音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

難聴者と介護保険

大上清・山口武彦

 難聴という障害は大変分かりにくい障害であって、それ故に社会的な理解の不足やアセスメント(影響評価)の不十分さが介護保険の認定から受給の全体系にわたっても影響している。
 ひとの聴力は30歳から衰えはじめ、50歳位でテレビが聞きとりにくくなる人が増え、70歳では約半分の人に何らかの難聴があると言われている。
 平成11年の総理府人口統計推計によると、65歳以上の人口は2118万人(人口の14.6%)であり、仮にその30%が40デシベルの難聴であると考えるならば、難聴者は660万人になる。介護保険サービス受給者の3分の1が何らかの難聴であると考えるなら、介護保険で難聴者への理解が不足していることは、ゆゆしき問題と言わなければならない。
 介護保険の訪問調査では日常生活動作に重点が置かれており、痴呆老人などの介護実態が反映しにくいと言われているが、聴覚障害者についても同様に、聞こえにくいことに伴う生活上の困難さが全く評価されていない。「1人で薬が飲めますか」の設問では、体がマヒしていて飲めない場合と同じように、情報が入らないために、飲み方が分からず1人で放っておけないというケースも、同じく飲めないケースなのだが処遇面では見捨てられている。
 訪問調査項目で、聴力が「普通」「普通の声がやっと聞き取れる」「かなり大きな声なら何とか聞き取れる」などの設問についても、聞こえ方には調査者によってかなりの開きがあり、簡単に回答の出る設問項目ではない。周りの静けさ、設問の内容、調査者の話し方や声などによって聞こえたり聞こえなかったりするわけで、認定審査会の委員やケアプラン作成者にも、補聴器や聴覚障害者についての知識が相当なければ正確な認定や介護はできない。
 介護保険関係者の研修カリキュラムに聴覚障害者の特性などを含めなければならないし、同じく施設の職員やホームヘルパーにも知識が必要であるが、現状は不十分である。静かな環境でゆっくりと話しかけること、補聴器は耳元で話さないと効果が落ちること、高齢施設には磁気ループや字幕テレビ受信機が必要などの知識をどれだけの人がもっているだろうかという気がする。
 訪問調査の時に要約筆記や手話を付けて難聴者の被保険者に内容が伝わるように、聞こえの保障を私たちは求めてきた。多くの市町村では手話通訳の予算措置は取られたが、要約筆記については、一般の派遣制度でというところが多いと聞く。要約筆記の派遣予算は各地とも不足しており、多くの難聴対象者がいると予想される訪問調査に対して、とても付けられる余裕はない。
 補聴器が介護保険で福祉機器として給付されるとの情報が、一時広められた。高齢者向けの操作のしやすい補聴器が開発されたりして、私たちは期待をしていたが、結局、介護保険の対象にはならなかったと聞いている。
 足の不自由な人に車いすが必要なのと同じく、聞こえにくい人には補聴器が準備されなければいけない。聞こえないということと、日常身体的な生活動作ができないということとの評価の仕方が不公平であると言わざるを得ない。
 サービスの受給においても問題がある。住み慣れたところで、住み慣れた人間関係の中で生活していきたいという要望はだれでも同じだが、環境が変わることへの不安は聴覚障害により倍増される。見知らぬ人の中で聴覚障害者として住みたくないし、会話のできないホームヘルパーに来てもらいたくないという気持ちをもちがちである。この結果、介護保険を利用しようという気持ちが損なわれる傾向がある。保険あって介護なしという状況が、聴覚障害によって加速されるのではないか。この点から考えると、同障のヘルパーや介護者のいる施設が望まれるが、各府県で開かれているヘルパー養成講座には要約筆記や手話通訳が付けられていないために難聴者は受講できず、同障のヘルパーが育たないという問題も生じている。
 健康保険料は公平に負担しながら、病院で聞こえの保障がないために受診が制約されているのと同じ不公平が、介護保険でも予想される。
 また、難聴者には障害を隠そうとする気持ちが働くために、調査の時に誤った返事をしてしまう可能性があり、結果として誤った認定になる可能性もある。聞こえないということは生活の質を大幅に低下させるだけでなく、リハビリなどに対する取り組み意欲を損なうことも多い。特養老人ホームでも他の入所者やヘルパーなどと楽しく語り合えないことは大きな苦痛になっていると思われる。しかし、高齢施設で聞こえない人への配慮はほとんど取られていない。テレビの前でほとんど寝ている入所者をよく見かけるが、これらのうちの何人かは耳が聞こえにくい人だと思う。介護保険の対象者に難聴者が多いことを重く受け止めなければならない。

(おおうえきよし、やまぐちたけひこ 全日本難聴者・中途失聴者団体連合会)