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フォーラム’97

国連におけるNGOの参加と役割

馬橋憲男

はじめに

 阪神大震災を契機に日本ではボランティアやNGO(非政府機関)に対する社会の関心が急激に高まっている。市民の自発的な活動は、機動性と柔軟性が高く評価され、現在、国会で審議中のNPO(Non-Profit Organization、非営利団体の意味)法案の原動力となった。公益に従事する市民団体が活動しやすいように法人格の取得を容易にするのが、法案の意図である。
 日本での関心の高揚の背景には国際連合の場でのNGOの参加の拡大がある。国連には創設当初よりNGOが協議に参加する制度があるが、冷戦終焉後、市民社会が果たす役割が注目され、NGOの参加が一段と重視されている。特に1992年にリオデジャネイロで開催された国連環境開発会議、その後の人権、人口・開発、社会開発、女性、ハビタット(人間居住)に関する世界会議では、NGOは政府の「パートナー」として位置づけられ、国際的な政策づくりに最初の段階から参加した。この貢献ぶりが認められ、現在、作業が進められている国連改革では、国連協議に市民社会を直接代表するNGOを正式なアクター(行為主体)として参加させる方法が検討されている。こうして今日、国連の場で各国政府が十分な国際協力を行うには、国内レベルでNGOとの協力体制が確立していることが不可欠である。ここでは、国連とNGOの関係、参加の実態、日本の課題について考えてみる。

国連とNGOの関係

 国連は政府間機関であり、正式に協議し、決定するのは加盟国政府である。しかし国連憲章第71条では、NGOがオブザーバーとして参加する旨、規定している。これに基づき、1946年に経済社会理事会のNGO協議制度がつくられた。開発、環境、人権等において顕著な活動をし、一定の資格要件を満たす国際的および国内的NGOに対し、審査の上、「協議的地位」(Consultative Status)を与えるのである。こうしたNGOは、一般に「国連NGO」と呼ばれ、一般協議的地位、特別協議的地位、ロスター(登録)の3つのカテゴリーを合わせ、約1200団体ある。これには地震等の災害時に活躍するアジア医師連絡会議(AMDA)、喉頭摘出者団体アジア連盟(AFLA)など日本に本部を置くNGO約15団体も含まれる。
 NGO協議制度の目的は、まずNGOから政策策定に必要な専門的知識と情報を確保することである。阪神大震災にみるように、問題が発生した場合、最大の情報・知識・経験が集積しているのは、当の被災者や支援者グループである。それを最大限に活用するのが最も効果的な対応である。もうひとつは、NGOを通して世論を国連の場に反映させることである。各国政府が決めたことを最終的に実施する立場にある市民の声を事前に反映させれば、より確実な実施が保証されよう。
 国連NGOは実際にどのように国連協議に参加するのか。経済社会理事会および、その下にある人権委員会、女性の地位委員会、社会開発委員会、持続的開発委員会等に出席し、口頭ないし文書で意見を表明する権利が与えられている。例えば1993年に作成された障害者の機会均等化に関する基準規則は、まず社会開発委員会、次に経済社会理事会で審議されたが、いずれにも障害関連の国連NGOが参加し、政府代表と共に規則の作成に携わった。

参加の実態

 NGOの参加が投票権のない「オブザーバー」であるために、その意義と実効性が日本では過小評価されている。オブザーバー資格はNGOが国連協議に参加するのに必要な「公式」な根拠に過ぎず、NGOが実際に行っていることはオブザーバーの域をはるかに超えている。それは「非公式」なために国連の議事録に載らず、外部にはわからないのである。
 特に障害問題を含む人権の分野では、NGOの非公式活動が目覚ましく、それなくしては国連の人権保障制度が成り立たないといわれる。新たな人権問題への取り組みは、しばしばNGOの呼びかけに端を発している。例を挙げると、国連憲章で人権委員会並びにNGO協議制度の設置がうたわれたのは、憲章を起草した1945年の国際機構に関する連合国会議(サンフランシスコ会議)に米国政府代表団の顧問として参加したNGOに負う。拷問禁止条約は、人権問題に取り組む国連NGO、アムネスティ・インターナショナルが1970年代に世界的に展開した拷問禁止キャンペーンが功を奏し、各国政府を国際条約の作成へと動かしたのである。
 国際的な宣言・条約文の作成にも、NGOは参加している。世界人権宣言、障害者の権利宣言、最近の児童の権利条約の構成内容、条文の起草にNGOは政府と並んで大きな役割を担ったのは、よく知られている。
 近年、NGOの参加がますます重視されるのがモニタリングである。どんなに素晴らしいことを決めても、実行しなければ意味がない。そこで、各国政府がいかに取り決めを守っているかモニターするのである。国際的な人権条約の場合、こうした傾向が強く、国際人権A規約(経済・社会・文化的権利)、国際人権B規約(市民・政治的権利)、女子差別撤廃条約、児童の権利条約等の締約国は、条約の遵守状況と主要な問題点について、国連に定期的に報告書を提出しなければならない。報告書は専門家からなる各人権条約委員会で審査され、改善のための勧告が行われる。
 この過程での基本のひとつがNGOの参加である。一般に政府の報告書は、良い点を強調し、問題点や都合の悪い点には触れず、客観性と具体性に乏しい。しかも審査する委員会には、その国に出かけて事実調査を行う権限がない。そこで各委員会では、必要な情報を入手するためにNGOにカウンター・レポートを作成し、提出するよう奨励している。
 政府の報告書とNGOのカウンター・レポートには、しばしば大きな隔たりがあり、委員会の場で熾烈な攻防が展開される。これでは数日間の審査で満足のいく結論は導き出せない。そのため各条約委員会とも、政府に報告書の作成段階でNGOと十分に意見を交換し、調整するよう再三勧告している。児童の権利条約の場合、委員会が会期直前にNGOと協議をもつ。また国連事務局では、そのためのガイドブック『人権報告に関するマニュアル』(Manual on Human Rights Reporting)を発行している。スウェーデン、ノルウェー、イタリア等かなりの国では、人権に関して政府とNGOの双方からなる国内委員会が設置され、報告書の作成に国内委員会が中心となって作業するシステムができている。
 大事なことは、国際人権条約の報告・モニター制度が目指すのは、他国と優劣を競う人権コンテストではなく、各国の市民の人権を世界の市民が一緒になって守り、推進していくということである。制度が機能し、効果を上げるには、良い点も悪い点も包み隠さず報告することが大前提である。実際、人権先進国と見なされている北欧諸国、カナダ等は、この制度をうまく活用している。問題点に焦点を当て、綿密な自己分析をした上で委員会のアドバイスに真摯に耳を傾ける。

基準規則とNGO

 障害者の機会均等化に関する基準規則において、各国政府は物理的環境・情報へのアクセス、教育、就労、所得・社会保障等において、障害者に平等な機会を保証することを決めた。この基準規則の全体を貫く基本的精神が、やはり障害者のNGOによる参加である。
 前述の国際人権条約と違い、法的拘束力のない国連の規則・宣言では、はじめて履行状況のモニター制度が採用され、その初代特別報告者に国連NGOである障害者インターナショナル(DPI)の創設者の一人であり、視覚障害をもったスウェーデンのベンクト・リンドクビスト氏が任命された。同氏は、1981年の国際障害者年以降、たびたび来日し、よく知られている。
 この特別報告者に助言を行う専門家パネルは、構成員の過半数が障害者の組織の代表であり、異なる障害の種別と必要な地理的均衡を考慮して選ばれる。特別報告者は、各国の基準規則の実施状況について正確に把握するために、政府だけではなく、NGOと直接対話し、意見を求める。こうして、昨年暮れに特別報告者は、報告書「Monitoring the Implementation of the Standard Rules on the Equalization of Opportunities for Persons with Disabilities」をまとめた。
 基準規則では、各国政府は、国内レベルで障害者NGOの育成・強化を図り、障害者NGOの意思決定への参加を促進するために、さまざまな措置を講じることになっている。

日本の課題

 国連のNGO協議制度は日本ではほとんど知られず、活用されていない。それは日本の国連観と政治風土に原因がある。各国が国連で取り組んでいるのは、平和維持活動(PKO)や開発援助のように、国単位あるいは国益に関する問題であり、しかも日本は常に他の国や国際社会を援助する立場にあるという。しかし、実際には人権や福祉のように市民一人ひとりの生活や安全に直接かかわる問題も多い。国連は、開発レベルを問わず、すべての国の市民が共通の問題について知恵と経験を出し合い、協議する場であり、日本は援助することも、援助されることもある。1981年の国際障害者年では、日本は外国から多くを学び、障害福祉の理念と政策を根本的に改める機会を得た。
 政治は政府にまかせ、ましてや国連での協議はそうであり、市民が口を出すべきでないという。今日の国連は市民の直接の代表であるNGOの参加を前提としており、各国が十分な国際協力を行うには、政府だけでなく、NGOも常に参加し、他国の政府やNGOと地球社会の課題に取り組んでいくことが不可欠である。日本の政治におけるNGOの役割と権限について、国際的な基準に照らし、再考する必要がある。政府にNGOを「反政府団体」ないし政府の補完的な存在と見る向きがいまだに強い。また「参加」については、NGOは政策を実施する段階になってはじめて問題について知らされ、参加を求められるケースが多い。国連の定義では、政策づくりの最初の段階から、しかも情報の公開が前提である。
 障害者の人権に関するものを含め、日本をはじめ各国政府が国連でつくった国際人権条約は25ある。欧米諸国の大半は20以上批准しているが、日本は9である。国際的な人権保障制度の意義と方法に照らし、日本の人権の現状と取り組み方について問い直す時にきている。

(うまはしのりお 前国連広報センター調査担当所長補佐)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1997年9月号(第17巻 通巻194号)56頁~59頁