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会議

差別禁止法国際会議

池原毅和

1 会議の概要

 2000年10月22日から10月26日までワシントンDCで「障害に関する法制と政策の国際シンポジウム」が開催された。このシンポジウムは、DREDF(Disability Rights, Education & Defence Fund)が企画・主催し、アメリカ合衆国社会保障省が資金を提供して50か国近い国々から、障害のある人の権利擁護活動に関係している実務家を集め、国際的な視点から、障害のある人の人権や公民権をどのように実現していくのかを議論しあうために開催された会議であった。そのため、シンポジウムの主題も「理論から実践へ」(From Principle to Practice)とされており、単なる研究発表ではなく、各国の障害関連法制や政策をどのようにして改善していくのかを目的にして報告や討議が行われた。国や社会が、障害のある人のために何をしなければならないのかという問題は、すでに理論的には答えが出ている問題であり、その答えをどのようにして実行させるのか、ということが国際的な課題であるというわけである。
 DREDFは、障害のある当事者が自分たちの自立生活を確立し、これを守っていくために弁護士などの法律家を雇い入れて作った障害関連法政専門の法律センターともいうべきNPO(非営利団体)であり、自立生活運動発祥の地バークレーと首都ワシントンDCに事務所を持っている。DREDFはADA法の立案にも深くかかわった団体であり、今回のシンポジウムは、ADA法成立後10年の節目で、ADA法の理念がこの10年間にいかに世界に広まったかを検証するマイルストーンとしての意味もあったものと思われる。

2 差別禁止法の国際的状況

 この会議の中でもっとも驚いたのは、障害のある人に対する差別を禁止する法律を制定している国が、すでに43か国以上に及んでいるということであった。私たちは、1990年にADA法ができたとき、こうした法律をいつかは日本にも作ろうと、いわばアメリカの背中を見ながら、その動きに追いつこうとしてこの10年を過ごしてきた。しかし、そんなことをしているうちに障害のある人に対する差別の禁止や権利の保障について、日本はアメリカに追いつくどころか、世界の先進国にも発展途上国にも、大きく遅れをとってしまったのである。この衝撃を感じていただくために、シンポジウムでテレジア・デゲナーさんが行った報告の一部をご紹介したい。テレジアさんは、自らも障害をもっておられるが、ドイツ人の大学教授でDREDFで研修した経歴もあり、各国の障害関連法政の比較研究をされている。
 障害のある人の権利を守る法制としては、第一に刑法に差別を犯罪として処罰する規定を作ったり、個別の法律中にその法律の違反した場合の罰則を定めるものがある。フランス、フィンランド、スペイン、ルクセンブルクは障害のある人に対する差別を犯罪として処罰している。ルクセンブルクとフランスは雇用場面と企業活動、公共サービスの分野における差別を2年以下の懲役または罰金に処するものとしている。フィンランドは雇用と公共サービスの分野、スペインは雇用分野の差別を犯罪としている。また、個別法の中では、オーストラリアや香港では、障害のある人に対する侮蔑的な言動やハラスメントも処罰の対象になっている(香港では2年以下の懲役)。差別禁止規定違反に罰金や行政罰を科す国としては、モーリシャス、フィリピン、イスラエル、ザンビア、ジンバブエなどがある。
 第二に、憲法上、明文で障害のある人の差別を禁止する規定を定めている国として、オーストリア、ブラジル、カナダ、フィンランド、フィジー、ガンビア、ガーナ、ドイツ、マラウィ、ニュージーランド、南アフリカ、スイス、ウガンダなどの国々がある。フィジーの憲法では交通アクセス権などについて具体的な定めまであり、マラウィやウガンダの憲法では、障害のある人の代表が議会などに一定数選出されることを定めている。フィンランド、南アフリカ、カナダの憲法では、手話を使う権利が規定されている。
 第三は、民事法によるものでADA法がその典型である。こうした法律をもつ国はすでに多数に及んでおり、オーストラリア、カナダ、チリ、コスタリカ、エチオピア、フランス、ガーナ、ガテマラ、香港、ハンガリー、インド、アイルランド、イスラエル、韓国、マダガスカル、モーリシャス、ナミビア、ナイジェリア、フィリピン、南アフリカ、スペイン、スリランカ、スウェーデン、英国、アメリカ合衆国、ザンビア、ジンバブエなどである。このうち、あらゆる社会生活の場面で網羅的に差別を禁止する規定をもつのは、オーストラリア、カナダ、香港、フィリピン、アメリカ合衆国、英国である。
 第四は、社会福祉法関連で規定のある国であるが、ボリビア、中国、コスタリカ、フィンランド、パナマ、韓国、スペイン、ニカラグアである。
 以上のように障害のある人に対する反差別法制は、すでに文明国の最低限度の文化水準として不可欠の社会システムの一つとなっているといってよい。こうした法律をいかに運用し、いかに改善していくか、が話題の中心となったシンポジウムで、日本からの出席者は、そもそもその前提となる権利法がない現状で語るべきものがなく、まことに恥ずかしい思いをしたところであった。
 上記の四つの法制のあり方のうち、どのアプローチがもっとも有効であるかについても分析がなされており、結論的には民事法によるアプローチが最も有効であることが検証されているが、紙面の関係上、その詳細は別稿に譲ることにしたい。

3 差別禁止法の制定に向けて

 障害者差別禁止法や権利法に関しての、この10年間のわが国の成果と言えば、心身障害者対策基本法が障害者基本法に改められ、ハートビル法や交通アクセス法などいくつかの法律ができたことはできたが、いずれも権利規定を欠き、差別を違法とする視点がなく、単なる努力目標や政策誘導の題目にしかなっていない。
 このシンポジウムの最後に今後の実践のために、世界をいくつかのブロックに分け、日本はアジア・パシフィックのブロックに参加することになったが、EUや北米のようにブロック内で遅れた国の文化水準の引き上げを図ることが効果的である。わが国も、アジアや環太平洋の国々の文化水準に一刻も早く追いつけるように、地域ブロック内での協力を求めながら法制度の改善を進めていくべきである。
 なお、シンポジウムの資料などは、次のホームページで見ることができる。
(www.dredf.org/sympojium)

(いけはらよしかず 東京アドヴォカシー法律事務所 弁護士)