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苦情処理と権利擁護のシステム強化

松友了

 明治維新、戦後の改革に次いでの「第3の大改革」という鳴り物入りで論議が始まった今回の基礎構造改革は、いよいよ社会福祉事業法の改正という最終段階を迎えた。しかしながら、5月末の現時点でも法案は上程されていない。そのため、これまで出された各種の報告や大綱を元に論ぜざるを得ない。
 高い理念に比較すると、「基礎構造改革」と言いながら、結局は〈措置制度〉が〈契約制度〉に変わっただけだ、という批判を耳にする。何も政府を弁護する必要はないが、これこそがまさに「基礎構造」改革であろう。そのことによって、大きく金の流れ(古い表現だが「下部構造」)が変わるのである。
 それゆえに、そこに期待と不安が集約される。市場原理の導入は、多彩な事業主体の参入と競争による質の向上を期待させるが、果たして思惑どおりうまく進むか。多くの企業・事業体が参入を考え、高齢者介護ビジネスの説明会は、どの会場も満員とある(朝日新聞・5月25日)。一方、かなり以前から参入を計画し、実験を模索してきた企業が、採算ベースに乗らないので参入を断念したという情報もある。もちろん、条件(環境)は変化するであろうし、何よりスタートしてみないと何とも言えない、という事実はある。しかし、従来の実態を知るものからすると、よほどの「改革」がないと、企業として成り立たないと思われる。
 それどころか、心配なのは競争原理による質の低下である。すなわち、量の確保がなされないとしたら(絶対数が不足したら)、劣悪なサービスでも利用せざるを得ない。すると、職員数や設備等々において、コストの削減を図る工夫がいきすぎ、ヒューマン・サービスの専門性が損なわれた、荒涼たる風景が出現しないとも限らない。そして、最も危惧することは、その事実が利用者である障害者等に十分に伝わらず、また分かったとしてもどうすることもできないことである。言い換えると、十分な情報提示と苦情処理及び権利擁護システムの整備である。福祉の提供者は、これまでの基礎構造に規定され、とてもその必要性と意味を理解していないし、そのシステムもない。また、利用者は消費者としての立場は保障されず、その意識も十分でない。
 政府案では、この点での改善を徹底し、不安の解消に努めようとしている。全般的な課題としての「情報公開法」を成立させたり、改正法案において明記されている、とも聞くが、情報の収集と整理及び公開にきわめて不慣れな国民性で、どれくらい可能なのだろうか。また、「苦情処理機関」設置については、具体案が姿を現してくるに従い、不安と疑問は逆に肥大化する。福祉新聞(5月24日号)によると、「苦情処理事業(仮称)」として、2段階で準備されるという。しかし「苦情処理」とは、産業廃棄物の処理とは事の本質が異なるのである。言うなれば「紛争」であり、相互の利害関係や責任が絡むことであり、「苦情」というニュートラルなものではない。そのためには、利害関係のない第三者による、徹底した独立機関でなければならない。それが果たして担保されるのか。
 新しい「成年後見制度」(これも、現時点では未成立だが)を補完するため、福祉サイドから「地域福祉権利擁護制度」が創設され、10月1日の事業開始へ向けて細部が討議されている。しかし、姿が明らかになるに従い、やはり「苦情(紛争)処理」の機能が弱いことが明確になってきた。それどころか、「身上看護」の機能さえ弱い。目的は、日常的な金銭管理に絞られ、竜頭蛇尾の感は免れない。「制度・サービスの利用援助」という内容の権利擁護は、その機能と効果が定かでないが、これは実施以降に評価すべきであろう。
 これらの不安や疑問を解消する一助は、現行の「生活等支援事業(地域生活支援センター)」の充実・強化であろう。今回の法改正で、この制度は社会福祉事業に位置付けられるという。「小規模作業所(無認可通所施設)」の法制化と同様、今回の改正でもっとも期待できる点である。すなわち、地域福祉を理念から現実にするためには、地域に確実な「拠点」が必要であり、その中心に権利擁護を位置付けなければならない。それが、自由社会(自己決定・自己責任の論理)における、市民的な〈規制〉の役割を担い、特に知的障害者等の判断力の困難な人たちにとっては、不可欠なものと考える。しかし、これは「生活等支援事業」の強化でも不十分である。
 北野教授の本誌における連載「北米における権利擁護とサービスの質に関するシステム」で示された徹底した権利擁護者(アドボケイト)と機関の創設が求められる。活躍中の「児童虐待防止センター」に類する事業が、強力な法的背景をもって進められねばならない。その意味では、今回の改正は骨格的な変更であり、「自己決定」社会の実現は、緒についたばかりということができよう。

(まつともりょう 社会福祉法人全日本手をつなぐ育成会常務理事)