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文学にみる障害者像

お伽話や昔話などにみるノーマライゼーション

―温故知新の精神保健事例検討―

村田信男

はじめに―温故知新のお伽話―

 「むかしむかし、あるところに~があったとさ」。お伽話や昔話の多くはこのような語り口ではじまるものが多い。
 この表現は、時間と場所をあいまいにし、さらに伝聞の形式をとっているが、これは具体的事例を一般化し個別性を普遍性に転化させるのに有効な手法である。このような全体の“ぼやかし”により、現実からの距離がとれて辛く悲しい具体的事例も戯画化され安心して聞くことができるのである。
 「わが国の昔話はほとんど農民を主体とする庶民層の間に保存され語られてきましたので、その生活が主要な内容となっています」(文献1)ということだが、このような成立過程を考えると、昔の人の生活ぶりとそこで生じたいろいろなことがお伽話や昔話として一般化されて語り継がれ、それゆえに時代を越えた共感をもてるのではないだろうか。
 このような視点で歴史を顧りみれば、精神保健(心の病いやメンタルヘルスなど)の問題も、古今東西を問わぬ人類創世以来の重要なテーマであり、それぞれの時代に即した対応がなされてきたはずである。決して今日になって急に生じてきた問題ではないはずであり、お伽話などに入っていてもおかしくないのである。紙数の制限もあるのでそのうちのいくつかを紹介することにする。

1 花咲か爺さん(文献2)―ぼけ老人とケア―

 ぼけた爺さんが高い枯木によじ登り「枯れ木に花を咲かせましょう」と灰を振り撒き、「咲いた、咲いた」とはしゃいでいる。木の下ではしっかり者の婆さんが、「お爺さん、それは灰ですよ、花なんて咲いていませんよ」と現実の醒めた目でたしなめている。
 この話の面白さは、そこをたまたま通りかかったお殿様のこの老人への接し方だ。殿様は灰神楽を浴びながらも叱ることなく、「天晴れ、天晴れ、見事な花だ」と老人を褒めて褒美まで与えたのである。殿様もまたぼけていたのだろうか。しかし、彼はぼけてない欲張り爺さんが褒美欲しさに灰を撒いたときは厳しく罰しているから、ちゃんと分別をわきまえているのだ。
 この殿様は、ぼけ老人に対して文字通り“花をもたせた”適切なケアをした名君だったといえないだろうか。ぼけ老人に対する接し方の指針として、失敗行為をいちいち指摘したり叱ることなく、まず保護的、受容的に接し、行動の正常化を求めるよりも、情緒の安定化を重視することが大切であるといわれている。お婆さんのように頭からそれを否定するのではなく、ひとまず受け入れて情緒の安定を計る―このようなケアの原則をこの殿様はちゃんと身につけており、そのように接したからこのお爺さんとの間には心の触れ合い、感情の交流が生じたのではなかろうか。だからその後で殿様がお爺さんに「それは花ではなく灰ですよ」と言えば、爺さんも率直に「はい」と答えたに違いない。
 リハビリテーション的働きかけも、このような関係のなかでこそ有効に作用する。相互の情緒的基盤なくして、ただ叱ったり作業させたりするだけではかえって逆効果にもなろう。
 高齢化社会を迎え、現代版花咲か爺さんの登場も一層多くなるであろう今日この頃、この殿様の態度は参考になるのではなかろうか。

2 浦島太郎と玉手箱(文献3、4)―精神障害者のリハビリテーション―

 浦島太郎は成人したある時期から心の病いになり幻覚妄想の世界に入っていく。「陸から海へ」ということは、現実の世界から非現実の世界に入っていくことを示唆している。幸い被害妄想ではなく、乙姫によるもてなし妄想であったようだが、「飲めや歌えの舞い踊り~」という表現に示されているようにかなりの興奮状態だったようだ。しかし、やがて病状も軽快し、妄想の世界から現実の世界へ(海から陸へ)戻ってくる。
 この物語の面白さは「玉手箱」の役割にあると思う。これは「たったひと夜の宴(うたげ)」と思っていた主観的時間意識と、実際には数十年という客観的時間のずれが、精神障害者のリハビリテーション過程で玉手箱式に統合されていくのであり、古人も発病からリハビリテーションに至る過程でこのような両者の乖離と統合が生じうることを生活のなかで体験していたものと考えるからである。
 実際、筆者の臨床経験でも何例か具体的に浦島太郎状況をみてきたし、数年前に上映されたアメリカ映画『レナードの朝』(原題「目覚め」)を観て、浦島太郎状況が現実に生じることをあらためて知らされた。
 この映画は、実話であり、是非ご覧になることをおすすめする。

3 三年寝太郎とものぐさ太郎(文献5、6)―精神障害者へのコミュニティケア―

 昔話には似たような話が多く、なかには同じような内容で100を超える話もあるという。マスコミュニケーションが発達していなかったこの時代にこのような現象があったということは、同じような「事例」が全国各地に散在していたことを示唆している。
 「昔話は万華鏡にも比すべき変化をします。これがまたその民族や地方や時代の文化の指標ともなるのです」(文献1)。このように、昔話は単に日本民族のみならず他の民族にも通ずる普遍的な基盤をもったものなのである。それは、日常生活のなかの具体的な出来事をとりあげているからであろう。
 「三年寝太郎」(昔話)や「ものぐさ太郎」(お伽草子)も、表現こそ違え同じニュアンスをもった「事例」として語り継がれてきたのであろう。言い得て妙なこれらの表現は未だ医学的視点のない時代ゆえに生活者の視点で捉えられたものであり、現代の医学用語に置き換えれば「無為、好褥」ということになろうか。
 「三年寝太郎」とか「ものぐさ太郎」といわれながらも、長年にわたり餓死しないでいられたのは、だれか周囲の人たちが世話をしていたからだと考えられる。たとえば、ものぐさ太郎は竹を4本立てた上にこもをかけて住まいとし、近所の情けある人から「いかにひだるからん(どんなにひもじいことだろう)」と餅などをもらっている。それが道端に転がっていっても取りに行くのが大儀で拾ってくれる人が通りかかるのを何日でも待つ、という生活ぶりである。この話は精神障害者へのコミュニティケアが具体的に行われていた事例と考える。

4 天照大神と天の岩戸(文献7)―精神障害者のリハビリテーション過程を成立させる条件―

 天照大神という女性は、感情の起伏の激しい「お天気やさん」だったようだ。まるで太陽のように明るく光り輝き、周りの人たちに暖かく接していたかと思うと、やがて次第に暗くなるというような変化が周期的に起きていたらしい。彼女が太陽と同一視されたのも日の出と日没の周期性に古人がなぞらえてのことであろう。
 その彼女が、弟のスサノオとのトラブルがもとで、天の岩戸に自ら閉じこもるという事件が生じ、周りの人たちは突然のことにあわてふためいた。日の出と日没のような周期性のあることは周りの人たちも長年接して知っていたからそれは「自然なこと」として受け止めていたのだが、まるで皆既日蝕のような突然の自閉による暗黒の世界の出現にはおおいに驚いたらしい。
 彼女の行為、状態は、今風にいえば「自閉」行為であり、社会と隔絶した状態である。そのような状態の彼女を、再び社会復帰させるためのさまざまな工夫や試みがこの神話のメインテーマであり、現代に通ずるものを学ぶことができるのである。
 筆者は、精神障害者のリハビリテーション過程を成り立たせるために不可欠な条件として下記の3点を考えているが、これは程度の差こそあれ、すべてのリハビリテーション領域においてあてはまるものであると思う。

① 主体的条件として、動機の熟成
② 適切な場の設定
③ タイムリーな働きかけ

 古人も経験的にこのようなことを知っており、実際に神話の中で展開されていくのである。
 まず、適切な場として彼女が閉じこもっている天の岩戸の前に働きかけの場を設けた。神楽を奏でアメノウズメという美女が踊りだした。周りの人々は手拍子ではやしたて伴奏に長鳴き鳥をいっせいに鳴かせた。
 天照大神は、自閉状態の中で、外の人たちが嘆き悲しんでなく、逆に笑いさざめき音楽が奏でられている楽しそうな雰囲気を厚い岩戸を通して感じ、最初不審に思い次第に好奇心にかられて覗いてみたくなってきた。動機が徐々に熟してきたのである。そして、岩の扉をほんの少し自分で開けようとした頃合いを見計らって、タジカラオという力持ちの男がさっと開けた。タイムリーな働きかけであった。
 本人の動機がまだ十分に熟していない段階で無理やり岩戸を開けようとしてもかえって逆効果で、必死に開けさせまいとしてますます自閉的になっていっただろう。
 まず、レクリエーションの場をつくり、音楽やダンスなどのプログラムを導入して動機の熟成を促すことがタイムリーな働きかけの必要条件であり、今日盛んに行われているデイケアの元祖といえようか。
 文明開化の現代でも、暦をもたぬ民族の人たちは突如暗闇になる皆既日蝕に畏敬の念を抱き、まつりごとを行い、再び太陽の輝きが戻るよう祈るという。いわんや古代人にとって、その恐怖と驚きはいかばかりであったか想像できよう。
 それにしても、このような自然現象をサスペンス的ドラマにしてしまう古人の才覚もなかなかのものである。それだけ印象深いアクシデントであったということなのであろう。

5 一寸法師と打出の小槌(文献8)―未熟児と姫の憑依状態と幻視体験―

 一寸法師は「指にも足りない…」と歌われているように超未熟児として出生したが、幸い生命を失うことなくたくましく生育していく。一方、桃太郎は超過熟児で帝王切開により出生し、今では健康優良児の代名詞になっている。
 一寸法師はこのような生来のハンディキャップにもめげることなく、むしろそれを独力で乗り越えるべく両親の心配を押し切り単身でお椀の舟に箸の櫂を操って京にのぼり、なんのつてもないまま関白の邸の玄関に立ち就職を申し入れる。関白は彼の臆せぬ振る舞いを見込み、姫付きの守役とした〔『御伽草子』(文献4)では、このあとのストーリーが違っていて、恋する姫を奪うために悪知恵を働かす詐欺師的人物が記されているが、ここでは、人口に膾炙している清水寺詣でと鬼退治、打出の小槌の話にしておく〕。
 この物語の見せ場は、清水寺に詣でた姫が大鬼どもに襲われたときの彼の大活躍ぶりである。大きな鬼に対して小廻りのきく彼は神出鬼没に動き廻り針の刀でところかまわず刺しまくり、ついに鬼どもを追い払い、姫の危機を救う大手柄を立てる。鬼どもがどんなに狼狽していたかは、大切な宝物の打出の小槌を投げ捨てて逃げたことからも推し測られよう。
 姫は、その宝物が願い事を唱えながら3度叩くとたった1度だけ願い事が叶う超能力をもっているものであると思い込み、ただ1度のチャンスに思いのすべてを賭けて叩き続けた。「彼が、自分の結婚相手にふさわしい美丈夫になれかし…」と。
 姫の彼に対する陽性感情転移は、自分の生命を救ってくれた鬼退治のドラマで頂点に達していたことで十分了解できよう。だから、姫が祈とうにより憑依状態になりみるみるうちに美丈夫に変身したと法師を思い込み、そのように見えた(幻視)としても無理からぬことである。彼女の強い願望が打出の小槌という小道具を媒介にして、彼女の内面的世界を具象化させたといえるだろう。
 しかし、客観的には、長い髪を振り乱しまなこをつりあげた美しい姫が、物のけに憑かれたように道端の枯枝をふりかざし、「これは打出の小槌じゃ、わが願いかなえてたもれ」と口走りながら一心不乱に地を叩いていたのではなかろうか。

6 おわりに―ちらしずしとノーマライゼーション―

 一寸法師や桃太郎などの物語は「異常誕生譚」といわれる種類に入れられ、類話も全国各地に多く存在している。これは、昔からさまざまな出生の仕方や生育史があったことを推測させる。
 今回紹介した、花咲か爺さん、浦島太郎、三年寝太郎や一寸法師などの話は、昔も今と同じように地域社会には健康な人とともに、身体や心の病いやそれによる障害をもった人たちが数多く生活していたことを具体的に示すものであり、今風にいえば「ノーマライゼーション」の理念に通ずる社会を取り扱ったものであろう。そのような視点からお伽話や昔話などを事例として検討すると、これらの物語が全国各地で語り継がれてきた必然性も理解できるのではないだろうか。
 筆者は「ノーマライゼーション」という外来語の意味をもっと分かりやすく具体的に理解してもらうために、鉄火丼とちらしずしの比喩を用いて説明している。
 まぐろの切身を健常者に見立てれば、鉄火丼は健常者のみ存在する社会ということになるが現実にはあり得ない。現実の社会とは、まぐろの切身も載っているが、他にもさまざまな具が盛り込まれているちらしずしのようなものであろう。
 健康な人も、病気の人も、心や体に障害をもった人も、老若男女を問わずその人たちが地域で生活している「ちらしずし的社会」を現実のものとして受け容れることがノーマライゼーションの理念ではなかろうか。
 多彩な種類の具を盛り込んだちらしずしが、より一層味わい深くなるような社会にしていきたいものである。

(むらたのぶお 東京都立多摩総合精神保健福祉センター)

〈引用文献〉

1 関 敬吾編:日本昔ばなし―こぶとり爺さん、かちかち山、岩波文庫、岩波書店、1956年
2 Sweet Spot―昔ばなしに見るリハビリテーション「花咲か爺さん」、総合リハビリテーション、医学書院、21巻8号、1993年
3 Sweet Spot―おとぎばなしに見るリハビリテーション、「浦島太郎と玉手箱」、総合リハビリテーション、20巻10号、1992年
4 御伽草子(下)市古貞次校注、岩波文庫、岩波書店、1996年
5 Sweet Spot―昔話にみるリハビリテーション「三年寝太郎」と「世捨て人」、総合リハビリテーション、23巻3号、1995年
6 御伽草子(上)市古貞次校注、岩波文庫、岩波書店、1985年
7 Sweet Spot―昔話にみるリハビリテーション、「天照大神と天の岩戸」、総合リハビリテーション、21巻11号、1993年
8 Sweet Spot―昔話にみるリハビリテーション、「一寸法師と打出の小槌」、総合リハビリテーション、24巻9号、1996年


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1998年3月号(第18巻 通巻200号)48頁~53頁