音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

障害の経済学 第10回

「工賃」の源泉と障害者の実相

京極高宣

 すでに紹介したように、障害者が働く授産施設では、障害別にみても、また同一種類内において「工賃」の格差にあまりにも著しいものがありました。それは、施設長や指導員の努力はもちろん、入所者の障害の程度などによっていることは間違いありません。特に近年の授産施設では、障害の重度化、複合化によって、生産性が極めて低くなっているという指摘もあります。
 しかし、それにしても格差の著しさは、重度障害故にということで説明のつかないこと、いわば構造的要因が潜んでいるように思われます。
 ここでたとえば、議論を単純化して、二人からなる三つのタイプの授産施設があると仮定しましょう。実際には、この二人が二〇人であってもいいし、もっと複雑に労働生産性の差異が細かく異なっているのが実際であるとしても、次のような議論が可能でしょう。
 すなわち、ケース1は、指導員等の関与を勘案すれば重度障害者のaとbのみで事業が営まれており、生産性が低いため、各々月額二万円しか、付加価値を生まないものです。「工賃」の分配においても、ほかの条件を一定とすれば、合計で四万円の付加価値しか生みません。この場合には、aとbの二人で平等にそれを分配してみると、工賃は各々二万円となります。
 またケース2では、重度障害aと中程度障害bが混在している場合であり、aはケースⅠと同様に月額二万円の付加価値を、bは月額一〇万円の付加価値と、合計で月額十二万円の純生産を生み出します。とすれば、平等にaとbにそれを分配すれば、「工賃」は各々六万円ずつとなります。もちろん、現場においては、実際の働きに応じて多少の傾斜配分を考慮していることも考えられますが、話を単純化するために、右のように仮定してみた次第です。
 さらにケース3では、重度障害者がいないで、二人の従事者(aとb)ともに、生産性が高く、各々月額一〇万円ずつの付加価値を生み出すとします。すると、合計月額二〇万円の純生産を生んだことになるので、平等に「工賃」を配分すれば、各々月額一〇万円となります。
 以上の三つのケースを総括してみますと、ケース1で月額二万円、ケース2で月額六万円、ケース3で月額一〇万円と、最大最小の差が五倍という驚くべき工賃格差となっています。これは極めて単純化したモデルですが、ここで注意を促したいことは、これが現実の授産施設の実態をそれなりに反映したものとなっているという点です。
 とすれば、こうした格差は必然的なもので、授産施設にとっては利用する障害程度によって偶発的に工賃の平均水準が決まると言ってよいのでしょうか。私はそうではなく、次のような構造的な問題が見受けられるのではないかと思っています。
 勘ぐった見方で言えば、特にケースⅢでは、本来であれば授産施設から退所し、福祉工場かあるいは一般就労へ進んでいく可能性のある障害者をあえて経営上の理由から引き留めていることがないでしょうか。確かに、生産性の高い障害者が施設を退所して外へ出て行くことは、本人にとっては社会参加上でプラスであっても、当該施設では稼ぎ頭がいなくなることで、明らかにマイナスなので、実際にはいきおい二人を引き留めることにならないかという問題について考えてみる必要がないでしょうか。
 そもそも、授産施設は仮に多くの障害者の入所が長期に及ぶ場合にも、通過的施設としての本来の機能を持っている限り、そうあってはならず、むしろ積極的に退所してもらうのが筋ではないでしょうか。私たちは見かけ上の「工賃」の高さに目を奪われて、現状の授産施設を評価してはならないと思われます。
 またケース2は、これが最も一般的であると思われます。しかし、そうであっても生産性の高いbを、いつまでも授産施設に留めておくことは、「工賃」の水準を維持するために必要であっても、障害者の自立生活の支援にとってはどうか、逆にaが授産になじむのか疑問です。
 さらにケース1においては、かなり長期間、そうした低生産性の状態が続くとすれば、授産施設という現状の形態を変更し、更生施設に転換することも考えられます。むしろケース1の場合は、授産施設としては少なくとも、近い将来にケース2に移行する努力は、入所者bに対する個別指導を含めて、重要なのではないでしょうか。
 誤解のないように申し添えますが、平均工賃の高い優れた授産施設を非難しているわけではありません。むしろ私は、個々の授産施設が日常的に障害者のために、並々ならぬ努力を費されていることに深い敬意を払う者であります。しかし、一部のセルプ協役員が述べているような継続的就労施設に授産施設を正式に位置付ければ、先に見た構造的格差がかえって定着する惧れがあるのです。いずれにしても、「工賃」の水準だけで授産施設の優劣を軽々にうんぬんできないことは確かです。

(きょうごくたかのぶ 日本社会事業大学学長)


図 授産施設における「工賃」格差のモデル的比較

  ケース1 ケース2 ケース3
付加価値 工賃 付加価値 工賃 付加価値 工賃
障害者
(a)
10 10
障害者
(b)
10 10 10

(平均2)
12 12
(平均6)
20 20
(平均10)