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列島縦断ネットワーキング

東京
「天の尺2000」
東京タワーが語る 点字の物語

高杉晋太郎

 階段を上り行く人が、左手を手すりに滑らせながら、声を発しました。点字を読んでいるのです。どうやらそれは物語でした。そして、その物語を聞き取ろうと耳を澄ましている人たちがいました。
 その日、東京タワーの531段の非常階段を、19人の視覚障害者と60人の晴眼者が、手すりの物語を読みながら上っていったのです。この奇妙なできごとは、いったいどうして起こったのでしょうか。

東京タワーを点字が占拠?

 東京タワーよりもっと高い、新しいタワーができて、電波塔としての役割をゆずってしまうのでは? そんな記事を新聞で読んだ福祉プランナーの坂部明浩氏は、まるで風景の一部のようにそびえる東京タワーが、実は人の手になる建造物であることにあらためて思い至りました。もちろん、タワーの消滅は取り越し苦労だったのですが、しかしこの記事は、氏の心の中にあったビジョンを、実現に向けて加速するきっかけとなりました。そのビジョンとは、「点字・物語計画」でした。
 かねてから福祉の現場にあった坂部氏は、物事を一面からしか見ないことの危うさ、つまらなさを痛感していました。常に複数の視点を用意することが、福祉においても「秘訣」なのです。常識に「変なもの」が混ざると、人は「おやっ」と思います。福祉の象徴である「手すり」に「物語」という変なものを混ぜることで、別の視点を導入する。常識を揺り動かす。そんな大胆不敵なアイデアが、「点字・物語計画」の発端なのでした。そして、物語をどうやって集めるのか、その点についてもこのイベントには格別の舞台が用意されていたのです。

インターネットで物語を創る

 2000年1月、インターネットに誕生した「編集の国イシス」はネット上で新しい「知」の編集方法を探るところです(http://www.isis.ne.jp)。
 5月、そのイシスに「天の尺」(あまのじゃく)というステージが誕生しました。これこそ「点字・物語計画」の、物語創作の場なのです。ちなみに「天の尺」という名は「タワーの高さを、物語という尺度で測ってみよう」という意味が込められています。ともかく、150文字の文章を起承転結の順につなげて物語を作っていくそのスタイルは好評を博し、インターネットで、延べ287件もの投稿が集まりました。しかし、投稿された作品の、すべてを点字化するわけにはいきません。さしものタワーの手すりにも170メートルという長さの限界があったのです。
 そこで登場するのが、本誌「うたの森」でもおなじみの作家、花田春兆氏。春兆氏は「天の尺」の投稿一つひとつを丹念に読み、評価をしてくださいました。評価は天・望・台・邪の4段階で、天は最高評価、邪は残念ながら不合格の判定です。しかし、たとえ邪の評価をもらっても、思わずにやりとさせられる春兆節は大人気でした。こうして、東京タワー非常階段の手すりに貼る物語、33篇すべてが選ばれたのです。

イベント当日「快晴」

 10月14日土曜日、朝9時。青空にタワーのオレンジ色が映えています。東京タワービルの屋上は、100人もの人で溢れていました。「みなとネット」や「港区ボランティアセンター」をはじめとする多数のボランティアによって、準備万端。もちろん点字テープも前日までにすべて貼り終えています。後はスタートを待つばかりです。
 10時、準備体操をすませ、いよいよスタート。「ピーッ」という笛の音を合図に、最初のチームが階段を上り始めました。全部で19組のチームが2分間隔で上っていきます。各チーム、点字を読む人とそれを助ける数名で構成されています。
 さて、いったいどんなお話が手すりに貼られているのでしょう。たとえば『まんじゅう花火』は、花火と間違えてまんじゅうを打ち上げてしまい、まんじゅうほしさに、雷様が地上に降りてきてしまう話。このほかSFや、ちょっと色っぽい話など、多彩なラインナップがそろっています。こういったストーリーを読みながら、階段を上っていくわけですが、その過程では物語にちなんだクイズが楽しめる構成になっています。賞品がかかっているので(?)、みんな真剣です。でも、晴眼者には点字に書いてある物語が分からない。だから読み上げられる言葉だけが頼りなのです。こういった、点字と墨字の立場の逆転も、天の尺イベントの、大きな魅力の一つでしょう。
 531段の階段は、上るだけでも汗だくです。スタスタ上っていくチームもあれば、のんびり1時間かけて上るチームもありました。途中すれ違ったり、渋滞したりしながらも、高度を着実にかせいでいきます。いよいよ531段を上りきって、ゴールイン。花のレイをかけられて、「東京タワー制覇」の記念撮影。参加者全員、無事にゴールできました。ゴールの展望台では東京中が一望できます。「都庁があっちなら、レインボーブリッジはこっちの方角かなあ」そんな会話も聞かれました。

点字の可能性

 今回のイベントでは、みごと東京タワーの手すりを覆いつくした点字ですが、視覚障害の方の中でも、点字を読める人は1、2割に過ぎません。点字はごくごく、少数派の文字なのです。また、文庫本でも点訳するとたいへんな分量になってしまいます。
 では、点字とは、力のない、弱々しいものなのでしょうか。そうではないと思います。点字には「さわる言葉」としての特色があるのです。体にダイレクトに伝わる力強さ、心に染み込んでくる、浸透力があります。その表現の可能性をさぐる余地は、まだ十分にあると思うのです。物語で「コミュニケーション」し、点字の可能性で「遊ぶ」こと。それが天の尺イベントの眼目であろうかと思います。

(たかすぎしんたろう 編集工学研究所)