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北米における権利擁護とサービスの質に関するシステム 連載6

カリフォルニア州における
知的障害者に対する権利擁護システム(その2)

北野誠一

1 はじめに

 もう3年間アメリカに足を踏み入れていない。データも少々古くなってきた。10年も前であればそろそろデータを仕入れにこの夏休みはアメリカヘというところだが、最近は少し様子が違ってきた。
 こと知的障害者に関しては、カリフォルニア州の場合、州発達障害局(DDS)のホームページ(http://www.dds.ca.gov)と、今回紹介する権利援護・擁護機関(PAI)のホームページ(http://www.pai-ca.org)を開けば、基本的な最新のデータはまず手に入る。後はそこから各カウンティー(郡)や地域センター等のホームページにアクセスしていけば、具体的に写真入りで、援助つき自立生活(supported living)をしている人の生活の様子や、あるいは医療的ケアの必要な重度の障害者が州立大規模入所施設(DC)から小規模(4~15人)のナーシングホーム(ICF-DDN)に移行している様子などがつぶさに分かる(注1)。つまりある程度アメリカという国の知的障害者の歴史と制度を知っていれば、これらのホームページを丹念に追っていけばよいのだから、これからの研究者はずいぶん楽なものだと思えてしまう。かなり下調べをしておいてから、現場で調査ができるのである。
 それでもこと日本のデータとなれば、とてもこのような調子にはいかないのだが。
 さてアメリカの各種の障害者関連のホームページは一斉に、今年の6月連邦最高裁が、障害者に対する不必要な施設入所は「障害をもつアメリカ人法」(ADA)に違反するとの裁定を下したことを報じている(Olmstead v.L.C. affairs)。
 連邦最高裁は、最も統合された環境において本人が利用するプログラムを提供しなければならないとしたADAの施行規則に基づいて、「不必要な施設入所は、家族との関係・社会との関係・労働関係・さらなる教育・豊かな文化的楽しみのような日常生活の諸活動から障害者を切り離してしまうゆえに、それは障害者に対する差別と見なされる」と述べている。
 このような入所施設や州立病院から、知的障害者や精神障害者を可能な限り地域生活へと支援し続けてきたアドボカシー機関が、PAIである。ここではカリフォルニア州のPAIを取り上げるが、この連邦法に基づくアドボカシー機関は各州に存在しており、それについてのデータも存在している(注2)。

2 PAIとは

 PAIは連邦法である「発達障害者支援及び権利法」(PADD)と「精神障害者権利援護・擁護法」(PAIMI)及び「個人の権利援護・擁護法」(PAIR)等に基づいて、主に知的障害者や精神障害者に対するアドボカシーを行うNPOである。
 カリフォルニア州においては、州都サクラメントに本部、ロサンゼルス、オークランドにそれぞれ事務所が置かれている。各事務局にはそれぞれ10人前後の弁護士と、ほぼ同数のスタッフが雇用されている。
 1998年度のアドボカシーサービスは全体で29,364件あり、その主な問題領域は表のとおりである。
 98年度の歳入は、政府補助金及び委託契約714万ドル、寄付2万ドル、弁護料16万ドル等、計743万ドルであり、一方歳出はプログラムサービス料605万ドル、管理料134万ドル、計739万ドル(注3)である。

 

主な問題領域   件数
教育問題 アセスメント、資格要件、本人教育計画(IEP)、最も制約の少ない環境(IRE)、法の適切な手続き等 5,455
施設問題 施設拘留、施設内の法的権利等 2,848
虐待関係 身体的被害、搾取、不適切なあるいは過度の治療や拘束等 2,417
無視問題 医療サービス・施設サービス・地域サービス・介助サービス等の提供の欠如等 2,088
プライバシーと自己決定問題 記録の秘密保持、プライバシー、不妊手術、選挙権の行使等 2,036
所得保障 生活保護の資格要件、在宅支援サービスの資格要件、利用負担等 1,944
各種サービス 地域センター資格要件、本人自立支援計画(IPP)、ライセンス等 1,550

PAI“News Letter 67”(Spring 1999)のAnnual Report p.25より

3 PAIの主な活動

(1) 知的障害者と精神障害者の権利侵害と権利擁護に関する情報の収集と情報提供サービス及び出版サービス

 PAIの出版物は非常に包括的でかつ高いレベルのものである。98年時点における分野別のPAI出版物は以下のとおりである。
●ADA関連 6冊
●セルフ/ピアアドボカシー関連 8冊
●PAI紹介及び概要 16冊
●住宅関係 4冊
●在宅支援サービス(IHSS)関係 6冊
●PAIによる調査報告 10冊
●ランターマン法及び地域センター及び本人自立支援計画(IPP)関係 12冊
●メディケア、メディケイド関係 4冊
●精神保健関係 31冊
●障害児教育関係 24冊
●社会保障・年金手当関係 10冊
●支援テクノロジー関係 15冊
●移動交通問題関係 5冊
●職業リハビリテーション関係 1冊
●移民関係 3冊
 これらのうち主要な文献については英語版のみならず、スペイン語版、中国語版、ベトナム語版、韓国語版、カンボジア語版、及び英語テープ版がある。またビデオの作品も何本かある。これらのテーマを見ればPAIの包括性とその関心分野がおのずと理解できよう。

(2) 障害者への権利侵害事件に対する調査と問題解決に向けた活動

 この活動の中身を知るために最も参考となるのは10冊のPAIによる調査報告書である。そのうちのいくつかを見てみると、
1.州立大規模入所施設(DC)の入所者に対する身体的虐待の防止の失敗についての調査。
2.Agnews州立大規模入所施設の健康・安全管理についての調査。
3.M・Aさんの死亡に関する環境要因の調査。
4.Napa州立病院におけるZ・Jさんに対する無視・拘束及び死亡に関する調査。
5.E・Eさん、K・Sさん、R・Dさんの死亡に関する環境要因の調査(サービスに関する意思疎通や計画や調整の欠如が、危険な移動・苦痛及び死亡に至らしめたことについて)。
等の調査報告があり、これらはそれ自体がPAIの中心的なアドボカシー活動の報告であることが分かる。
 PAIは不自然な死亡、身体的及び性的虐待・無視等の障害者への権利侵害のケースが報告されれば、必要に応じて実態を調査するとともに、その問題点を明らかにし、可能な改善等の問題解決に向けた勧告を行っているわけである。

(3) セルフアドボカシーやピアアドボカシーヘの支援活動

 この分野の活動では、特にカリフォルニア州全体の精神障害者の当事者組織であるカリフォルニア精神保健サービス利用者ネットワークとPAIが連携してつくった、ピア/セルフアドボカシーシステムが有名である。このシステムはPAIの三つの事務局にコーディネーターとトレーナーを置き、各精神病院や施設のセルフヘルプグループ活動を支援するとともに、セルフヘルプグループのないところでは、入所者がセルフヘルプグループを始めることも支援している。さらにピアアドボケイトを養成するトレーニングプログラムを行うとともに、セルフアドボカシーに関する多くのマニュアルを出版している。

4 コッフェルト訴訟とPAI

 コッフェルト訴訟はカリフォルニア州における脱施設化に向けた訴訟のなかでも最も著名な集合代表訴訟(class action)である(注4)。
 州立大規模入所施設(DC)の利用者で、本人の自立支援計画(IPP)が地域の生活の場の必要を示しているが、地域でのサポート不足のためにそれが利用できない人々が、PAIの全面的な支援のもとに、四つの地域センターに対して起こした集合代表訴訟である。
 1994年1月に原告と被告は和解協定書を取り交わした。その主な内容は以下のとおりである。
1.州立大規模入所施設(DC)の利用者に対して、その本人自立支援計画(IPP)に基づいて地域生活支援サービスを整備することによって、5年間に入所者を2,000人減ずること。
2.地域生活支援サービスを展開することで、無用な施設入所を防ぐこと。
3.現在地域生活をしているが、その継続が困難な複雑なニーズをもつ300人に、そのニーズに見合ったサービスを展開すること。
 このコッフェルト訴訟の結果、5年間で2,837人が施設から地域生活支援サービスに移行した。また、300人以上の在宅生活者がそのニーズに合ったサービスを得た。その結果94年7月に5,900人いた施設入所者は、99年4月現在3,900人となっている。その間七つあった施設のうち、二つが廃止された。
 私がこのコッフェルト訴訟を取り上げた意味は、お分かりだと思う。
 連載第1回で私見を述べたように、地域での自立生活を支援するという障害者福祉のゴールを、それぞれの国が現在必死にめざしているのだ。
 日本で入所施設を建てるときや、障害者長期計画に入所施設の数値目標が図られるとき、必ず出てくる論理が待機者の数である。ここには明らかな論理のすり替えと欺瞞がある。コッフェルト訴訟でもあるように、待機者には2種類ある。つまり地域生活をしながら必要なサービスを待つ人と、施設で生活しながら本人自立支援計画(IPP)に基づいて必要な地域サービスを待つ人とである。
 ちなみにアメリカ知的障害をもつ市民連合(ARC)の97年のレポート(注5)を見れば、各州ごとの地域サービスの待機者数だけでなく、州の入所施設から地域生活への待機者数が、施設入所者数と並べて載せてある。地域生活への待機者数が無回答の州もあるが、たとえばマサチューセッツ州では1,550人の施設入所者のうち、770人が地域生活待機者、テネシー州では1,438人のうち、800人が地域生活待機者である。
 このように待機者をとらえれば、日本において入所施設の増設論が全くの欺瞞であることは明白である。
 速やかに、すべての施設入所者と、本当は地域生活を希求している在宅の施設待機者に対して、本人の真の希望に基づく本人自立支援計画を作成し、可能な限りの施設設置費と措置費を注ぎ込んで、地域生活支援サービスを展開するのが本道というものであろう。

(きたのせいいち 桃山学院大学教授)


(注1) ここで取り上げた例はサンフランシスコ市にあるゴールデンゲート地域センターのホームページ(http://www.ggrc.com)からとったものである。
(注2) 連邦保健福祉省(DHHS)の児童家庭局(ACF)内の発達障害局(ADD)のホームページ(http://www.acf.dhhs.gov)に、1998年度の各州の基礎データが存在する。
(注3) PAI“News letter 67”(Spring 1999)のAnnual Report 23頁より。これもPAIのホームページでアクセスできる。
(注4) コッフェルト訴訟についてはPAI“Summary of Settlement Agreement Coffelt,v.DDS”PAI“Coffelt Implementation Update No.6”(October 1996)No.10(September 1998)等を参考にした。資料のほとんどはPAIのホームページでアクセスできるが付属資料の一部は郵送してもらう必要あり。
(注5) ARC“A Status Report to the Nation on People with Mental Retardation Waiting for Community Services”(November 1997)このレポートはARCのホームページ(http://thearc.org)で入手できる。