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療護施設の立場から

伊藤勇一

 社会福祉基礎構造改革の中心課題は障害者福祉であろう。この障害者福祉法の改正の中でもとりわけ大きな改革は、福祉サービスの利用制度化である。今まで「措置制度」という一方的な福祉サービスの提供から、利用者がサービスを選ぶ「契約制度」への大転換である。これによって利用者は自分の希望するサービスを選択することができ、事業者と対等な関係に立つことができる。さらに利用者保護のための制度として、苦情解決の仕組みや第三者評価の導入が決定している中、今後これらについて療護施設では、どのようにとらえていくべきか真剣に考えなくてはならない。
 いま、療護施設の抱えている問題の一つに、利用者の重度化・重複化そして高齢化がある。さらに最近の傾向として中途障害者や難病者が増え、その数は、今では脳性マヒの利用者の数を上回り、逆転していることも見逃せない。脳性マヒは早期発見・早期治療そして早期の社会参加により、比較的障害が固定している場合が多いのに対して、中途障害者や難病者の中には障害の変化が激しく、時として個別処遇計画が追いつかない場合もある(筋萎縮性側索硬化症:ALS疾患者の人工呼吸器装着間際の処遇等)。これらのことを考えると、再判定の時期も考慮しなくてはならないことを、付け加えておかなければならない。
 このような施設利用者の状況で、果たしてどれだけの人が自己決定の尊重による契約ができるか疑問が残る。ちなみにユーカリの里では、入所者五〇人の中で自己決定のできる人は七人程度であり、その中でも契約内容の理解ともなるとさらにわずかとなってしまう。現実的には保護者や家族が入っての契約になるだろうが、単に利用者が自己決定できないという理由で、事業者と保護者(家族)という二者間だけの契約でよいものだろうか。これでは、いま世間で問題になっている、不正にも似た生命保険の契約に似てはいないだろうか。被保険者は蚊帳の外でまったく何も知らない間に、生保会社と契約者の間で話が取り決められている。ここに事件になる温床がある。
 「契約制度」ではこのような事件性ははらんではいないが、トラブルが起きることは十分考えられる。このような契約の方法で、不測の事態が起きた時に十分な対応ができるだろうか。またそうした時に、社会の厳しい批判をかわせるだろうか。私たちが物を買う場合の契約を考えてみると、必ず契約の対象となるものを確認し、承知をしたうえで契約書に署名なり捺印するのが一般的であろう。また場合によっては保証人を立てることもある。こうした社会通念で考えると、1.契約時の重要事項の説明程度ではなく、もっと具体的に提供するサービスの一つひとつ(商品)を明示して、理解と納得のうえで契約を行う必要がある。2.契約に当たっては、できるだけ公的な第三者を入れての契約が望ましい。3.契約したサービス内容で利用者は本当に満足しているのだろうか。場合によっては苦痛と思っているかもしれないし、あるいはそれ以上を望んでいるかもしれない。自己決定のできない利用者に対して、施設では常に注意深く観察をして、より良いサービスの提供に努めなくてはならない義務がある。
 文字通りこのような契約は、金も時間も労力もかかることは承知だが、事業者にとっても利用者にとっても、また家族にとっても一番の安全策ではないだろうか。「措置制度」下で、事業者も利用者も守られていた時代とは違うことを心して認識しなければならない。もう一つ考えなくてはならないことは、意識の変化である。今までとは違って利用者の権利意識が強くなり、当然、要求等も多くなることが予想される。たとえば十分な情報開示がなされていないとか、契約内容と提供されたサービスに違いがあるとか、または管理上のミスによる事故であるとか、あるいは処遇上のトラブルや事故なども考えられる。これからはこうした問題は、苦情解決のシステムなどを越えて一気に訴訟ということになるだろう。このようなことはすでに老人施設で数多く起きている現状である。「契約制度」の時代はまさに、利用者本意のサービスの提供とリスクマネージメントが表裏一体の時代でもある。
 最後に成年後見制度について、療護施設の利用者の中には、単なる肢体不自由だけでなく知的障害や精神障害との重複障害者がいる。
このような障害者が、現在の成年後見制度を利用するうえで、不十分なところがあり、利用に難しさがあることは、誠にもって残念なことである。介護保険制度の発足に合わせた成年後見制度の成立であったことは理解しているが、早い時期に、すべての障害者が制度利用できる内容のものに改善してもらいたい。

(いとうゆういち ユーカリの里施設長)