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アメリカ
エド・ロバーツ・キャンバスの意味するもの
1 概要

川内美彦

 自立生活運動を生み、世界中の障害をもつ人の当事者運動に影響を与えてきたカリフォルニア州バークレー周辺で、いま大きな変化が起ころうとしている。
 エド・ロバーツ・キャンパス(ERC)と呼ばれるこの計画は、単に物理的な変化だけではなく、これからの自立生活運動の方向性にも少なからぬ影響を与える予感がする。

 ERCはここに来て急浮上したものではない。
 自立生活運動の父とも呼ばれるエド・ロバーツが一九九五年に急逝した直後から、バークレー市は何らかの記念事業を行いたいと考え、当事者団体に働きかけを行ってきた。当初は銅像を建てるとか、エド・ロバーツ通りをつくるといった案もあったようだが、多くの関係団体の事務所が交通事情の悪い場所にあり、しかも劣悪な建物に入居しているという現実を何とかしたいという声が強まり、ERCという建物を建ててそこにみんなで入居しようというアイデアが出てきた。そして改めて参加団体を募ったところ、九団体が入居を決定した。
 場所はサンフランシスコ湾岸地域をつないでいるBART(パート:湾岸高速鉄道)のバークレー駅からひと駅サンフランシスコ側に寄ったアシュビー駅のそばで、バークレー中心部からは二、三キロメートルしか離れていない。土地はBARTとバークレー市が共同所有していたものを使い、この事業のために設立されたERCという非営利団体が建物を所有、各団体は賃料を払って入居するという形になる。
 注目すべきは自立生活運動を引っ張ってきたビッグ3とも言えるバークレー自立生活センター(CIL)、障害をもつ人の権利と教育擁護基金(DREDF)、世界障害問題研究所(WID)がすべて入居するという点で、他の六団体もそれぞれの分野で先駆的、中心的役割を果たしているものばかりである(注1)。
 現在、すでに三千万ドルという巨額な目標に向かって建設資金集めが始まっており、順調にいけば三年後の入居をめざすという。

2 いくつかの疑問

 ただこの計画にはいくつかの疑問がある。
 そもそも自立生活運動の大きな目標は平等な社会参加の実現であり、脱施設の姿勢は鮮明だったはずである。ERCという巨大な箱をつくり、そこに障害をもつ人にかかわる団体だけが集まることが、私には形を変えた施設化と見えなくもない。それにこれらの団体はほとんどが自立生活センター(CIL)に起源を持ち、それぞれが何らかの理由でCILから独立したという経緯を持っている。それが今なぜ一か所に集まる必要があるのか、その積極的な理由は何なのか(注2)。

 この質問に対しては、以下のような説明がなされている。
 まず立地の利点として、これまでよりも公共交通に極めて近くなり、移動に障害をもつ人も利用しやすくなる。さらに相互の団体が隣り合うことにより、これまで以上に連携が強まるという。外部から訪問してくる人たちに対しても、ここ一か所に来ればさまざまな活動を学ぶことができ、効率的だし、研修などにも便利だとも言う。それはどれも事実だろう。しかし、これまでの社会改革をめざした運動の発想からすれば、自分たちの周辺が使いにくければ、使いやすくしようと活動するという選択もあるのではないだろうか。これまで各地域に点在し、それぞれに障害をもつ人が出入りすることで、街のあちこちで活発に障害をもつ人が行き来する状況ができていたのが、アシュビー駅周辺での密度が高まる分だけ他のところではその姿が見られなくなるとしたら、それは好ましいことではないだろう。
 特にCILは他の団体に比べて地域との密着が強く、そのような団体がわずか数キロメートルとはいえ移動していくことで、地域にどのような変化が起きるのかは慎重に検討される必要があろう。

3 計画の問題点

 ERCに経済的側面が大きく影響していることは間違いない。
 バークレーに自立生活運動が起こり、CILが設立され、そこを母胎として多くの団体が生まれ、活動してきた。彼らは非営利団体であり、収入の多くを助成金に頼っているが、助成金は活動に新味がなければ次第に減少していく。
 多くの団体が財政面でジリ貧状態にあると思われ、ERCに入ることで家賃などの支出を減らせることを期待している。さらに、ERCという新味を加えることで資金調達がしやすくなるのではないかという期待もある。しかし、一時的にそのような改善が見られたとしても、長期低落傾向が根本的に改善されるわけではなく、やはりポイントはいかに新しい活動を打ち出せるかにあると言える。
 活動が停滞している裏には、人材不足が透けて見える。これまでの活動を新しい展開に持っていけるだけの力量を持った次の世代をいかに育てるか、これは相当重い問題を抱えていると思う。

4 まとめ

 今回のERCは、運動理念というよりは極めて実利を求めた計画だと言えるだろう。残念ながら、これまでの運動理念から考えてそれが容認できるものなのか、これまで培ってきたコミュニティとの関係をどうやったら維持発展できるのかについては、それほど真剣な議論が行われた感じはない。この傾向をみると、これまでの運動とは異なる力によってERCの動きがつくられていると言え、それに対してある種の感慨を持つのは、私が時代遅れになったということなのだろうか。
 ともかく、私がどのような感慨を持とうと、すでに賽は投げられた。部外者としてはERCに集うことによって現行の活動内容が低下せず、さらに魅力的な活動が展開されていくことを祈るのみである。

(かわうちよしひこ アクセスコンサルタント)


注1 他の参加団体は以下のとおり。障害権利弁護団(DRA)、湾岸地域レクリエーション・プログラム(BORP)、アクセシブル技術センター(CforAT)、コンピューター技術プログラム(CTP)、鏡を通して(TLG)、車いす旋風インターナショナル(WWI)。
注2 ERCのように少数派が団結や政治力を誇示する場をつくってそこに集まるというのは、最近のアメリカではやや流行のようになっているという事情もあるようだ。

(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
2000年10月号(第20巻 通巻231号)