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変わる著作権法 3

視覚障害者と著作権法をめぐる話

福井哲也

1 37条改正の意味

 今般改正された著作権法の中で、視覚障害者関連では、37条に新たな規定が追加されたのが注目される。もともと37条には、「著作物を点字で複製することは、著作権者の許諾なしに、誰もが自由に行える」ことと、「著作物の録音については、点字図書館等の特定の施設で、視覚障害者向けの貸出のためであれば、著作権者の許諾なしに自由に行える」ことが規定されていた。今回は、点字に関してさらに次の条文が加えられたのである。
 「公表された著作物については、電子計算機を用いて点字を処理する方式により、記録媒体に記録し、又は公衆送信(放送又は有線放送を除き、自動公衆送信の場合にあっては送信可能化を含む。)を行うことができる。」(改正法37条2項)
 パソコンが登場するまで、点訳は点字器か点字タイプライターで一文字ずつ書き写す方法が主であった。亜鉛板と呼ばれる金属板を使った印刷は以前からあったが、機械が大がかりで、簡便な方法とは言えなかった。それがパソコンの普及とともに、パソコン上で点字文書を入力・編集するソフトが開発され、点訳の世界は一変した。点字の電子データを磁気ディスクに蓄積したり、それを点字プリンタで必要部数印刷したり、あるいは紙には打ち出さず点字ディスプレイ装置を使って読んだり、通信回線を使って送受するといったことが普通に行われるようになったのである。
 ところが、三十年前に作られた「点字による複製は自由」という規定が、これらの新しい点字情報処理技術をどこまで包含するかについては、必ずしも明確ではなかった。特に、通信ネットワークによる点字データの配信は、「複製」とは異なる「公衆送信」の問題なので、「点字による複製」の規定は及ばないと解釈せざるを得ない状況であった。
 現在の点訳活動は、情報通信抜きでは考えられない。一九八八年に日本IBMが開設した「IBMてんやく広場」は、全国視覚障害者情報提供施設協会が運営する「ないーぶネット」に引き継がれ、全国の点字使用者と点訳者、点字図書館等を結ぶ大きなネットワークに成長している。パソコンによる点訳そのものや、「ないーぶネット」のような活動が、従来の点訳活動と同様自由に行えることが、今回の著作権法改正で明記されたのは誠に意義深い。

2 読書権と著作権法

 「読書権」という言葉がある。視覚障害者は、活字印刷物を直接利用することが困難だ。点字、音声、あるいは大活字に変換して初めて「読める」状態となる。読みたい資料を読みたい時に読みたい形態で手にする権利、それが「読書権」と言える。その理念的基礎は、憲法が保障する生存権や教育を受ける権利等に求めることができる。
 一九七〇年に発足した視覚障害者読書権保障協議会がまず取り組んだのは、公共図書館の視覚障害者サービスを進める運動であった。それまで、点字図書や録音図書は点字図書館の管轄と思い込まれてきたのだが、公共図書館が所蔵する豊富な資料を視覚障害者も利用したいとの強い願いから、公共図書館における録音、対面朗読、点訳等のサービスが徐々に広げられてきたのである。
 ところが、公共図書館における図書の録音には、著作権法上の障壁がある。37条3項は、図書を著作権者の許諾なしに録音できる機関を「点字図書館その他の視覚障害者の福祉の増進を目的とする施設で政令で定めるもの」に限定しており、公共図書館はこれには含まれない。このため、公共図書館では事前に著作権者の許諾をとる手続きを行っており、録音作業に入るまでに点字図書館よりも手数と時間を要している。また、少数ながら録音を許可しない作家がいることも重大である。
 公共図書館が購入した活字図書を録音して貸し出したとしても、著作権者に財産的被害を及ぼすとは考えにくい。障害者でない人による流用を懸念する向きもあるが、活字を自由に読める人が録音図書を聞いてもまどろこしいだけで、あまり価値はないであろう。全国で一〇〇館余りの公共図書館が録音サービスを実施している現状からも、同項の規定に公共図書館を含めてほしいとの声は当然と言えよう。
 また、録音図書を必要としているのは視覚障害者ばかりではない点にも注目すべきである。運動障害のためページをめくれなかったり活字を注視できない人、学習障害で視覚からの情報摂取が苦手な人など、著作権法は、これらの「活字障害者」の読書権をも保障する方向で、今後整備される必要があると言えるだろう。

3 無償・無許諾の問題点

 先にも述べたように、点字による複製は自由にできると著作権法37条1項で規定されている。これは、図書館で貸出用の点字図書を制作する場合だけに限られない。点字で出版(販売)される図書についても、この規定は適用される。従って、点字出版所が活字原本の著者に著作権料を支払うケースはまずない。点字出版は「一〇〇部売れればベストセラー」という世界で、極めて利が薄いので、同項は福祉・保護的規定と解釈することもできる。
 だが、無償・無許諾には大きな落とし穴があるのだ。ある出版所が点字出版した本を、他の出版所がそっくり写して安く売ったとしても、著作権法には触れないのだ。点字出版業界では、重複制作は避けようという取り決めがあるようだが、法的裏付はないのである。これは、点字文化の発展にはむしろマイナスではなかろうか。
 活字図書を点訳・出版する場合は、著者や出版社は原則的にそれを拒否できないかわりに、適正な著作権料を受け取れる仕組がフェアであろう。また、点字の書き下ろしの出版物についても、著作権の適正な保護が必要である(点字出版界が新たなコスト増を受け入れるのは大変だろうが)。録音や大活字による出版も同じ考え方で、強制許諾にして著作権料は支払いという仕組みが望まれる。それが、「活字障害者」の読書権と著作権者の権利の双方を尊重する方策となるのではないか。図書館が行う貸出用の点訳・音声訳等は無償でよいと思うが、出版については「無償」の枠に閉じこもらないほうが、読書権の拡大に道を開くものと考える。
 ところで、点字・音声・大活字による読書でも、いわゆる電子出版への期待は高い。点字本も電子データにすれば保管場所をとらないし、DAISY方式のデジタル録音図書はランダムアクセスが可能である。ただ、こうしたデジタルのメリットの反面、不正コピーが容易にできるという問題もある。前述の強制許諾の考え方を電子出版にも広げるのであれば、複写を制限したり、利用者識別をするような技術の導入も併せて検討する必要があるであろう。

(ふくいてつや 東京都立北療育医療センター)