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インタビュー
大澤豊監督に聞く

 ろう学校の野球部の生徒たちを描いた「遥かなる甲子園」から、10年。再びろう者をテーマにした作品は、「アイ・ラヴ・ユー」。
 今回、主役の女性をはじめ、ろう者の役はすべてろう者を起用。ろう者の役はろう者でなければできないと語る大澤豊監督にお話をうかがった。

聞き手 藤井克徳

大澤豊監督

 1935年群馬県生まれ。群馬大学教育学部卒。黒澤明や山本薩夫などのもとで助監督を務め修業を重ねてきた。78年に「ガキ大将行進曲」で監督デビュー。90年には、ろう学校野球部の生徒たちの青春を描いた「遥かなる甲子園」を監督。「アイ・ラヴ・ユー」は今秋公開。

大きな話題を呼んでいる「アイ・ラヴ・ユー」ですが、この映画で表現したいことは何でしょうか。

 一般的に障害のない人は、障害のある人を、障害があるがために何か劣っているという見方をしてしまいます。
 私はたまたま映画を作る仕事をしていますので、作った映画を見てもらって、ろう者に対する見方を変えてもらうきっかけづくりをしたいと思ったわけです。そのためには、作り物ではいけない。ろう者の役はろう者に演じてもらって、本当のろう者の姿を描かなくてはいけない。
 ですから映画を見てくださったお客さんが、これまでのろう者に対するイメージが変わったよ、というくらいのものを表現したいという気持ちがあったので、ろう者の俳優たちには、普通のお芝居ではダメ、ろう者だからという甘えの中で満足してはダメ、と聴者の俳優以上のものを求めました。

最終的に、映画化に踏みきろうと決断したきっかけは何ですか。

 最終的に決断したのは、資金面での支援があったからです。この不況のなか、1年間ほどスポンサー探しをしていたんですが、その時たまたま静岡の豊田町で製作資金の3分の1くらいを支援してくれることになったんです。豊田町では、2か月間泊まり込んで撮影をしました。その間、町の施設を貸してもらったり、エキストラの協力も町ぐるみでやってくださり、食事も含めて体制を組んでくださったんです。お金以外にそういうのが大きいんですね。
 それからもう一つ、米内山明宏さんとの出会いがなければ実現しなかったと思います。米内山さんとは、「遥かなる甲子園」でご一緒しました。今回の映画は私1人ではできないと思ったので相談したところ、じゃあ一緒にやりましょうということになって実現したわけです。

構想は、いつ頃からあたためておられたのですか。

 10年前、「遥かなる甲子園」を作りました。これは実際にあった話です。
 出演者のなかに、実際のろう者で野球ができて手話ができる人ということで、全国から6人ほどお願いしたんです。そんな経緯があって、ろう者の世界を垣間見たんですね。
 「遥かなる甲子園」は、聞こえないろう学校の生徒が中心でした。そういう人たちが社会に出て、今度は聴者のなかに点在するわけです。恋愛をして、結婚をして、生活していくときに何があるんだろう。「遥かなる甲子園」だけで終わるのではなく、そういうろう者の日常的なものをきちんと描かないと、私自身進歩がないんじゃないかと思ったわけです。

同じろう者をテーマにした作品ですが、今回はどうですか。

 あの頃は無我夢中で、「どうしてこのせりふがそのまま手話にならないんだ」とくってかかったりしたことがありました。その後、われわれは音声を中心とした言語のなかで知識を習得していくけれども、ろう者の人にとっては、手話そのものが言語なんだ。言語が違うんだから、文法も表現方法も違うんだということがわかったんです。言葉には、方言も含めて品のいい語り口をする人もいれば、昔の職人風の語り口をする人もいます。手話も分析していけば、それぞれ個性があって言葉と同じなんですね。
 たとえば、映画を撮るときに、絶えず画面に手(手話)が入っているとは限らないんです。でもろう者の人はそれをとても嫌うんです。字幕が入ってるからいいじゃない、と言うと、「手話は私たちの言葉なんだ。言葉が会話の途中で切れてしまうのは嫌でしょ、それと同じですよ」って。そういう細かい部分を含めて、実際に現場で直面して、新しい発見があって認識をしていくという、そういうことが今度の映画に役立っていると思います。

今回の映画作りで工夫された点はありますか。

 今回はじめて、ストロボ付きのカチンコを使いました。聞こえれば、「カチン」という音でわかりますが、ろう者の人にはわからないわけですよね。ストロボをたけば一瞬部屋のなかが光るでしょ。そうすればみんながこちらを向いていなくてもわかりますからね。これは録音部のスタッフが考えて作ってくれました。

今回の映画で、見てくれる人に何を訴えたいでしょうか。

 今度の作品は、まず手話がすばらしい。その手話のすばらしさをこの映画をとおしてぜひ知ってほしいと思います。今は手話人口というのは非常に多いようなんですけど、それがろう者との交流に直接役立っているとはいえないと思うんです。実際にろう者と交流して接点を深めていってほしいですね。
 もう一つは、ろう者のもっている文化というか、それは手話に集約されていると思うんですけど、かえってわれわれより、すばらしい感性や表現力をもっている人がいっぱいいるじゃないか、というろう者に対する見方です。見終わったときに、次の一歩につながってほしいと思います。

今回の映画では、俳優以外にもろう者の方がかかわっているのですか。

 監督、カメラマン、照明、美術、衣装など、耳が聞こえなくてもみんなできるんですよ。できないのは、録音部の仕事くらい。ところが今まではろう者の人たちには、それを専門的に学ぶ場がなかった。なぜかというと、映画の世界は、1分いくらの世界なんです。だからコミュニケーションに時間のかかるろう者がそこに入り込む余地もないし、迎え入れる余裕もなかった。でも若者は映画や舞台が好きなんです。だから監督になりたい、スタッフになりたい、役者をやりたいって人がいっぱいいるんですよ。
 彼らは、私たちより視覚的に豊かな感性をもっている人がたくさんいるんです。その人たちがきちんとした技術を習得したら、今までわれわれがやってきたものよりも新しいものが生まれてくるかもしれません。今回、プロデューサーや宣伝部、メイキャップなど、5人ほどろう者に参加してもらいました。これからもできるだけ各パートの責任者にお願いをして、ろう者の人たちに基礎を指導できるチャンスをつくっていこうと思っています。

障害がある人々も、みんな映画を見に行きたいと思っているのですが、建物に階段があったり、映画に字幕がついていなかったりと、参加できない状況があります。監督はこの点についてどう思われますか。

 個人的には、すべての邦画に字幕が付けばいいと思っています。映画館に行けないなら、地域のなかで見ればいいじゃないですか。作品が良質であってしかも障害者の立場に立ったよい映画は、自治体や関係者、業者など地域が一体となって、小人数でも上映会ができるのが理想だと思うんです。
 映画館や大きなホールだけが上映する場ではないですよね。私が以前作った沖縄戦の「GAMA―月桃の花」は、地方ではお寺の本堂でやったりしました。村の村長さんの家でやったり、昔は広場に棒を立てて幕を張ってそこで上映したりしましたね(笑)。

今後も映画作りにますます頑張っていただきたいと思いますが、これから障害分野で手がけてみたいテーマや作品はありますか。

 静岡でいろんな障害をもっている人たちが集まってみんなで芝居をやろうという、そんな活動があるようです。一生懸命練習をしてみんなに見てもらうと、みんな変わると言うんです。今までは漫然と暮らしてきたけれど、積極的になる。それは障害のあるなしにかかわらず、みんな同じだと思うんですけどね。その実践活動に興味があります。
 聴覚障害者のことだけでなく、障害のある人に寄り添った作品作りをしていきたいと思っています。

今日のお話には、いろいろなメッセージが含まれているような気がします。いいお話をありがとうございました。


アイ・ラヴ・ユー

監督/大澤豊、米内山明宏
原作・脚本/岡崎由紀子
キャスト/田中実、忍足亜希子、岡崎愛、ほか

ストーリー

 ろう者の水越朝子は、聴者の夫・隆一と小学生の娘・愛と幸せな生活を送っていた。ある日、朝子のことが原因で愛が学校でいじめられていることがわかった。次第に広がる愛との溝。朝子はそんなわが子との溝を埋めるために、友人に誘われて、学校時代の演劇部の経験を生かし、ろう劇団に入るが…。