海外自立生活新事情
カリフォルニア州における障害者の介助保障システム
定藤丈弘
日常生活において、介助その他の支援の必要な障害者の地域自立生活が成り立つには、安定した介助保障制度が必要となることはいうまでもない。カリフォルニア州のバークレー市が、重度障害者の自立生活の国際的拠点として位置づけられ、発展した原因の1つは、カリフォルニア州には早くから本格的な介助サービスとして家庭内支援サービス( In-Home Supportive Service=IHSS)が制定されていたからである。IHSSは世界ではじめて現金給付の介助手当により、介助サービスが必要な障害者に介助者を選択する権利を保障した制度として、国際的にも高く評価されている。今回はこのIHSSの内容全体を紹介し、その積極的意義や問題点および最近の課題について述べてみたいと思う。
家庭内支援サービス(IHSS)の概要
介助保障制度であるIHSSは州の定義によれば、「限られた諸資源しかもたないすべての年齢の機能的に障害をもった人々が家庭にとどまり得るように援助することを目的とした、最も規模の大きい公的な基金の拠出による非医療的なサービスである」とされている。
その受給資格の対象となるのは、介助その他の支援が必要であり、IHSSのサービスなしには安全に在宅生活を営むことが困難であると認められた65歳以上の老人や全年齢階層の障害者や盲人であり、SSI(生活保護制度)を受給していたり、その受給資格のある者や、一定の所得水準のゆえにSSIの受給資格はないが、いずれにしても低所得である者であり、さらに低収入ながら雇用されている者も含まれている。
IHSSの対象は障害のレベルでは、重度障害者(1週20時間以上の介助者ケアが必要となる者)と中軽度障害者(1週間につき20時間以下の介助者ケアが必要となる者)に区分される。また、IHSSの給付額の最高限度は1996年現在、重度障害者で283時間分、中軽度障害者では195時間分とされ、時給額は最低賃金を1つの目安に4.25ドルが基本とされ、その結果、重度者には約1200ドルまでが、中軽度者には830ドルまでが支給される。一方、これにより重度者は1日9時間分の介助者ケアが保障されるといわれるが、実際の時給相場は5、6ドル必要となるので、現実の最高額は1日6、7時間までとなる。
1200ドルは日本円(1ドル120円計算)で14万4000円となり、日本の先進的自治体の介助手当額と比べて高額とはいえないが、カリフォルニア州のSSIが1か月600~670ドルであり、最低生活費の2倍に相当している。
なお、厳密にはIHSSは2種類がある。これらは、家事と介助サービスの中でも特に介助サービスの比重の高いパーソナル・ケア・サービス・プログラム(PCSP)と、家事援助の比重の高いNon―PCSPである。前者は連邦政府が半額の600ドルを補助、州政府が390ドル、郡政府は210ドルまでの補助を行う。後者は州政府が65%の780ドル、郡政府が35%の420ドルまでを負担している。
IHSSの提供方法には、通称IP方式というIHSS受給者が自ら雇用した介助者に直接料金を支払う方法と、郡の契約機関を通して介助サービスを受ける方法がある。前者の方式の採用により、介助サービスの自己決定権、選択権が保障され、障害者の自立形成に寄与しているのである。
また、介助保障制度に加えて、日常生活動作自立を高めるための各種リハビリテーション給付から緊急通報援助システムに至るまで、障害者の個別的生活条件に対応した福祉的サービスが保障されることにより、障害者の自立生活が支えられているのである。
介助者ケア量のアセスメント(判定評価)
IHSSの受給資格者の介助者ケア量(時間)についての判定評価は、ソーシャルワーカーが州全体の統一的な判定評価基準を用いて、本人が家庭の生活で機能的に果たしえない状態など、必要とするサービスニーズを測定する。その測定基準は医学的判断に基づくのではなく、要介助者本人の在宅における機能的な個別的能力状況に基づいている。その後、必要とされるサービスのタイプと介助時間量が判定される。ワーカーは本人の申し立てを尊重し、州の定める標準時間を参考にしつつも、本人の個別的ニーズに基づいて、介助時間数と介助手当額を判定するのである。したがって、本人の医療的状態と生活状態に起因した個別的なニーズも測定される。たとえば失禁のためにしばしばシーツを替え、より多くの洗濯をする必要がある状態は家事援助時間などに加えられる。
介助時間量の決定には各郡のガイドラインも用いられるが、そこでは本人の個別的な生活状況が考慮され、割り当てられる時間量はその個人のために実際に必要とされるものに基づくことが定められている。
私の友人、バークレー市在住で頸椎4、5番損傷のポールモロー氏は、1988年にはIHSSは月750ドル程度であったが、1989年には1000ドルが支給されていた。同年になって右肩を痛めて日常生活で機能的に果たしえない状態が増加した結果、全体の介助時間量が増加し、それに対応して支給額の変更、引き上げがなされたのである。このように、介助時間量についての個別的で弾力的な社会的判定評価がなされることはIHSSの優れた特質の1つである。
IHSSのサービス領域
IHSSでは、ケアと援助の時間量が割り当てられる領域としては、次の9つのサービス項目があげられている。
- ①家事サービス:これには家の清掃やごみの処理、シーツの交換などを含むベッドメーキングといった仕事が含まれる。IHSSの受給者が未成年ならば、1か月で最大限6時間分が割り当てられる。
- ②大量の清掃サービス:その家が居住適性にふさわしいレベルに到達するため広範囲にわたる清掃の仕事が必要とされる場合に、その清掃サービスに必要な時間量が認められている(しかしこの割り当て量は、ひとたびふさわしい居住標準が維持されている場合には、12か月の中で1か月だけになる)。
- ③家事関連サービス:このサービス領域は、食事の準備、後片付け、日常の洗濯、必需品の買物、その他の買物の使い走りなどに費やされる時間が含まれる。特に食事の準備と後片付けのための割り当て時間は、重度障害者の場合は1週間で12時間までが認められている。しかしこれは受給者が実際に食事をする際の援助を必要としている時に限られる。
- ④非医療的なパーソナルサービス:ここにはIHSSの割り当ての大部分のサービスが含まれており、重度障害者には標準である20時間までが認められる。サービスの範囲には、呼吸の管理に関する援助や排便や排尿のケア、食事の直接介助、衣服の着脱介助、家での移動介助、生理のケア、ベッドの昇降にかかわる移動介助、入浴介助、皮膚の摩擦などが含まれる。
- ⑤輸送の介助サービス:IHSS受給者の輸送の同伴サービスもあり、輸送に必要な時間が認められる。輸送の目的の1つは、治療のため外出する際の利用があり、もう1つは権利擁護グループの会合や、リージョナルセンターの判定評価や社会保険局の申請のための外出などの利用があげられる。
- ⑥庭の障害物の除去サービス:受給者にとって障壁となるものを除去するといった大掃除も含まれる。たとえば呼吸器の疾病を悪化させる雑草や、寒冷地での雪や氷は受給者の健康と安全を危うくしかねないので、それらを取り除く仕事も時間量に認められる。
- ⑦日常生活管理上の支援:このサービスは自ら安全のための行動を取りえない障害者、すなわち特別な障害のためにたえずその行動を監督する責任者がいなければ、怪我をしたり、死んだりする危険な状態にいる人たちに直接的な支援を行うものである。自虐的行動をたびたびとる障害者、精神的な病による障害(痴呆性の老人など)のために、自らを危険な状態に追い込む行動をとる人などは、この種のサービスを受給できる。
また、日常生活管理上の支援は受給者が24時間の支援を必要とすること、たとえば彼らが付き添いなしの状態にしておかれないことが証明されれば、その1人は最大限1か月間のIHSSの割り当てが認められる。ただしこのサービスは医療的監視を必要とする人は適用されない。 - ⑧準医療的サービス:その障害によって必要とされる準医療的ケアを提供する際に費やされる時間は、このサービスに含まれている。この準医療的サービスには薬を準備し、管理すること、蘇生技術の利用、吸引器などの援助器具の管理と使用などが含まれる。
- ⑨教育訓練:障害者が教育訓練を通して何らかのセルフケア的仕事を自立的に行うのに必要な技術を獲得する時、その教育を受けるために必要とされる時間はこの領域に含まれる。ただし、3か月以内に習得可能な技術の教育訓練に限られている。
IHSSは前述したように、要介助者本人の在宅における機能的な個別的能力状況に基づいて判定評価されるから、医学的判定では同じ障害の領域に属していても、一人ひとり提供されるサービスの範囲や認められる介助者時間量は異なってくるのである。表は重度障害者で最高時間の月283時間を認定されたケースのサービス領域ごとの割り当て時間量についてのモデル的事例を示したものである。
サービス | 時間認定 第1ケース (時間数) |
時間認定 第2ケース (時間数) |
|
家事サービス | 3.00 | 0 | |
関連サービス | 食事の準備 | 2.00 | 0 |
食事の後片付け | 1.00 | 0 | |
食事のための買物 | 0.50 | 0 | |
その他の買物の使い走り | 0.50 | 0 | |
非医療的なパーソナルサービス | 排便と排尿の世話 | 7.00 | 7.00 |
食事の介助 | 4.00 | 4.00 | |
衣服の着替え | 7.00 | 7.00 | |
家庭内移動の介助 | 1.50 | 1.50 | |
ベッドの昇降介助 | 3.50 | 3.50 | |
入浴と歯磨き等の口腔介助 | 5.75 | 5.75 | |
皮膚の摩擦等 | 2.00 | 2.00 | |
輸送の同伴介助 | |||
医療の予約 | 0.50 | 0.50 | |
日常生活管理上の支援 | 27.10 | 34.10 | |
週の合計 |
65.35 | 65.35 | |
月の合計(週×4.33) |
283.00 | 283.00 |
IHSSの意義と課題
前項で紹介したように、IHSSは家事援助や介助サービス、看護的サービスだけでなく、日常生活の管理上の支援サービスまでを供給している。障害によっては1日7時間程度の介助者ケアを保障しているので、多くの身体障害や知的障害をもつかなり重度の障害者の在宅の自立生活の形成や社会参加の促進に貢献している。IHSSの受給者についての最近の資料では、65歳以上の老人の要介助者は56.2%、盲人3.7%、その他の障害者40.1%となっており、障害の程度は中軽度障害者80.1%、重度障害者19.9%となっている。
IHSSはまた当然ながら、親・家族からの障害者の自立を促す役割を果たしている。IHSSの受給は18歳以上で親もとから離れても、親・家族と同居していても、要介助の障害者であれば、その経済的な受給資格条件さえ充足すれば、基本的に認められるからである。障害者の親・家族からの自立および親・家族との同居における自立はIHSSによって最も支えられているからである。
さらにIHSSを必要とする配偶者の片方や未成年の障害児の親に対しては、その実際のケア量によってある種の制限はあるが、IHSSの手当が支給される。親に対してはその制限内でIHSSの費用が支給されるが、配偶者の場合は、家事的労働を除いた障害のゆえに必要な介助のためにかかった料金が支給される。このようにIHSSは介護労働の社会化も促しているのである。
IHSSの受給も受給資格者には権利として保障されている。郡のIHSSの裁定に関しても不満があれば、不服申し立ての権利が認められている。しかも不服申し立ての手続きは簡単であり、処理も簡潔になされる。新規の申請者が受給申請の却下や認められた介助時間量に不満を感じた場合や、既存の受給者が受給時間を削減されたり、打ち切られたことに不満をもった場合、郡当局に再評価を求める不服申し立てを行い、それが却下されれば、10日以内に公聴会の開催を請求し、請求後90日から120日までには公聴会による審査決定がなされる。その決定にも不満な場合は、裁判所への訴訟が認められている。
以上のように優れたIHSSシステムも、今日いくつもの問題点や課題を抱えている。その1つは主要な受給資格条件が生活保護制度であるSSI受給(資格)者であることとされているように、SSIとの連動性が強いため、介助手当支給額の算定基礎が最低賃金法の受給額となって、有料介助者を雇う時間が名目的な時間よりも制限される、などの問題が発生することである(最高1日6、7時間に)。
それと関連するが、最高限度の283時間よりもさらに介助が必要と判定された、いわゆる「未充足ニーズ」の障害者に対しては、1日7時間を超えた時間分はボランティアや家族介助者の確保など、自力での対応が可能という条件で、はじめて受給が認められる。したがって、毎月1か月283時間を超える介助が必要な最重度障害者の在宅自立を図ることはIHSSでは困難である、という限界をもっている。もちろん、介助者の夜間滞在が常時必要な最重度障害者の自立はIHSSでは困難である。
2つ目は1か月283時間以内、1日7時間以内の介助量で在宅自立生活を形成している重度障害者においても、緊急事態が一定期間発生した場合には、その期間の長さにもよるが、IHSSは明瞭な限界をもっていることである。1996年から97年にポール氏を訪問した時は、ポール氏は診察を受けていた医療機関のミスで右肩を骨折し、骨折中の数か月は24時間滞在の介助者を必要としていた。しかしIHSSはこのような緊急期間中の特別な対応、介助サービスは一切なされておらず、ポール氏はIHSSの対象外となる1日の残り時間をボランティアの確保を含め、四苦八苦して対応し、一定期間の施設入所も真剣に考えていた。このような緊急時に対応しうる介助システムも必要不可欠である。
3つ目は最近の動向として、州政府、郡政府直営のIHSSを民間機関に委託することの検討が開始されていることである。さらにクリントン政権が制定した福祉改革法が全面的に施行されれば、SSIの削減や打ち切りも多く行われることになり、その結果SSIなどと連動しているIHSSの削減や打ち切りにも大きな影響が出てくることも予想される。福祉改革法と対決するための全米的な自立生活運動の展開が今日強く要請されているのである。
以上の問題点にもかかわらず、IHSSシステムの全体から学ぶべきことが今日でも多いことも確認しておきたい。
(さだとうたけひろ 大阪府立大学)
(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1997年10月号(第17巻 通巻195号)74頁~78頁