連邦司法省に訴えられたことから、大手同業他社もこれに追随して障害者に対する対応を真剣に考えるようになっている。

 事件は、視覚障害のため運転免許をもっていない女性が、運転を代行してくれる人を確保しレンタカーを借りようとした。ところで、レンタカーを借りるには、運転免許はもちろんのこと、保証として運転者本人のクレジット・カードの提示が求められる。本件では、どうやら運転手がクレジット・カードを持ち合わせていなかったようだ。彼女は、自分のクレジット・カードを提示したが受け付けてもらえず、車のレンタルを拒否されたというものである。そこで、彼女は、これをADA違反であるとして、連邦司法省に救済を申し立てていた。

 連邦司法省から訴えられたエイビスは、結局和解し、視覚障害やてんかん発作のため車を運転しない人が、運転免許を持つ人を同行させているときには、本人がレンタル契約のもとでの財政保証を引き受けることを認めたうえで、彼女らに対して約1万ドルもの損害賠償を支払うことに同意した。しかも、エイビスは、連邦司法省から「車のレンタルをめぐって障害者を差別しない」ことまで確約させられている。すなわち、障害をもつドライバーでも運転できるハンド・コントロールに改造された車を配備すること、障害者による予約をフォローし配車を確認するシステムを導入すること、ADA遵守を監視するサービスコーディネーターを配置することがあげられている。

 エイビスによる取り扱いは、障害者本人がレンタカーの代金を支払うにもかかわらず、障害者のクレジットカードによる財政保証では当てにならないといっているのに等しい。運転代行者に財政保証まで、お願いしなければレンタカーを借りられないというのでは、二重にやっかいで不愉快な話きわまりない。しかも、運転代行者にクレジットカードの持ち合わせがないため、飛行機から降り立った空港カウンターで予約したレンタカーを借りられず目的地まで行けなかったとするならば、旅行ないしは仕事の予定全体が台なしとなってしまう。手元の資料では明らかではないが、もしそうだとするならば、本件における100万円近い賠償金の支払いも、決して高すぎるものではないと思われる。

(せきかわよしたか 北九州大学)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年11月号(第16巻 通巻184号) 49頁~52頁