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特集/施設は今―地域施設最前線―

麦の郷は地域と共に育っています

伊藤静美

 「麦の郷」は、障害者総合リハビリテーション施設です。
 この名が示すとおり、地域社会においてすべての障害者が、ごく普通の市民として生活が営めることを願い、全人間的復権の思想を高らかに掲げて活動する施設です。
 麦の郷は、過去20年の間に多くの活動の拠点としてさまざまな事業をおこしながら今日に至りました。
 障害幼児から高齢者に至るまでの、ライフサイクルにそったリハビリテーションに取り組みながら共生(ノーマライゼーション)社会をめざす私たちの活動は、まず当事者のニーズ把握から始まり、スタッフは障害者のよきパートナーとして、共に歩みを進めてきたのです。
 そして、いつの日も最も大切にしてきたのは「人権尊重」という理念でした。
 旧態依然とした長期滞在型の精神病院に今なお収容されている多くの精神障害者(以下「メンバー」という)や、地域においてどこへも行き場のない在宅の人たちにとっては、精神保健医療行政ワースト1の当地においての麦の郷の活動は、一条の灯りとも見えたことでしょう。

キーワードは、「生活」

 リハビリテーションは、生活の中にあります。メンバーにとって優先するべきは次の3つの保障です。

①住居の問題
 安心のできる暮らしの場

②働く場の問題
 自尊心をとり戻す場、自己を実現する場、回復度の目安とする場

③社会の人たちとのかかわりの問題
 家族以外の人たち、友人(同じ体験をもつ自助グループのメンバーたち)とかかわること

 リハビリテーションにおける「生活」を以上のようにまとめてみました。
 精神障害は目に見えない「こころ」の部分ですから、アプローチはこれだ! ということは言えませんが、発病には人々の生活上の要因に深くかかわっているのではないかと思っています。その上に何らかの症状があるとすれば、当然社会に適応する上で、さまざまな影響が出てくるのが当たり前ではないかとも考えられます。
 そこで私たちは、生活する環境を個々のメンバーに合わせて操作してきました。
 伝統的な医療モデルは、病理を追求することに全力をあげて治療を行っているのですが、私たちがめざしてきたリハビリテーションは、「生活する能力」に自信をつけ、その力を維持できるように援助の仕組みを考えてきたということです。

地域生活支援サービスと施設

 当法人が運営している地域生活支援センターは、和歌山市内と近隣の町の2か所にあります。そこでは住民のニーズにこたえて不登校児の居場所や老人憩いの家、夕食、配食、入浴サービスや24時間の電話相談事業、メンバーたちが運営するアドボカシー(権利擁護)センターなどといずれも多様な活動をしています。
 登録メンバーは知的障害者、精神障害者合わせて200人余りとなっています。
 スタッフは、多職種によるネットワークチームが連携しながら、メンバーの生活の場に出向いてケアをしています。
 麦の郷の居住空間は全室個室で内から鍵がかけられます。そして、スタッフとメンバーは、自宅生活をするような自然な生活空間を共有し、従来の施設然とした顔を排除してきました。
 このような運営によって地域住民に支持され、受け入れられてきたのだと思います。
 施設の中のメンバーはスタッフと対等な関係でまた、場面によってはスタッフを支えている場面もたくさん見られます。かといって専門性がなくても良いということではありません。住民感覚がもつ「困った時はお互いさま」の感覚を大切にしています。
 働く場の環境操作については、紙数の関係で省略しますが、1つだけ言えることは、働く内容について選択肢を多く提供するということです。
 以上述べてきたように、「生活」を支える手だてがあれば、メンバーやその家族もおのずと自らの存在を隠すことなく生きていくことができます。
 麦の郷にかかわる当事者たちは、実名で顔をあげてこの運動の先頭に立ってきました。

福祉の街づくりの拠点として

 麦の郷のある和歌山市西和佐地区の連合自治会(約5000人)は、私たちとともに福祉の街づくりに取り組んできました。
 以前、グループホーム開設の時、一部の住民から反対の声があがり苦慮した経験がありますが、それをきっかけに住民参加の街づくりの運動を強化しました。
 今では、「人にやさしい福祉の街づくりは西和佐地区から」をスローガンに、徐々に地域の協力が高まってきています。
 このような動きから、次々と住民のニーズが掘り起こされ、今では、街ぐるみで高齢者問題解決への計画が進められています。

旧式な入院中心主義に思う

 我が国の精神科医療のほとんどは、精神科医と看護婦(士)によって担われてきたという歴史がありますが、私たちが思うには、急性疾患にはこのスタッフが最良でしょう。しかし、私たちの目の前にいる慢性疾患(特に病歴の長い分裂病)のメンバーにとっては、医療従事者だけではなく、他の職種の人たちとのかかわりも必要だということです。
 例えば、精神科のPSWや臨床心理士、作業療法士や、保健・福祉・労働に至る分野の人たちが、病気がありながらも生活する人としての自立を援助しなければなりません。
 それと共に、「良き隣人たれ」としての努力もメンバーたちに求めて然るべきで、そのためには、メンバー同士のピア・カウンセリング等も、有効な手段の1つではないかと思います。
 我が国もようやく精神科のリハビリテーションの夜明けを迎えようとする今日、ますます、医療と福祉の連携を強め成熟しなければと考えています。

麦の郷の実践から見えてきたものは

 使い古された言葉ですが、どのような障害なのかで区別するのではなく、この障害と共に何ができるのかによって施設体系を見直し、早急にすべての障害者の混合利用を推進することが今最も重要です。
 麦の郷の㈲障害者自立工場も協力事業所として職親制度(通院患者リハビリテーション事業)を導入していますが、公的機関(障害者職業センターや保健所)等の支援アドバイスもなく、訓練生に対しての傷害賠責保険もないというこの制度の矛盾は、「善意の人」としての職親に頼りすぎているようにも思います。
 そしてもう1つは、社会適応訓練事業の終了後も職安を通じて労働省の各種助成金を活用し、正式な雇用につなげられるようにするべきです。
 厚生行政と労働行政は、お互いの制度の溝を埋める努力をして、困難とされる精神障害者の職業自立を支える人たちを援助するべきでしょう。
 最近、TVや新聞などマスコミで大きく取り上げられた大阪市の安田病院グループ(精神病院も含む)の診療報酬詐欺事件は、私たちのおかれている状況の一部を露呈し、この精神病院の医療なき入院に私たちは、激しい憤りを感じています。

(いとうしずみ 社会福祉法人一麦会「麦の郷」)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1997年9月号(第17巻 通巻194号)32頁~34頁