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ビヨンド・サイレンス
リディキュール
ビヨンド・サイレンス

庭田恭子

 この映画を見たあとしばらく感動に浸ったものだった。今まで見た映画の中で一番身近に感じたことがその理由であろう。
 聾者の両親をもつ娘が音楽の道を求めた時の父親の態度が、一番印象に残った。父親が幼いころコンサートで起きた出来事は私の幼い頃とだぶって見えた。
 私には聴者の息子が2人いる。異なった文化をもつ親と子の葛藤。見ているうちに、「うんそうよ! うん分かるよ!」と相づちをうちながら思わず手を握ったものだった。そしてクライマックスのラストシーン。父親が嫌っていた音楽を娘が演奏するのを見守るシーンである。娘がバイオリンを弾く指の動き。その指は親子の絆であり、娘が羽ばたく羽に見えたのは私だけではなかっただろう。音楽は聴こえないが、父親には音楽が見えたであろう。聾・聴の境はなく、親子の愛の音が奏でるように、そしてそれによって父親が新しい世界へ一歩踏み出す。異なる文化をもつ親子の葛藤、そして和解。心温まる映画である。

ビヨンド・サイレンス

(1996年、ドイツ)
監督/カロリーヌ・リンク
主演/シルビー・テステュ
   エマニュエル・ラボリ
   タティアーナ・トリープ

ストーリー

 ドイツの田園地帯。主人公のララは耳の不自由な両親に代わり、幼い頃から手話通訳をしていた。クリスマスの日、ララは叔母からプレゼントされたクラリネットに興味を示し、やがて音楽の世界で生きていこうとするのだが…。


リディキュール

 1770年代のフランス革命前を舞台とした映画であり、世界で初めて聾教育を考えたド・レペ神父が登場する。ほんのわずかしか登場しないが、まさか映画で神父の様子が見られるとは思わなかっただけに鳥肌が立った。当時、フランスでは「エスプリ」がはやっていて、それは貴族たちの社交場であった。そこで神父は数人の聾者を連れて、聾者でも手と顔と体を使うことによってコミュニケーションが可能なことを示した。貴族が時計を読めるのかと質問すると、神父は聾者に手話で通訳し、彼は掛時計と自分の時計を見比べて、どちらかが3分遅れていることを自信満々に手話で貴族たちの前で答えた。それを神父が通訳し、彼の答えを教えたのである。それを見た瞬間、手話の美しさ、そして誇り高く、思ったことを手話で表現する彼らの輝いた顔…とても美しかった。

リディキュール

(1996年、フランス)
監督/パトリス・ルコント
主演/シャルル・ベルリング
   シャロン・ロシュフォール
   ファニー・アルダン

ストーリー

 18世紀のフランスを舞台にベルサイユ宮殿で、絶対的な特権に預かるためにエスプリ(機知)を競う貴族たちを描く。リディキュールとは(滑稽)という意味。

(にわたきょうこ 広島ろう者文化倶楽部(HDCC)代表)