ハイテクばんざい
暮らしを支える生活機器
―環境制御簑置を取り入れた生活支援―
市川 洌
はじめに
非常に重い障害を負って、まったく手足が動かない状態を考えてみましょう。きっと寝たきりでせいぜいテレビでも見て暮らすのだろうなどと想像する人もいるでしょうが、多くの場合、たとえ障害が重くとも人は何かができます。人工呼吸器をつけている場合でなければ呼吸はある程度まで自分でコントロールできますし、眉毛が動いたり、かすかに指が動いたり、口を少しすぼめたりすることができるものです。この自分でできる身体の動きを利用して、やりたいことをやれる場合があります。その1つはパソコンを操作することであり、電動車いすを操作できる場合もあります。ここでは、日常生活で使用する各種の電気器具を、わずかな身体の動きで遠隔集中制御するシステムである環境制御装置(ECS)について記述します。
環境制御装置とは
たとえ、日常生活のほとんどを介助されなければ生活できないような人でも、自分でできることを少しでも多く見つけていくことはとても大切なことです。せめてテレビくらいは自分で操作できれば家族がいちいち呼ばれなくてすみますし、電話を操作できれば留守番ができますから家族は安心して外出できます。環境制御装置とはこのようなことを可能にする装置です(図)。
1 どういう人が使うのか
簡単に表現すると「テレビのリモコンを自分で操作できないような身体機能の人で、テレビを見たいと思う人」ということになります。身体機能の側面から考えてみると、テレビのリモコンを手元に引き寄せたり、そのスイッチの操作ができない人が対象となります。テレビのリモコンくらいはなんとか操作できるが、操作したい物がたくさんあり、ベッドの周辺がリモコンだらけになってしまうというような場合も適応となります。一方、たとえば痴呆があり、自分で何かを操作することの意味が理解できないような場合には、環境制御装置を使うことはできません。ベッドの操作など危険を伴う場合もあるので注意が必要だからです。
2 どのような身体の動きを利用するか
身体に残された動きの中から確実に操作できる動きを1つか2つ(できれば2つ)、センサーで検出します。この際の基本的な考え方はいつでも確実に操作できることです。
① 24時間いつでも操作できること
環境制御装置は24時間連続していつでも使えなければならないので、どのような状態であっても使える動作を探します。体位交換した場合にはそれぞれの体位で操作できること、介助者が簡単にセットし直すことができることなどが必要です。
② タイミングよく信号を発生でき、やめることができること
障害者が発生する信号によってベッドなどの機器を操作しますから、信号を発生するタイミングが大切になります。操作したいと思ったタイミングに合わせて信号を発生でき、信号を止めたいと思ったときに直ちに止めることができることが必要です。
一般的には呼気と吸気の圧力が使われます。すなわち、ストローを口にくわえて、吐く息と吸う息の圧力を利用します。ただし、呼吸は誰でもしているから誰でも利用できるというものではなく、随意に吸ったり吐いたり止めたりできることが必要です。また、いつもストローを口にくわえているわけにはいきませんから、口のそばに置いたストローまで口をもっていけるだけの首の動きも必要になります。この他に指(手や足)のかすかな動きを利用したり、眉毛の動きを利用したりしますが、個人個人によって利用する身体の動きは異なりますので、専門家に相談することが大切です。
3 どのような機器を操作できるか
各種の電気製品、たとえばテレビやビデオ、ステレオなどのオーディオ・ビジュアル製品、エアコン、電灯、電動ベッド、電話(専用電話であるシルバーホンふれあいS限定)・インタホン、パソコンなどが一般的であり、特殊なものとしては、呼び鈴、電気錠、電動ドア・カーテンなども操作できます。これらの機器類はすべてスイッチで操作するものです。スイッチで操作できる機器類は、原則として環境制御装置の操作対象となりえます。
赤外線リモコンで操作できる機器類には簡単に接続することができます。これは多くの環境制御装置が赤外線リモコンを学習する機能をもっているからであり、この場合には配線も不要で、手持ちの赤外線リモコンを利用して同じ機能を環境制御装置に学習させることができます。ただし、エアコン類を中心にして学習できない場合があるので、事前の検討が十分に必要です。
赤外線リモコンのない機器の場合には配線が必要になります。配線は専用のコネクターで接続すればよいもの(たとえば呼び鈴や電話)の他に、本体や手元スイッチを改造して接続するもの(たとえばベッドなど)があります。後者の場合には改造を加えることによって機器の保証などが得られなくなりますので理解が必要です。
4 どのように操作するか
1つか2つのスイッチで多くの機器を操作します。テレビには電源スイッチ、音量を大きくする・小さくするスイッチ、チャンネルを変える(数字を大きくする・小さくする)スイッチなどがあります。ベッドにも背、足、全体を上げる・下げるスイッチがあります。このようこ操作したい機器の操作したいスイッチをすべて順番に並べておきます。いざ操作したい機器があったらその機器を順番に選んでいきます。この順に並んだ機器を順番に選ぶことを走査(スキャン)といいます。走査を進める方法には2つの方法があり、走査用の信号を送るたびにスキャンが進む方法と、信号を入れると自動的に走査が一定の速度で進んでいく方法とがあります。前者の場合には障害者は2つの信号(走査を進める信号と機器を駆動する信号)を発生できなければなりませんが、後者の場合には1つだけの信号が発生できればよいことになります。
5 どうやって入手するか
環境制御装置は数種類が市販されています。制御できる機器の数がそれぞれに異なるとともに、接続できる機器の種類と数に制限がある場合があります。価格も十万円台から数十万円までの相違があります。業者はすべての機器を取り扱っているわけではなく、特定の機器だけを取り扱っていることがほとんどです。環境制御装置をよく知っているセラピストなどいわゆる中間ユーザーといわれる人(障害者に対して機器などの選択と使い方を助言できる立場の人)などに相談して自分の生活にあった機種を一緒に選び、業者を決めて設置してもらうとよいでしょう。そこで問題となるのが、環境制御装置をよく知っているセラピストなど中間ユーザーが多くはいないということです。そのためにどうしても業者(機種)を先に決めてから、自分の生活の中で必要なものを機種にあわせてどのように制御するか考えるという手順になりがちです。自分の生活を考えて最適な機種を選ぶというようにしたいものです。
現在、環境制御装置は厚生省の給付対象にはなっていません。自治体によっては対象としていたり、制度の巧みな(?)運用をしているところもありますが、ほんのわずかです。厚生省でもまったく給付対象とするつもりがないわけではないでしょうから、障害者自身の働きかけが今必要かもしれません。
(いちかわきよし 東京都福祉機器総合センター)
(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1997年11月号(第17巻 通巻196号)48頁~50頁