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シリーズ 働く 48

「ケール」を通過地点として

今井きよみ

はじめに

 山梨県では県の方針として1960年代から、社会福祉関係施設を1か所にまとめた「社会福祉村」の建設を進めてきました。現在ではJR甲府駅から車で40分ほどの所に、県立北病院をはじめとする九つの施設が整備されています。
 今回ご紹介する社会福祉法人蒼渓会「ケール」は、その「社会福祉村」から車で2~3分の所に、1997年4月にオープンした県下初の精神障害者を対象とした通所授産施設です。

院外作業所からグループホーム、そして授産施設へ

 ケールができるきっかけは、20年ほど前、有野氏(現ケール理事長)が県立北病院の職員から精神障害者の院外作業への協力を依頼されたことでした。当時から精密部品の組立工場を経営していた有野氏は、「仕事をしてくれるなら」と考え、受け入れました。しかし、精神障害者と作業を通して接する中で、次第に病院を退院した精神障害者の住む場所の確保が必要と考えるようになりました。そこで、県立北病院家族会と協力し、1993年法定外施設ながら定員16人のグループホームを開設、彼らの住む場所を確保しました。
 グループホームを運営していくうえで心がけた点は、精神障害者を地域の方々に理解してもらおうと考えたことです。そのためにはまず“地域の商店を味方に”と、買い物をする時はたとえジュース1本でも自動販売機で買わずに、地元の商店で買うように入居者に勧めるなど、地道な努力を重ねてきました。
 院外作業(後に小規模作業所に発展)は、「毎月来る・気楽に来られる」ことを主眼に置き、作った製品の検品については工場側で担当する方法をとりました。しかし、民間事業所経営と福祉(院外作業)の両方に同時に携わることになった有野氏は「精神障害者を社会に出そう、障害者にも就労する権利も義務もある」との思いを強め、就労を基本に据えた、社会に出ていくための「通過地点」を新たにつくる必要を感じました。このような経緯で設立されたのが、精神障害者授産施設「ケール」です。前述した地域の方々との日常的な交流のかいもあって、ケールはグループホームのすぐ隣に完成することになりました。

作業の様子

 現在、ケールの登録メンバーは20歳後半から50歳までの22人ですが、体調が悪くなることもあり、1日平均14~16人が作業に取り組んでいます。
 通所方法は、マイカーあり、病院のバスありとさまざまです。バスの便数が少ないため、公共交通機関を利用しにくい障害者にとっては通勤手段の確保も悩みの種です。「通うのに便利な場所であれば、またほかにも施設があれば、もっと多くの障害者がケールを含む各施設を選択のひとつに加えることができる」との思いは、職員にいつもあります。
 作業時間はミーティングも含め、毎日9時15分から15時15分までです。午前と午後に各15分の休憩と1時間の昼休みがあるほか、体調の良い人はもう1時間延長して16時15分まで作業することもできます。また、月に1回程度のスポーツ大会や新年会、盆踊りなどの独自の行事、あるいは地域との交流も兼ねたレクリエーションも行っており、メンバーにとってよい気分転換となっているようです。
 作業内容は、複写機部品のビス締め・ボンド付け・Eリング止め等の組立作業が中心です。納品は障害者に理解のある株式会社ニスカ精工に直接行っていますが、不良品が多量に出ることによって、「おたくはもういらないよ」と言われないよう努力しています。メンバーも納期までに確実に納品することで、適度な緊張感を生み、社会の厳しさも味わいながら取り組んでいます。 
 施設立ち上げ当時、新機種に取り組んでいた頃は不良品が15%にも上っていました。そんな状況では仕事を受けることなど考えられなくなるため、職員、メンバーが一生懸命努力した結果、現在は目標の0.3%をクリアできるようになりました。また、平成10年1月にはニスカ精工認定の技能テストが行われ、多くのメンバーが認定証を受けるなど、技能的にも向上してきました。
 受注先がニスカ精工に偏っている点について、内田施設長も施設として一抹の不安を抱えているようです。しかし、不良品を出さないよう、納期を守れるよう、「今は最大限の努力をするだけ」と前向きに考えています。
 それぞれのメンバーについてケールとして重要視していることは、体調を自己管理できることです。服薬しないことで一時的に仕事の能率はアップするかもしれませんが、体調を崩す頻度が高くなることをメンバーにいかに分かってもらうか、職員が腐心している問題です。メンバーの通院する病院もさまざまですが、作業の様子、朝のミーティングなどを通して、各自の体調を、施設長をはじめとする指導員がなるべく把握するように努め、また体調悪化の際は、各病院や保健所とも連携を取り合っています。
 ケールが開設されてから2年半の間に、2人の仲間が巣立っていきました。1人は就職して1年以上になります。先日行われた関係機関の集まりで、当事者の声として、本人自らが体験談を発表することができ、「真実味がある」と大きな反響を呼びました。

今後について

 精神障害者の問題は、病気そのものを理解するのと同時に、将来への見通しを立てることも重要です。病院への長期入院も、施設への長期入所も、本人にとって居心地がよくなってしまうと、その状態から抜け出すのを嫌がってしまう場合があります。「親がある程度若く、経済力もあるうちに『何をしていくか、今後どうするか』を、本人はもちろん家族にも、考えてもらうことが大事だ」と有野理事長も考えています。
 病気になって自分(子ども)の状態を理解すると、本人、家族とも最初は非常に落ち込み、どん底状態になります。その時に、今後のことを前向きに考えることのできる家族(親)はほんの一握りです。寛解状態になっても「再度悪化したらどうしようか」という不安は、常につきまといます。そんな時にいつも「(失敗しても)後があるんだよ」と安心感を与えられるような地域でのシステムづくりが必要だと語る理事長の言葉に、私も強く同感しました。
 蒼渓会としては将来的に、もっと発展した形での展開も考えていますが、何よりも精神障害者に対する数多くの方々の理解を得ることが必要だと考えています。
 現在の医療行政圏の制約、規制緩和の問題、新たに始まる介護保険での障害者の位置付け等、障害者を取り巻く状況は大きく変化しています。しかしながら事業所、地域、医療、福祉等の関係機関が連携し、障害者自身がより満足し、安心できる生活が可能となるようサポートしていく必要があります。特に、職業面でのサポートの役割を果たすべく、当センターとしてもできる限りの協力をしていかねばならないと感じ、ケールを後にしました。

(いまいきよみ 山梨障害者職業センター)