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北米における権利擁護とサービスの質に関するシステム 連載11

カナダ・ブリティッシュコロンビア州における
成年後見制度と障害者の権利擁護

北野誠一

1 はじめに

 1996年から97年にかけてカナダのブリティッシュコロンビア州に滞在した時、私は数多くの障害者福祉と障害者運動の関係者にインタビューしたのだが、今でも胸のときめきを思い出す印象深かった3人の女性たちがいる。それは彼女たちが簡単にはアポイントをとれない超多忙な大物だったからだけではなく、それぞれにとても見識の高いすばらしい女性だったからである。
 私がブリティッシュコロンビア州の福祉関係者と会ってまず驚いたのは、行政の部局やサービス施設の長に女性が多かったことである。女性が多い職場だからその長も女性が多いのは当然なのだが、日本ではみられない新鮮さであった。その極めつけが、知的障害者へのサービスの質に関する権利擁護センター(Office of Advocate for Service Quality)の代表アドボケイトのPat Vickersとオンブズマンオフィス(Office of the Ombudsman)のオンブズマン長官のMarisol Sepulvedaそして当時の公後見人システム(the Public Trustee of BC[現在はPublic Guardian and Trustee of BC])の公後見人長官のDot Ewenである。Patは州の社会福祉省から任命された数人のスタッフの長であり、後二者は州議会によって任命されたそれぞれ100人以上のスタッフをもつ大臣級の長官である。彼女たちが忙しい合間をぬって快くインタビューに応じてくれたのは、彼女たちの日本の権利擁護システムへの関心の表れでもあったように思われる。
 そこで今回は、本誌の特集が後見支援システムということでもあるので、カナダ・ブリティッシュコロンビア州の障害者に対する後見支援システムについて、公後見人制度をも含めて考察してみたいと思う。
 実はDotに会えることになった時に何人かのブリティッシュコロンビア州の障害者運動のメンバーから、その当時まだ施行されていなかった代理契約協定法(The Representation Agreement Act)と成年後見法(The Adult Guardianship Act)改正について、Dotの見解を聞いてきてほしいと頼まれたことを思い出す。これらの法は、公後見人制度の法改正と深く連動しており、Dotは大きな影響力をもっていたからである。
 またこれらの一連の法作成の動きは、前回検討した地域介助システムのCSIL Phase1の複数後見支援型モデルとも関係している。ブリティッシュコロンビア州の非営利法人(NPO)に関する法を使って、重度障害者の家族や友人や支援者たちが5人以上集まってその本人のためだけの利用者サポートグループ(CSG)をつくり、そこが本人に代わってサービスをコーディネートする仕組みが、1994年につくられたことは前回述べたとおりである。ブリティッシュコロンビア州の知的障害者や重症心身障害者の親の会や支援団体は、専門家による法定後見システムではなく、家族や友人や仲間の市民による後見システムを要求しているわけだ。
 そこでまずは、2000年2月28日より施行されることとなったブリティッシュコロンビア州の代理契約協定法と成年後見法、公後見法をみておきたいと思う。

2 ブリティッシュコロンビア州の代理契約協定法と成年後見法

 ブリティッシュコロンビア州の代理契約協定法はブリティッシュコロンビア州持続的代理権(enduring power of attorney)法が三つの点で改定されたものだと言える(注1)。
1.ブリティッシュコロンビア州の持続的代理権が金銭後見だけであったのに対して、生活介助後見をも含めたこと。
2.日常的な金銭後見や介助後見等は弁護士等の関与がなくても代理契約協定が結べること。
3.後見監督人(monitor)を使ったチェックがしやすいこと。
 もちろん、代理契約協定が持続的代理権の一種だとすれば、本人が契約する能力を有していることが前提となる。このことについてはかなりの議論がなされているようだが基本的に本人の自己決定の可能性を大前提として、支援のしくみを考えていこうとしているように思われる。要は本人がだれにどれだけのことをどのような状況になった場合に一緒に決めてほしいのか、またそのことをだれにチェックしてほしいのかを協定書として示すのが代理契約協定なのである。
 そのことによって本人が自分でできることやしたいことは、自己決定・自己選択が可能となる。
 次に成年後見法の改正であるが、それは公後見人法の改正と相まって、公後見人制度と地域のさまざまな権利擁護団体が、虐待や無視から市民を守る地域支援ネットワーク(Community Response Networks)(注2)を創設することをうたっている。
 ここで少し、日本にはない公後見人制度(Public Guardian and Trustee)(注3)についてみておきたいと思う。
 現在、社会福祉基礎構造改革で問題となっているのは、利用契約において、自分でサービスを申請したり契約することが困難で、かつ家族等の支援者のいない人の福祉サービスの利用をどうするかである。
 今回の成年後見法において、福祉事務所長の職権による後見支援の申請が認められることとなったゆえに、それを活用する方法がある。また身体障害者福祉法や知的障害者福祉法に措置規定が残されたので、措置権を行使する道も残されている。
 しかし公後見人制度を設けることによって、家族等支援者がいない人の金銭後見や生活介助後見を公立の後見支援機関が行う方法も検討されるべきである。さらに公後見人制度がブリティッシュコロンビア州のように各種の成年後見制度の苦情申立てを受理したり、問題のある成年後見人を監視するチェック機能を果たせば、公的責任の一端は確保できよう。さらに公立の後見支援機関は破産の心配がなく、利用者の資産や相続人不明者の資産を資産活用することも可能となる。

3 自立生活支援と後見支援の全体像

 表1はブリティッシュコロンビア州後見支援の全体像を整理したものである。

表1 後見支援の全体像

(旧来のBC州の後見支援) (新しいBC州の後見支援)
1.本人の生命と財産の最大限の保護
2.全面後見
3.司法専門職によるフォーマルな後見
4.時間もお金もかかるシステム
5.金銭管理中心の後見
6.単一の後見支援の枠組み
1.本人の自己決定・自己選択の最大限の支援と尊重
2.部分後見
3.家族・友人・支援者等のインフォーマルな後見
4.簡便で安価なシステム
5.生活介助後見を含む後見支援
6.さまざまな後見支援の仕組みからの選択


 実際に諸外国の成年後見に関する法の変化をみれば、成年後見のあり方が、本人の保護から本人の自己決定・自己選択の支援・尊重へと変わってきていることがわかる。日本の法の改正においても、禁治産・準禁治産の重苦しい全面保護・全面後見のイメージから、後見人・保佐人・補助人の三類型による部分後見と本人同意の導入には、評価すべき点も多い。
 また日本の地域福祉権利擁護事業をブリティッシュコロンビア州の代理契約協定法と同様のしくみとして活用することも大いに考えられる。
 法務省の中には、地域福祉権利擁護事業は本人の契約能力の担保に問題があり、成年後見の三類型で十分だとの見解もあるように聞く。大阪後見支援センターで私たちが取り組んでいる地域福祉権利擁護事業は、持続的代理権としての特約制度も設けられており、ブリティッシュコロンビア州の代理契約協定と非常に似通っている。さらにブリティッシュコロンビア州同様に、本人の契約能力の理解を大幅に広げている。つまり、何らかの理由で地域福祉権利擁護事業のサービスを必要としており、かつ少しでも本人にサービスの必要性が理解できていれば、本人の自己決定・自己選択に基づいて、サービス契約がなされるわけだ。その際、本人のサービス利用についての支援計画が本人の自己決定・自己選択に最大限基づいてつくられることが大切であり、支援計画に基づいて生活支援員の支援はなされなければならない。
 ブリティッシュコロンビア州においても、後見支援をする者が代理決定をする際に基準となる順番が決められている。
1.まず本人の言語や非言語による自己決定・自己選択に基づく。 
2.次に本人の意見を示す何らかの文章表現や記録等に基づく。
3.次に本人のそのことに関するこれまでの信念や価値観に基づく。
4.最後に1、2、3ともに全くない場合は、後見支援をする者が判断する本人の最大の利益(best interest)に基づく。
当たり前のことであるが、心すべきことである。
 これらのことは、結局は後見支援の基本をどこに置くかである。一方にその基本を「すべての成人は、どんなに重い障害を有していても、本人の自己決定・自己選択が何らかの形で可能であり、かつそれを行っているのであり、そのことを最大限理解・共感し、支援・尊重すること」に置く考え方がある。つまり、無限にゼロの部分後見を前提として、本人の支援の必要に応じて部分後見のウエイトを増やしていく考え方である。
 もう一方は、その基本を「第三者が介入することによって、本人を権利侵害からできる限り遠ざけ、本人の生命と財産権を保護すること」に置く考え方である。そのことを最大限やりきるには、全面後見を前提として、その危険性からの保護の度合いを緩めることによって、本人に一部自己決定・自己選択を認めていくという方法がとられる。


4 残された問題

 ブリティッシュコロンビア州の家族を中心とする支援者団体のめざすものは、地域介助システムにおける利用者サポートグループ(CSG)といい、代理契約協定といい、なかなかに刺激的である。この運動の中心メンバーの1人が人生設計権利擁護ネットワーク(Planned Lifetime Advocacy Network:通称PLAN)(注4)のAl Etmanskiである。彼は障害児の父親であり、彼や彼の仲間である家族たちは尊敬に値する人たちである。しかし彼らがあまりに家族による代理契約協定に信を置きすぎるので、私はあえて家族の思いと本人の思いの相違を強調して議論せざるを得なくなったことがある。彼が言うには、「では家族以外に本当にその障害者のことを真剣に考えている者が日本にどれほどいるのか。複数の人間が後見支援者であるべきだというのは理想ではあるが、その可能性はどれほどのものなのか」ということだった。そう言いながらもEtmanskiたちは着々と一人ひとりの障害者の人生設計を支援し、仲間づくりに精を出していた。
 日本の現実は確かに厳しいが、私たちもまた本人の選択肢を広げるために、複数の後見支援者を見据えた本人の「支援の輪」(circle of support)の広がりをこそめざしていきたいと思う。

(きたのせいいち 桃山学院大学)


注1 フリティッシュコロンビア州の代理契約協定法(The Representation Agreement Act)及び成年後見法(The Adult Guardianship Act)については、その最新情報がインターネット(http://www.trustee.bc.ca)で入手できる。代理契約協定法が2000年2月に実施されるまでには、10年及ぶ障害当事者団体と市民アドボケイト団体による活動かあった。その中心を担ったのが、成年後見法の施行をめざす地域連合(Community Coalition for the Implementation of Adult Guardianship Legislation)であった。地域連合から多数の資料を入手したが、特に“The Guide Book-Helping others to prepare Representation Agreements”は実用的で分かりやすい資料である。
注2 地域支援ネットワーク(Community Reponse Networks)は障害者等への虐待や無視を予防するとともに、その問題解決に向けた行政と市民と当事者の権利擁護団体のネットワークであり、North OkanaganのCRNがモデルとなっている。詳しい情報は http://www.spcno.bc.ca で入手できる。
注3 公後見人制度(Public Guardian and Trustee)については、当時の公後見人長官Dot Ewenからさまざまな資料をいただいた。1995~96の年次報告書(Year in Review)もそのひとつであるが、実に美しく分かりやすい報告書である。Dotが日本の障害者運動と後見支援システムについて示した強い関心と高い見識は忘れがたい。
注4 Al Etmanskiたちの人生設計権利擁護ネットワーク(PLAN)について、分かりやすく解説した本にAl Etmanski,Jack Collin,Vickie Cammack“Safe and Secure;Six Steps to Creating A Personal Future Plan”(PLAN 1996)がある。
 PLANの会報には毎回、仲間の障害者たちの人生設計計画が取り上げられており、カナダでの「支援の輪」(circle of Support)づくりの実態が分かる。