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海外自立生活新事情

カリフォルニア州における障害者の権利擁護システム

―PAI(権利保護・擁護機関)を中心に―

定藤丈弘

はじめに

 障害者はさまざまな社会的偏見・差別に加えて、身体的、知的ハンディなどのために、市民としての基本的権利、人権を非障害者以上に侵害されやすい。そこで障害者が地域社会の中で自立して生きることを可能にするために、障害者の権利擁護システムがつくりだされる必要がある。権利擁護(アドボカシー)には障害者個々の権利を擁護する個別アドボカシーと権利擁護にかかわる制度・政策の改善などを志向するシステムアドボカシーに大別されるが、制度的には成人後見人制度(ガーディアン)やオンブズパーソン制度などがあり、さらに障害者の諸権利を総合的に守るための基地的機能を担う権利擁護機関も存在する。カリフォルニア州ではこの種の機関としてバークレー市にある権利教育擁護機関(DREDF)が有名であるが、もう1つ注目すべきものに権利保護・擁護機関(PAI=Protection and Advocacy, Incorporated 注1)がある。今回はPAIの概要を紹介することによって、障害者の権利擁護センターのシステムについての検討を行いたい。

PAIの概要

 PAIは身体障害、発達障害、精神障害を含む障害をもつ人たちに法的援助などを行う民間の非営利機関である。1978年に連邦法に基づいてカリフォルニア州の障害者の権利擁護支援を開始した。同法は連邦発達障害者援助および権利の章典法(PADD)と呼ばれ、発達障害者のための権利擁護を目的としたものである。1986年には精神障害をもつ個人のための権利保護・擁護法(PAIMI)が制定され、同法によりPAIは精神障害者の権利擁護活動にも関与することになった。また1992年には個人の諸権利の保護および擁護法(PAIR)が成立し、発達障害者や精神障害者以外の障害者の権利擁護活動がPAIの機能に追加された。1994年には1988年制定の障害をもつ個人のための専門技術関連援助法(IRAID)のもとで、障害者の生活支援に必要な専門技術の利用を促進するサービスも、PAIの活動として位置づけられた。
 このようにPAIは、主に以上の連邦プログラムに基づいてサービスを提供しており、弁護士などの法律の専門家をスタッフとして採用し、財政的には連邦政府、州政府からの補助と民間の寄付金により運営されている。州内を3ブロックに分け、サクラメント市、オークランド市、ロサンゼルス市にPAIの事務所が置かれている。そのスタッフはまた、州内のさまざまな地域センターや州立病院にも配置されている。

PAIの理念的目的

 PAIは障害をもつ人たちの人間的、法的およびサービス受給の権利を守り、擁護し、発展させるために障害者と協力して活動している。その活動を通して、障害をもつ人の尊厳、自由、選択の権利および生活の質を支援する社会づくりを目指している。PAIはその具体的な理念的目標として、次の5つを掲げている。

① 発達、身体および精神的障害をもつ人たちは、自らの生活を管理する権利をもっている。PAIは障害者が自らの生活に直接影響を及ぼす諸制度を理解し、諸制度に影響を及ぼし得るように支援する。

② 上記の障害者に対する差別、虐待および無視は除去されなければならない。PAIは法的な権利擁護活動などを通して、差別を除外したり、虐待や無視の申し立てに対する調査を行う。

③ 上記の障害者は連邦法と州法のもとでの自分たちの権利を行使する手段をもたなければならない。PAIは障害者の人間的、法的およびサービス受給の諸権利を擁護し、諸権利が行使されるように支援する。

④ 上記の障害者は法律で保障された諸権利について十分に情報を提供されなければならない。PAIは障害者法を障害者とその家族が利用でき、理解できるように必要な支援を行う。

⑤ 上記の障害者は他のすべての人たちに与えられているのと同等の機会および生活の質を伴って十分かつ独立して生活する権利をもっている。PAIはこれらの機会を増やすために提供されるサービスを発展させたり、容易に利用できるように努める。

PAIの具体的な機能 (その1)

 さて、PAIは障害者の権利擁護にかかわる以上の目標を達成するために、さまざまな活動を展開したり、サービスを提供している。その具体的な機能の第1は、情報サービスや照会事業、短期的援助および法的な代理活動である。
 まずPAIは、障害者の権利擁護を促進するために必要な情報提供サービスを行っている。例えば、さまざまな障害者の法的な権利やサービス受給権についての情報だけでなく、それらの権利を獲得し、行使する際の援助の手続きと資源についての情報サービスにも力を注いでいる。これは障害者やその関係者が自分たちの問題に独立して取り組み、解決するように援助することを意図しているのである。PAIの情報サービスは一般的には、個々の問題のための特別な法的助言をしようという性格のものではない。情報提供の手段としては無料の電話相談に応じたり、さまざまな権利擁護にかかわる資料やその他の出版物を刊行して、情報資料センター的機能を担っている。視覚障害、聴覚障害や発達障害者でもアクセス可能な情報媒体づくりにも努めている。
 その2つは照会サービスである。PAIはPAIのサービス受給資格のない個人や、PAIの優先権や提供するサービス等では対応が難しい問題をかかえる個人、あるいはPAI以外の援助資源を容易に利用できる個人を他の援助機関に照会することを通して、人々の権利擁護に寄与している。
 その3つは短期的援助である。PAIは権利擁護と諸権利の方策についての相談や提供を通して、個人の問題の解決に際して短期的援助を行っている。
 その4つは法的代理行動である。PAIは障害者の諸権利を支持し、行使するために行政的、法的手続きにおいて法的代理活動を行う。この代理行動は、障害者や必要な時には人の法的権限を託された代理決定をする人との間での弁護士―クライエント関係に基づいている。
 PAIはまた、障害者やその家族あるいは権利の代弁者との協力関係をベースに専門的援助を行う。ここでは法的な調査、実情調査あるいは公聴会の準備といった援助が提供される。
 この種の法的代理行動は重要な機能の1つであるが、郡レベルで直接処遇の権利擁護部門が設けられている。PAIでは個別事例については郡の権利擁護事務所に法律的な助言を行い、主に郡レベルで対応困難な事例を法的代理の側面で引き受けている(注2)。

PAIの具体的な機能 (その2)

 その他、PAIは重要な権利擁護機能を担っている。その1つは障害者への権利侵害の調査活動である。PAIは発達障害者や精神障害者を虐待したり、無視したりする事件が報告されれば、その実態を調査し、虐待等の事実が確認されればその問題解決にあたる。PAIの調査活動は虐待や無視について、深刻で組織的な事件にも力を注いでいる。例えば精神障害者の場合では、レイプ、暴行、化学的規制を不法に用いた場合などの虐待行為や、適切な治療が行われない、安全な環境を準備し得ないなどの無視の事件が調査されるのである。
 その2つはピアおよびセルフアドボカシーの訓練とサポートの提供である。これは障害をもつ当事者の権利擁護者(ピアアドボケーター)の養成や、障害者自身が自らの権利侵害に立ち向かい、自己弁護する能力(セルフアドボカシー)を開発し得るように必要な訓練とサポートを行う活動である。このためPAIは、障害をもつ人たちが自分たちの生活に影響を及ぼす組織や過程を理解し、管理し得るように援助したり、施設や地域の中で草の根のピアアドボカシー集団やセルフアドボカシー集団を成長させるように支援している。
 例えばPAIは、精神障害者の当事者組織であるカリフォルニア精神保健クライエントネットワークと提携して、当事者の運営でピアアドボケーターを養成する訓練プログラムを実施している。同じ障害体験、施設入所やサービス利用体験をもつ当事者のピアアドボケーターだからこそ、ピアアドボカシーの力や技術をもつための研修会についても、当事者が理解できる言葉で、当事者にとって重要な事柄に焦点をあてた訓練を企画、実施できるのである(注3)。発達障害者の領域でも、ピアアドボカシープログラムは活発に展開されている。
 その3つは障害者の権利に関する教育と訓練事業である。PAIは障害者や権利擁護者、障害者へのサービス提供者、審査員および公選弁護人などに対して、障害者の諸権利についての教育や訓練プログラムを実施している。
 その4つは障害者の権利とサービスに影響を及ぼしている条例、法律および政策の改革を目指す、いわゆるシステムアドボカシーの中核的な活動である。障害をもつ当事者の権利擁護の立場から、PAIはまず現行の法律や政策の執行状況を監視し、政策の効果や問題点を分析して、改革の必要があれば必要な改善勧告を行ったり、新たな政策提言を行う。時には独自の改善計画を策定し、政策当局や政策実践機関に提示する。さらに重大で緊急性のある政策上の改革課題が存在する場合、改革のために他の権利擁護機関と連携しながら、時には改革の実現を目指すクラスアクションを展開している。
 これらの財源はもちろん州政府の補助金以外から支出されており、州都サクラメントのPAI事務所にはロビー活動専従のスタッフも置かれている。最近公表されたPAIの3か年計画(1996~1998年)をみても、政策提言などにかかわる計画領域はサービス給付、特殊教育、地域居住サービス、雇用・住宅差別等々、多領域に及んでいる。
 5つは関連の権利擁護機関との連携活動である。この代表的な活動としては例えば、精神障害の領域での患者の権利擁護事務所(OPR=Office of Patients Rights)との連携活動がある。OPRは州の行政機関であったが、1993年にPAIに委託され、州立病院における精神障害者の権利擁護活動、例えば虐待、無視などの申し立てへの調査と解決、監視、アドボケイトの技術援助、年間研修、病院の運営基準改善への勧告等や各郡の患者の権利擁護の支援などを展開している。
 なお、以上の権利擁護の実効性を高めるには、当然ながらPAIスタッフの権限のレベルが問題となる。PAIは基本的には連邦法、州法の執行にかかわっているから、法的、行政的手段を使って障害者や家族のための権利擁護サービスを提供するのであり、施設への立入権、カルテの閲覧、隔離中の患者との面接など、かなりの権限を付与されているように思われる。

PAIの年間活動の実態

 最近のPAIのニュースレター(注4)によれば、1995年財政年度にはPAIは州の1万4000人以上の障害者の権利擁護活動に関与した。例えば諸サービスの利用を促進し、差別からの解放を図り、よりよい生活を保障するための援助などを行った。個別の事例活動での取り組みといった直接的支援は590ケースであり、その他電話相談、情報提供、教育訓練、ピアおよびセルフアドボカシー等々の短期的支援活動は1万3513人の障害者(家族)に対して提供されている。
 取り組んだ権利擁護の領域は表のように、住宅、雇用、所得保障、保健、リハビリテーション等々、広範多岐に及んでいる。精神障害者の雇用差別の解放から地域生活居住の促進、人権侵害の実態解明などに取り組むだけでなく、発達障害者の施設入所にかかわる人権問題への関与から、身体障害者の地域居住の促進なども努めている。ピアおよびセルフアドボカシープログラムの取り組みも重視され、1500人以上の精神障害者へのトレーニングサービスもなされている。

表 PAIのパーソナルアドボカシーサービスの要約(1995年財政年度)
問題領域 短期援助 事例活動 総計
進行中 5 1 6
消費者財政 84 0 84
教育 3,579 122 3,701
雇用 455 13 468
家族 676 7 683
非行 24 0 24
保健 637 47 684
生活支援技術 130 10 140
住宅 377 19 396
所得保障 1,150 39 1,189
プライバシーおよび個人的自律 460 6 466
施設 380 10 390
施設からの地域社会復帰 62 2 64
記録 134 1 135
治療を受ける権利 127 3 130
治療を拒否する権利 197 6 203
法的な代理行動 298 2 300
同意 87 1 88
雇用以外の差別問題 378 40 418
リハビリテーションサービス 1,055 131 1,186
職業リハビリテーション 53 0 53
虐待への異議申し立て 671 53 724
無視への異議申し立て 644 37 681
免許申請 57 6 63
法廷で取りあげられた精神衛生問題 501 21 522
その他 1,292 13 1,305
全体のパーソナルアドボカシーサービス 13,513 590 14,103

 PAIの取り組み件数の多さは1つには、障害者の権利侵害問題が多いという事実を反映していると思われる。わが国でも東京都のステップや大阪府・市が中心となる障害者の権利擁護機関(今年10月開始)が開設されつつあるが、権限の弱さなど多くの問題をかかえている。PAIといった先進的なモデルに学びながら、一定の法的権限をもった日本的な権利擁護機関の全国的な波及を図ることが課題として指摘される。

(さだとうたけひろ 大阪府立大学)

〈注〉
1 本稿はPAIから収集した諸資料、特に次の資料を主に参考にして記述した。
 Protection and Adovocacy, Inc., Three-Year Plan 1996-1998.
2 木村朋子「アメリカの精神科患者権利擁護プログラムと当事者活動(後編)」『福祉労働』No.65、1994年、現代書館、130頁。
3 木村朋子 前掲論文、135、136頁。
4 Protection and Adovocacy, Inc., Newsletter No.55, Winter, 1996.


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1997年9月号(第17巻 通巻194号)51頁~55頁