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列島縦断ネットワーキング

[北海道]

人を育む―けんぶち絵本の里

清水幸喜

●田園風景の町

 剣淵町は人口4600人、北海道北部の旭川から北に45キロに位置し、東西は低い丘を形成し、中央部には平地が広がる田園風景豊かな純農村の町です。町の総世帯数1400戸のうち農家は550戸で、36%が専業農家です。農作物は、水稲や小麦、馬鈴薯、豆類を中心とし、近年では、軟白ねぎや食用ゆり根、にんじんなど野菜類の生産にも力を入れ、道内でも指折りの産地となっています。しかし一方では、年々過疎化と高齢化が進んでいます。

 このような町で「絵本の里・けんぶち」が生まれたのは、今から8年前(昭和63年)のことです。

●きっかけ

 商工会青年部が隣町の士別市に住むパリ帰りの版画家の小池暢子さんを呼んで講演会を開催したとき、面白い話を聞きました。東京の絵本出版社の編集長(現・作家)をしている人が北海道に移住したいと言っているというのです。早速その人に剣淵を見てもらうことにしました。

 まだ雪が残る3月に町内を案内すると「この町はステキな町だね、南フランスの田園風景とそっくりだね」と言われました。案内した人たちが、「年々人口が減ってさみしいんだわ」と言うと「このような町なら絵本原画をみんなに見てもらう原画美術館を建てたらたくさんの人が訪れて、町が活気づくのでは」という発想に、早速、農業や商業、勤め人のオジサンたちが町長室におしかけ、「絵本で町おこしをしたいので、協力してほしい」と申し入れをしました。大の大人が「絵本、絵本」と言うものですから町長としても返答に苦慮しましたが、有為で誠実な町民の申し入れであり、協力を約束しました。こうして絵本には疎い30、40代のオジサン青年たちによる絵本の里づくりが始まったのです。

 昭和63年6月、民間主導による「けんぶち絵本の里を創ろう会」が発足しました。会員は農業や商業をはじめ農協・役場の職員、施設職員、副住職、主婦などで構成されています。

●追い風となった1億円

 会が設立された翌年、「ふるさと創生資金」として国から1億円がおりてきました。会の人たちは、ぜひ絵本の里に使わせてほしいと頼みましたが、審議会では「農業情勢の厳しい時に、なんで絵本の里に使わなければならないんだ。絵本で飯が喰えるのか」と言われました。また「文化的なことは大きな町に任せて、うちのような町は、農業にお金をかけるべきだ」との意見が多く出ました。会としては、「せっかくのふるさと創生なんだからよその町と違う目玉に使うべきでないか」と熱意を訴えました。

 町の理事者の決断により、半分の5000万円を絵本の里に使うことになりました。町はそれで旧役場庁舎を改修して「絵本の館」とし、1万冊の絵本や絵本原画を購入するなど活動の拠点となる「館」の整備充実を図りました。現在絵本の館では、1万6000冊の絵本を所蔵しており、町内外問わず貸出しされ、土・日などは、近隣の町からも絵本を借りに来ています。読めるだけ借りて読み終わったら返すという独自の方式をとっています。

●日本のボローニャに

 活動に携わる人たちの輪も広がり、高校生や高齢者、知的障害者施設の園生などがボランティアで参加しています。活動では、「絵本の里大賞」「絵本原画展」「絵本まつり」「木のおもちゃ展」「土曜お話会」「絵本の里セミナー」などが開催されています。

 特に、毎年8月に行われる「けんぶち絵本の里大賞」は、作家や出版社から応募のあった前1年間の新刊絵本のなかから、来館者の投票によって大賞を決めるというもので、このような選定方法は国内でも例がありません。入賞した作品の作家を招いて表彰式や町民との歓迎交流会を開催し、人的な交流も広げています。まさしくけんぶちを“日本のボローニャ”にしたいと願っています。

●施設は人なり

 さて、私たちの町には、二つの知的障害者の施設があります。更生施設の「西原学園」と授産施設の「北の杜舎」です。いずれの施設も地域と溶け込んでおり、園生はじめ職員の方々が絵本の里などのまちづくりとかかわりをもっています。8月に行う絵本の里大賞や原画展の準備は大変な作業ですが、パネルや原画を運んだり、飾り付けをしたり会員と一緒になって汗を流しています。みんな顔なじみです。「地域に開かれた福祉」とは、このようなことをいうのだろうと思っています。

 また、両施設では地場資源である「剣淵粘土」を活用し、窯業に取り組んでいます。湯呑み、コーヒーカップ、皿、花瓶などは「けんぶち焼」として町内外で販売されています。焼き物と一緒に町の名前もPRされています。

 ある時、けんぶち焼の取材でテレビ局の人と一緒に施設を訪ねました。取材では、園生が粘土をこねたり、皿をつくっているところや窯出しの様子がカメラにおさめられていました。20分程で撮影が終わり、局の方が「これで終了しました」と職員のK指導員に話したところ「実は、カメラで撮ってほしい人がいるんです。放映されなくても構いませんので、どうかお願いします」と頼みました。カメラマンは、快くK指導員の申し出を了承してくれました。「それでは、T子さんいつもの作業を始めてください」と、K指導員は一人の少女に声をかけました。T子さんは、いつも担当している型枠機械での大皿作りに取りかかりました。カメラが回りました。

 後でK指導員と話をしたときに、その日はT子さんの作業の予定はなかったとのこと。しかし、なんとか自分もみんなと一緒に映りたいという様子を、K指導員は感じとっていたのです。私は、放送が楽しみでした。あのT子さんが映るのかどうか……。放映のラストシーンの中で、その少女の顔がいきいきと画面いっぱいに映し出されました。K指導員の一言が少女に喜びを与えたこと、さらに一人ひとりの園生を指導員がきちんと見ていたことに感動しました。まさに「施設は人なり」です。絵本の里づくりもこうした人たちによってつくられています。

●家族が変わる

 保育所の園長さんは、こう話しています。「絵本の里が始まって、何が変わったかと言うと一番変わったのは“家族”ですね。保育所では館ができる前から絵本文庫といって年中、年長の子の課程に絵本を貸しているんです。近ごろは、その感想ノートを見るとお父さんやおじいちゃんも読み聞かせをするようになってきたんですね。農家のお父さんがおみやげに絵本を買ってきたり。これは最近の変化だと思います」

 物質・経済偏重の時代が過ぎ、真の豊かさを求める人々が増えています。剣淵町は、「絵本」というテーマを通して子どもや家族のこと、教育を考えながら福祉、文化、産業と調和した人間性豊かなふるさとづくりを目指しています。

(しみずこうき 北海道剣淵町企画開発課)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年11月号(第16巻 通巻184号) 53頁~55頁