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講座 高次脳機能障害 3

脳血管疾患と高次脳機能障害(2)

高岡徹・伊藤利之

はじめに

 今回は、高次脳機能障害を有する脳血管障害者のリハビリテーションの概略について解説します。また、あわせて福祉制度に関する問題点について述べることにします。

高次脳機能障害に対するリハビリテーション

 脳血管障害を発症した場合、通常はまず地域の一般病院を受診し、救命治療など疾患そのものに対する治療を受けます。リハビリテーションは、この急性期の段階から開始され、病状や障害の状態に応じたアプローチを行うことが理想的です。したがって、急性期においては身体機能障害や高次脳機能障害の有無にかかわらず、感染症や関節拘縮などの二次的合併症の予防をすることが重要となり、看護婦(士)や理学療法士、作業療法士による看護や治療が行われます。回復期においては、片マヒなどの身体機能障害を呈している場合には、理学療法や作業療法といったリハビリテーションが本格的に行われます。高次脳機能障害を随伴する場合も、身体的な障害に対しては同様のアプローチを行いますが、高次脳機能障害は実際に訓練などを行う際に大きな阻害因子となることがあります(重度の高次脳機能障害であれば、間違いなく阻害因子となります)。
 その理由の一つは、治療や訓練が進めにくくなることで、二つめは高次脳機能障害そのものが家庭復帰や社会復帰を困難にすることです。たとえば、記憶障害の場合には、昨日行った訓練の内容をまったく覚えていないため、訓練の積み重ねが難しく、効果が上がりにくいことがあります。また重度の記憶障害では、家族や同僚の顔を忘れてしまったり、あるいは新たに覚えられずに、家庭や職場への復帰が困難な場合もみられます。
 このように、高次脳機能障害を伴った脳血管障害者に対するリハビリテーションはとても難しいものです。実際にアプローチを行うリハビリテーションの専門職は、失語症に関しては言語聴覚士、その他の高次脳機能障害は病院によって多少違いはありますが、作業療法士や臨床心理士などが単独あるいは共同で行うことが多いようです。アプローチの形態は、治療者と1対1の個別で行う場合と集団による対応を行う場合がありますが、どちらがよいということではなく、それぞれの利点を考えて適切に使い分けることが必要です。さらに、身体機能障害と高次脳機能障害とを分離してアプローチするのではなく、むしろ多種にわたる専門職が同じ目標に向かい、協力してアプローチすることが重要です。
 高次脳機能障害に対するアプローチは、細かく列挙すれば多くの方法が行われています。また、症状の種類によってその方法は異なってきますが、大きくは治療的アプローチと代償的アプローチの二つに分類することができます。
 治療的アプローチは機能障害そのものの改善を図るものです。たとえば、記憶障害のある人に毎日何かを覚えてもらうことを繰り返したり、注意障害のある人には間違い探しのクイズを行ってもらったりするものです。しかし、機能障害の改善にはおのずと限界があり、時にはまったく改善が得られない場合もあります。したがって、治療的アプローチのみを行うのではなく、同時に代償的アプローチを検討することも重要です。
 代償的アプローチとは道具の使用や工夫、環境整備などによって、機能障害が変わらなくても日常生活や社会生活活動が円滑に行えるようにするものです。記憶障害の人に対する手帳やアラームの使用などが、具体例としてよくあげられます。

「失語症」と「記憶障害」のリハビリテーションの違い

 失語症に対する治療的アプローチの原則は、適切な言語刺激を反復し、何らかの反応を引き出して、さらに正しい反応だけを強化する、というものです。代償的アプローチとしては、実用的なコミュニケーションを重視して、ジェスチャーや描画などの非言語的な手段も含めた訓練を行います。これらのアプローチはかなり確立されたもので、一定の有効性があると考えられています。
 一方、記憶障害のアプローチも適切な入力(覚えるべき課題)を反復し、強化することが基本的に行われます。しかし、失語症のアプローチとの違いはこれらの入力や強化の方法が確立しておらず、いまだ試行錯誤を繰り返している段階であり、しかもこうしたアプローチさえ、一般の病院では行っているところが少ないということです。他の高次脳機能障害に関しても同様です。リハビリテーション手法の確立と一般化が今後の課題です。

高次脳機能障害に対する福祉制度

 現時点では、高次脳機能障害者への福祉制度として、精神障害者保健福祉法があります。しかし、身体障害者福祉法と比較するとその恩恵は少なく、また精神障害者という言葉に抵抗を感じる人が多いこともあり、実際に手帳を取得する人はごく少数です。脳血管障害や脳外傷による後遺症で、肢体不自由を伴っている高次脳機能障害者は、肢体不自由によって身体障害者福祉法の対象となりますが、高次脳機能障害のみの場合には、身体障害者福祉法の対象とはなりません。
 しかし、高次脳機能障害のみが残存する障害者でも、発症・受傷からのリハビリテーションに関しては、身体障害者と同じ過程でアプローチされており、いわゆる精神障害者の治療過程とは異なっています。身体障害者福祉法が障害者の社会復帰を援助するいわばリハビリテーション法であると考えると、高次脳機能障害は身体障害者福祉法の対象とするほうが適当だと思われます。
 一方、失語症は高次脳機能障害の一つですが、実は身体障害者手帳の1項目として明記されており、障害の程度に応じて3級もしくは4級の手帳取得が可能です(表)。現在、失語症は身体障害者福祉法の対象として種々のサービスを受けることが可能であり、有効に利用されていると思われます。

表 音声・言語・そしゃく機能障害認定基準

級別 音声・言語・そしゃく機能障害
3級 音声機能、言語機能又はそしゃく機能の喪失:音声を全く発することができないか、発声しても言語機能を喪失したものをいう。
 具体的な例は次のとおりである。
 a.音声機能喪失:無喉頭、喉頭部外傷による喪失、発声筋麻痺による音声機能喪失
 b.言語機能喪失:ろうあ、聴あ、失語症
4級 音声機能、言語機能又はそしゃく機能の著しい障害:音声又は言語機能の障害のため、音声、言語のみを用いて意思を疎通することが困難なもの。
 具体的な例は次のとおりである。
 a.喉頭の障害又は形態異常によるもの。
 b.構音器官の障害又は形態異常によるもの(唇顎口蓋裂の後遺症によるものを含む)。
 c.中枢性疾患によるもの。


 では、なぜ高次脳機能障害のうち失語症だけが身体障害者福祉法の対象となっているのでしょうか。その理由はよく分かりません。言語機能障害が、従来は聴覚障害や喉頭摘出などの原因により、聞こえない、うまくしゃべることができない、あるいは発声できないといった、どちらかといえば器質的な障害であったところへ、機能的な障害である失語症が後から加えられたのでしょうか(現象として、聞こえない、しゃべれない、と同様とされたのだろうか)。また、失語症が他の高次脳機能障害と比べて分かりやすく、評価しやすいこともその一因であると思われます。
 同じような原因疾患による高次脳機能障害のうち、一部の症状が認められて他は認められていないという状況は、考えようによってはおかしなことです。たとえば、失語症は左脳損傷で、半側空間無視は右脳損傷で起こりやすいのですが、同じ人間の脳において、左脳の損傷は認められて右はだめというのは矛盾があるように思えます。
 また、仮に「身体」の障害は身体障害者福祉法で、「精神」の障害は精神障害者保健福祉法の対象にするのだとすれば、高次脳機能障害の最終的な状態像が精神障害と類似していることから、現在の枠組みがまったく間違っているとは言い切れません。したがって、名称や枠組みはともかくとして、日常生活上の支障に対する援助という観点からは、すべての障害が「障害者基本法」のもとで一括して扱われ、必要なサービス提供を受けられるようになることが理想的だと考えます。

おわりに

 高次脳機能障害のリハビリテーションを行うにあたっては、原則的なことや理論的なことを治療者が認識していることが必要です。さらに、患者の個別性を十分に考慮して各個人ごとのアプローチを行うことも重要です。
 また、現在の福祉制度下では、記憶障害や発動性の低下などの高次脳機能障害だけが残存した場合、網の目からこぼれ落ちてしまうような状態です。将来的には、各症状に対する評価方法や判断基準の違いはあっても、障害者へのサービスとして統合され、より充実するような議論や方向づけが必要であると考えます。

(たかおかとおる・いとうとしゆき 横浜市総合リハビリテーションセンター)