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基礎構造改革をどう評価するか

大島正彦

社会福祉基礎構造改革の本質

 社会福祉基礎構造改革(以下、基礎構造改革)は、社会福祉サービスの単なる改良や充実ではなく、その名の示す通りサービスを提供する構造、その基礎部分を改革するところにある。すなわち、「措置制度を契約による利用制度に変える」という社会福祉サービスの供給方法を変えるものであり、基礎構造改革の本質はその一点に尽きる。基礎構造改革では改革の方向としてさまざまな提言がなされているが、社会福祉の基礎構造に触れるものはほかに見あたらない。そして、社会福祉の構造の基礎部分を変える理由は、政府の財政を縮小する、という一連の「財政改革」を社会福祉の分野でも実行するということにほかならない。
 そもそも、措置制度は憲法(第一〇条ー四〇条、特に二五条)で保障された国民の権利を実現するために、社会保障の原則、あるいは憲法八九条(社会保障は国=社会の責任で行い、これを民間に転嫁してはならない)の趣旨に基づいて制度化したものであり、措置制度は国民の権利やサービスの質、量を保障するものではない、という基礎構造改革の説明はまったく的外れである。その原因は別に求められるべきである。このことは、社会保障費の増額や給付権の承認が戦後一貫して求められ、争われてきた経過をみれば明らかであろう。

評価の難しさ

 しかし、基礎構造改革では基礎構造の変更にはあたらない「改良」が付随して示されていて、これらが基礎構造改革の評価を難しくしている。これらの「改良」点をよく見てみると二つの性格に分類できる。一つは、措置制度の廃止(公的責任の後退)に伴って必然的に生ずると思われる問題の解決策と、もう一つはこれまでも解決が求められていた問題の対策案である。言い換えれば、基礎構造改革は「措置制度廃止=行政責任の後退」によって生ずることが予想される問題を解決するための方策と、国民の社会福祉制度の改善・向上要求に応える部分とが混在しているために、この改革の評価を難しくしている。
 もう一つの基礎構造改革の特徴は、現在の社会福祉の問題点についてはよく捉えられているが、なぜそうなったのかという原因の分析が十分でないために、対策が問題解決に結びつかない、という点である。
 例を挙げると、社会福祉サービスの量を増やすことはこれまで常に運動の中心課題の一つであった。障害者の無認可通所施設の増加はまさにこの矛盾の産物である。基礎構造改革ではこのようなサービス量の不足の原因をニーズの普遍化に求め、多様な運営主体の参入を解決策としている。確かに障害者の通所施設のニーズは増大してきた。しかしそのニーズは基礎構造改革でいう、一部の困窮者を対象としたサービスから多様化、全国民化、生活安定等で表現されるニーズの普遍化へと変化してきたという状態とはほど遠い深刻なニーズである。そして、そのサービスを提供する主体は多様な運営主体を認めないと参入者がいないのではなく、運営に参加したいと思い、またその能力のある主体がたくさん存在したにもかかわらず、財政の制約のもとで認可されてこなかったからである。
 このような問題点は他にも数多く見られる。権利性のない措置制度から権利を保障する利用制度へ、サービスの質を向上させるために競争原理の導入を、競争原理はすなわち市場原理である、等々問題の所在(というより話題)は的確に示しながらも、原因や対策については疑問を呈さざるを得ない箇所が多い。このような表現を見ると、基礎構造改革をぜひ実現させるという並々ならぬ決意とそのために考え出された表現の技巧が逆に伺える。

どう評価していくか

 基礎構造改革にはすでに述べたが、これまでに改革が求められていた課題に関する提言も述べられている。権利擁護制度の確立や、サービスの質を向上させるために市場原理の導入だけに任せるのではなく、質の評価基準の設定や情報開示、人材養成等を進めること、地域福祉の総合的計画化についての制度の確立などである。
 しかし、このような積極面が見られるからといって、冒頭で述べた基礎構造改革の本質を見失ってはならない。積極的な政策も、基本は社会的費用がどれだけ投入されるかによってどれだけ実施されるかが決まるのである。見方によれば、基礎構造改革によって変わるのは費用負担のあり方で、これまで抱えていた問題の解決はこれまで通りの方法で粘り強く運動していくしかない。無認可施設の問題も重度障害者対策も具体的な施策にどれだけ補助金がつくか、という問題のあり方はそのまま続くであろう。

運動の方向

 基礎構造改革の先取りである介護保険が実施されて半年が経ち、明らかになったのは費用負担の増大と本当にサービスが必要な人に対するサービスの低下である。さらに、利用者だけでなく、サービスを提供する運営主体は経営の不安定化、専門職は専門技術の変質(多くは職業意識をそぐような労働の変質)や身分の不安定化も進んでいる。もし障害者福祉に介護保険と同様の制度が適用されれば、利用者とサービス提供者との双方に同様の問題が起きるのではないかと心配される。こう考えたとき私が思い出したのは、かつて患者や他の医療スタッフの支持を得て行われた看護婦の病院ストである。ストライキが適当な方法かは別として、利用者とサービス提供者が今よりももっと手を結び、問題を共有していくことが改めて求められているのである。
 基礎構造改革が実施されてどのような問題が進行するかは今の時点で詳しく論ずるのは難しいが、運動のターゲットがこれまでの厚生省の政策(予算)に一喜一憂する状態から、地方自治体や事業者のきめ細かな施策・事業のあり方と、たとえば保険制度の導入など中央の施策のあり方に二分化していくのではないかと思われる。
 すなわち、基礎構造改革は地方の施策が進むと同時に、社会福祉サービスの費用投入の総額を中央統制できる仕組み(たとえば介護保険)を作ると思われ、それは今後の運動の大きなターゲットとなるであろう。

(おおしままさひこ 西九州大学教授)

(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
2000年10月号(第20巻 通巻231号)