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フォーラム'98

任意成年後見について

田山輝明

はじめに

 法務省の法制審議会の内部に設置された「成年後見問題研究会」の報告書が1997年9月30日に公表された。この報告書は成年後見問題に関する問題点について網羅的に検討している。問題点は極めて多岐にわたるので、ここでは、従来あまり論じられておらず、本報告書においても具体的な方向が明確にされていない点、特に「任意後見」についてその問題点を紹介し、私の意見を述べてみようと思う。

Ⅰ 報告書と任意後見

1 法定後見と任意後見の違いと意義

 法定後見とは、現行制度上の禁治産者のための後見人制度のようなものをいう。つまり、後見人の権限等が法律によって規定されており、一定の要件(本人が適切な精神的な判断能力〔意思能力〕を喪失したこと等)を満たした場合にだけ裁判所の宣告等によって認められる後見人制度である。
 これに対して、任意後見という場合の「任意」とは「当事者の意思による」という意味であるから、基本的には裁判所とは関係なしに当事者間の契約によって実現される後見制度である。つまり後見人の権限も原則として当事者間における契約によって定まることになる。契約が有効に成立しなければならないから、本人は意思能力(契約の内容を理解できる能力)を有していなければならない。従って、痴呆になってからでは任意後見契約を締結することはできないから、痴呆になる前にこの種の契約を結んでおかなければならないことになる。痴呆にならなくても、介助を必要とするようになった段階で、一定の人との間でこの種の契約を結んでおいて、自分が痴呆になってしまった後においてもこの契約は有効であることとしておくことは可能である。

2 報告書における任意後見の位置づけ

 報告書のスタンスによれば、成年後見を国の責務という観点から捉え、契約を基礎とした任意後見ではなく、前述のような法定後見が基本であると考えているようである。民法の禁治産宣告制度の改正を要する等の点を考えれば、そのような発想も理解できるが、高齢・少子化社会を迎えて、老人や障害者の後見を誰が引き受けるかという問題として考えるならば、その場合の根本原則は自分のことは自分で処理するということであろう。そうであれば、成年後見の原則は法定後見ではなく、任意後見になるのではないか。これが基本的疑問点の第1である。つまり、それを前提として、任意後見に対して国家が法律やその他のシステムを通じてどの程度、どのような方法で干渉し、援助する必要があるか、についてまず検討がなされるべきである。このような意味での任意後見制度が具体的に構築され、もしくは想定された上で、そのような任意後見制度を補完するものとして、禁治産的な法定後見制度が如何にあるべきかが問題とされるべきである。

Ⅱ 任意後見へのニーズと現実性

1 いかなる場合に任意後見が必要か

 任意後見というと何か特別な制度をつくるような感じがするかもしれないが、現に、一人暮らしの老人が他人の世話になって暮らしている事例は多く見られ、財産管理等の点についても問題が生じている。このような場合において、痴呆になってはいなくても判断力が弱った老人が安心して後見(世話)を頼めるようなシステムが必要なのである。
 すでにさまざまな形で任意後見に類似したことは行政においても行われている。地方自治体等で行われている財産管理サービス等のうち、契約に基づいて行われているものは、広義の任意後見制度である。このように、何らかの形で公的な機関が関与している場合は比較的問題が起きにくいが、老人の財産管理等をまったく私的な契約に任せてしまうと、意思能力の不十分な点に付け込んだりして、財産権の侵害等の事件が頻発する恐れがある。そこで、国が法律を通じてある程度の干渉をしつつ、サービスをも提供することによって、任意後見を、本人の財産侵害に対する心配の少ないシステムとして確立すべきである。つまり、地方自治体等によって行われている財産管理サービスなどを国がシステムとして支援しつつ、私的な任意後見についても、意思能力を喪失した本人に損害が発生しないように配慮したシステムを早急に創出すべきである。

2 どのような内容か

 任意後見契約の内容の詳細は紙幅の関係で紹介できないが、①信頼できる後見人の選任(権利擁護機関や弁護士会等の協力も必要)、②依頼する内容(財産の管理、身上の監護等)、③自分が痴呆になった後に入所する施設(住居)、④医療行為についての承諾などが内容となろう。契約は書面で行うことが望ましく、特に公正証書によることが法的トラブル防止の観点からも望ましい。財産管理等が主要な任務である場合は、法律的な知識や経験が必要であるから、弁護士(公証人)が考えられるが、不動産の管理等が主要な事務である場合には司法書士が、世話ないし介護等が主要な事務であれば社会福祉士が、成年後見人の適任者となろう。これらの専門家の方々についても、成年後見制度の趣旨について理解がないと、後にトラブルが生じやすいから、それぞれの組織(弁護士会等)に設けられているシステムを利用することが望ましい。

Ⅲ 法定後見との関係とそれへの切替え

1 任意後見監督人との関係

 本人が痴呆にならないまでも、老人や知的障害者は意思能力が不十分である場合が多いから、本人に代わって任意後見人を監督する人が必要になる。基本的には、これも民間で、または地方自治体の援助を得た機関によって行われることが望ましい。弁護士が任意後見人になる場合には、単位弁護士会(その内部の機関等)が監督機能を果たすことが考えられる。司法書士会や社会福祉士会等についても同様である。地方自治体が設置している機関(権利擁護センター等)を通じて広義の任意後見人(生活アシスタント等も含む)が選任された場合には、その一定の権限の行使については権利擁護センター等が第一次的な監督を行うことが望ましい。
 任意後見人を2名にして一定の任務分担を定めておく方法もある。その場合に一方は財産管理を、他方は身上監護を担当するというように決めておくこともできるし、一方は任意後見人の監督のみを任務とするという方法もある。
 その上で、家庭裁判所による監督が必要であるケース(典型的には個人的契約による任意後見の場合)については、任意後見人を監督することのみを任務とする後見人(任意後見監督人、これは一種の法定後見人である)を選任することができるようにしておく必要がある。制度的な観点からは、家庭裁判所が自ら選任したのではない後見人について監督すべき者を選任すべき義務があるか、という点が問題となる。本来の後見監督(自ら監督すべき場合)とは趣旨は異なるが、本人が監督すべき者を選任していなかったとしても、それが必要になることはありうるから(権利擁護センターや弁護士会等の組織を通じた任意後見の場合は原則として必要は生じない)、その理由を審査して監督者を選任できるシステムを用意すべきである。

2 任意後見人の事務処理不能の場合

 任意後見人が定められている場合でも、それが十分に機能しなくなる場合がある。各県の弁護士会や擁護機関等が選任した任意後見人の場合には、多くの場合に他の任意後見人の選任が可能であろうが、個人的に選任した任意後見人の場合には、法定後見への切替えをしなければならないことが生じる。以下に私見をのべておこう。

① 任意後見人の死亡

 この場合には、元の契約書において他の任意後見人候補が定められていればよいが、そうでないかぎり、裁判所に法定後見人の選任を申立てなければならない。

② 任意後見人の破産

 任意後見人が自分自身で破産してしまった場合には、他人の事務の管理だから継続してよいということにはならないであろう。従って、この場合にも、他の任意後見人の選任が困難であれば、法定後見に移行すべきである。

③ 負担過重による継続困難

 任意後見人について上記のような事情が生じなくても、任意後見人側の事情の変化や本人の症状の変化等(ただし、任意後見人は必ずしも自分で介護したりする必要はないから、本人の症状の悪化は直ちに負担過重にはならない)によって、任意後見人には任務が履行できなくなるという場合も生じうる。この場合にも、他の任意後見人の選任が困難であれば、法定後見に移行することになる。

④ 契約上の解消事由

 当事者間の契約によって一定の事由が契約の解消原因とされていることもあろう。その場合には、次の任意後見人(少なくともその選任方法)についても定めておくべきであるから、それに従って後任者が選任されるべきである。

⑤ 解約の申し入れ

 特別な事由(過重負担等)がなくても、一定の解約期間(3か月等)を前提として任意後見人を辞することが認められるべきであろう。そのことにより本人に不利益が生じないように配慮する必要があるが、その意味でも権利擁護機関等が仲介していることが望ましい。

⑥ 後任者の選任条項がある場合

 任意後見人の後任者またはその選任方法について契約等に定めがある場合においても、実際に必要性が生じた場合に、それが事実上機能しない場合もありうる。この場合にも、他の任意後見人の選任が困難であれば、法定後見に移行すべきである。

⑦ 任意後見人の不適任

 任意後見人の事務処理が不適切であるという場合には、法定後見人の選任申立理由となると解すべきである。この場合には必要性の原則が適用されるから、裁判所が任意後見人の事務処理が適切であると判断すれば、法定後見人への切替えは認められないこととすべきである。なお、公益代表としての検察官による申立ても考えられる。

終わりに

 老人介護にとって不可欠な後見制度を基本的に国家的任務とするようなことは財政的にみても不可能なことであるから、この問題を如何に解決していくかということは、21世紀の日本社会の最大の課題の1つとなる。その意味でも現在法務省で検討中の成年後見制度において、是非とも任意後見についての基本的制度をも確立していただきたいと願うものである。

(たやまてるあき 早稲田大学法学部教授)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1998年3月号(第18巻 通巻200号)36頁~39頁