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フォーラム’99

デイジーの新たな展開
―アメリカインディアン語の保存活動―

野村美佐子

 視覚障害者のために開発されたデイジー(DAISY:デジタル音声情報システム)は、日本障害者リハビリテーション協会(以下「当協会」という)が平成10年度の国の補正予算で実施した、全国の点字図書館等への一斉導入によって、世界に先駆けて日本で広がりつつあります。カセット録音図書でしか読書を楽しめなかった視覚障害者や学習障害者等、普通の印刷物を読むのが困難な障害者にとって、検索機能とデジタル化による質の良い音声をもつデイジー図書との出会いは、すばらしいものになると確信しています。
 米国はアール・エフ・ビー・ディー(RFB&D:Recording for the Blind & Dyslexic)が、これから大々的にデイジー図書の作成を始めると公言しています。
 去る3月16日から20日までロサンゼルスで「技術と障害」の国際会議が開催されました。デイジーコンソーシアム(デジタル録音図書の国際標準化を目指して設立された国際共同開発機構)のセッションと展示室で、米国の視覚障害者たちの「すばらしいけれど、いつになったら、デイジー図書が私たち利用者に届くの」と待ちわびている言葉が印象的でした。
 さて、このデイジーの新しい展開は米国で始まっています。先に述べた会議に先立って、アメリカインディアンの言語と文化を育て、成熟させ、保存するという使命のもとで「ネイティブアメリカン・ストーリーテリング」と題するディナーパーティが開かれました。ハリウッドにあるシェラトンホテルで行われたこのパーティのホスト役は、ゴア副大統領の全国再生運動担当官で、インターネットとマルチメディア関連技術を駆使した教育改革を推し進めているメイヤー・マックス氏です。
 このパーティには内務省インディアン局局長補佐官をはじめとし、教育・情報関係の政府高官、アメリカインディアン語の保存と教育を推し進めているテキサス大学、ニューメキシコ大学、カンザス大学などの教育関係者、障害者のインターネット・アクセスの技術の普及に努めているデイジーコンソーシアムのメンバー、そしてスピルバーグ監督が設立したショーア財団(Survivors of the Shoah Visual History Foundation)のメンバーが出席しました。当協会の河村宏情報センター長は、デイジーコンソーシアムを代表し、かつアメリカインディアン語の保存をデイジー開発によって支援したということで、このパーティに招待され、筆者はデイジーコンソーシアム広報担当者として出席しました。
 アメリカインディアン語は、漢字・ひらがな・カタカナのような自らの言語を表記する文字を欠くため、その継承は、口承による訓練と平均年齢が78歳に達するひとにぎりの老人の知識に依存しており、消滅の危機に瀕しています。しかしデイジーと新たなWWW言語であるスマイル(SMIL:Synchronized Multimedia Integration Language)の活用が、こうした言語の継承と保存に新たな展望を開いています。子どもや老人、教員らによる共同作業により、カナダからアメリカ合衆国に至るインディアン種族が利益を享受し、さらにポタワタミ、ナバホ、プエブロ族等の種族が利益を得ることになりました。そうした一連の動きに貢献したデイジーのソフトウエアの開発者である当協会と、共同開発者であるアメリカのプロダクティビティワークス社に対して、メイヤー・マックス氏から感謝の言葉がありました。
 パーティはまず、映画と芸術で活躍するアメリカインディアンのリズムのよいアメリカインディアン語と英語の語りから始まりました。記録する文字をもたないアメリカインディアン語において語りは重要であり、こうした文化は継承されていかなければならないと出席者のだれもが思いました。引き続いて、フォーディレクション・プロジェクト(Four Direction Project)の紹介がありました。
 フォーディレクションとは、1995年に米国大統領と教育省が、国内の教育関係者および産業界に対して呼びかけた「情報スーパー・ハイウェイ」を活用した、質の高い教育モデルづくりに応えたプロジェクトの一つです。教育省の管轄下で、アメリカインディアンの文化と技術を教育の中で統合し、それによって生徒が自らの将来を十分に考慮しつつ、こうした遺産を維持し学ぶことに焦点を当てています。このプロジェクトを行うコンソーシアム(共同体)のマルチメディアを使った言語教育のプレゼンテーションがあり、出席者はアメリカインディアン語をしばし楽しみました。
 パーティではショーア財団会長のマイケル・ベレンバウム氏のスピーチもありました。ショーア財団は、映画『シンドラーのリスト』の撮影後、多くのホロコースト(大虐殺)の生き残りの人たちがその記憶を話したいと申し出たため、彼らのインタビューを収録するアーカイブ(文書館)をつくるためにスピルバーグ監督によって設立されました。5万人以上の証言を録音した未編集データの大きさは、これを1人で聞くには13年半もかかるという膨大な量のマルチメディアのアーカイブをつくりだしています。このデータと強力な技術を利用して分類し、教育的な資料の開発を行って世界にある博物館、ホロコースト資料センターあるいは教育機関で利用できるようにすることを目的としています。証言者がスムーズにインタビューに応じられるように、証言者自身の言葉でインタビューが行われ、57か国で33の言語による証言が収集されました。ショーア財団のURL(http://www.vhf.org)で見ると、日本では1人がインタビューを受けています。
 アメリカインディアンのストーリーテリングとショーア財団の5万人に及ぶホロコースト生存者のストーリーテリング、これら二つの語りに共通するのは、今、文化や歴史を記憶にとどめている人が亡くなりつつあり、何らかの方法で継承・保存していかなければ、消滅してしまうことです。そうした緊急課題をもって、インターネットを活用し、子どもや大人、そして高齢者だけではなく、障害者にも共有できるようにしようとする動きがあります。その中で、デイジーはすでにアメリカインディアンのストーリーテリングの保存にかかわっており、今後、ホロコースト生存者の証言記録保存と普及においても、障害者のアクセシビリティから発したデイジーが活躍するのではないかと思います。

(のむらみさこ 日本障害者リハビリテーション協会)