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懸念と展望と

安藤豊喜

結論を急いだ「改革」

 社会福祉基礎構造改革にあたっての政府側の説明は、福祉の近代化を目指すものであり、公的保障やサービスを後退させるものではないということでした。高齢社会の中で福祉対象者が広がり、一部の障害者福祉から国民全体の健康と生活の安定を目指す方向に異論はありませんが、最初の疑問は、「なぜ、結論を急ぐ必要があるのか」ということでした。
 戦後50年を経た障害者福祉や社会保障のありようが時代にそぐわなくなっているとの説明も、50年の歴史をもつ現行制度の成果等を分析し、問題点を改善する姿勢というより、2000年にスタートする公的介護保険制度との整合性を図る意味から改革を急ぐという姿勢が前面にでた感じです。50年間行われてきた制度を見直すには、それなりの歳月をかけ、国民全体の合意を基にした改革であってほしいとの願いをもったのですが、介護保険実施に合わせたタイムリミットが当初から設定されていたことを残念に思います。

評価する基本理念の改正

 改革の具体的な評価点は、基本理念規定の改正です。
 わが国の障害者福祉や社会保障は、その制度が慈善を基調としてのスタートであるだけに、「個人の尊厳・個人の選択・自己決定権」等の理念の具体化が遅れていたと言えます。福祉サービスを障害者等が自ら選択することは、その障害者の自立性・主体性・社会性を高めるものであり、この理念に異論を唱える人はいないでしょう。理念・理論的な方向付けという面では踏み込んだ発想での改革案と言えますし、それだけに反論の整理が困難であったと言えます。
 措置制度を利用契約制度に転換する根拠や説明も、もっぱら選択肢のない行政処分としての措置制度の弊害が中心で、公的保障としての措置制度の利点がかすんでいる感じが否めません。また、福祉サービスの提供についても、民間企業等の参入を期待する面が強く、逆に障害者やサービスを求める人々がサービス提供業者から選択される懸念も出ています。これは、重度障害者やサービスの内容が重複する障害者にとって深刻な問題と言えるでしょう。
 このように、改革を理念的に見ると薔薇色ですが、現実的な選択面では課題の多い改革と言えます。

法定化による新たな展望

 改革における聴覚障害者関係では、事業の法定化の中に、手話通訳事業と聴覚障害者情報提供施設の機能の拡充が加わったことを評価したいと思います。特に手話関係では、1970年(昭和45年)に国の事業として手話奉仕員養成事業が開始され、その後、手話通訳設置、派遣事業の追加に、1989年(平成元年)には厚生大臣公認の「手話通訳士認定試験」が行われるようになったにもかかわらず、手話や関連事業が法定化されず、厚生省の「明るいくらし促進事業」のメニュー事業でしかありませんでした。私どもは、手話通訳事業は言語領域に属するものであり、身辺介護とは別の視点で論議され、位置付けられるべきと考えていますので、法定化はその展望を切り開くものになるでしょう。
 聴覚障害者情報提供施設の機能の拡充問題は、現在、「ビデオに字幕・手話を挿入し、無料あるいは低額な料金での貸出し」としての位置付けしかなく、これを地域の聴覚障害者の社会参加や福祉をサポートする専門的な拠点施設とすることが求められており、機能拡充のあり方が今後論議されると思います。
 聴覚障害者は、運動機能に障害がなく、身辺面では自立していると見られることで、援護関係施設が乏しいのが現状であり、情報提供施設の機能拡充への期待は大きいものがあります。
 戦後50年の福祉制度の中心は、身辺介護・生活援護(経済)でした。今回の改革で、情報・コミュニケーション問題へと踏み込みがなされたことを評価できると考えます。改革の懸念点は、改善の取り組みを行うとして、新しい展開の道筋も見えており、この面への期待を今後のエネルギーとしていきたいと思います。

(あんどうとよき 財団法人全日本ろうあ連盟理事長)