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リアルタイム字幕配信とボランティア活動

太田晴康

 聴力の有無にかかわらず、テレビ音声を入手する権利があるということを、音声に関する著作権を有する関係者が理解することは難しいようである。私たちは一切の許諾なしにテレビのスイッチを入れるだけで音声による情報を入手できる。ところが、聴覚障害者が、同じ音声を文字化して入手する場合、著作権者の許可が必要というのが、改正前の著作権法の解釈であった。
 そこで一部のボランティアは、テレビ局の許可を得て、字幕の付与されていない連続ドラマなど特定の番組について、音声を聞きながら文字化し、希望する聴覚障害者に伝える活動を行ってきた。あるいは緊急時、たとえば東海村臨界事故が発生した、まさにその瞬間、一刻を争う時には、ただちにニュースを要約入力し、インターネットを通じて聴覚障害者に発信もした。
 ボランティアたちの考え方はさまざまだが、こうした活動の根底にあるのはただ一つ、「すべてのテレビ番組に字幕を」という願いであり、「知る権利」をすべての人に保障する環境の実現である。これはテレビ番組にとどまらない。教育現場でも講師の音声情報を聴覚障害学生に伝える「講義保障」は、当事者の自助努力が期待され、権利としての視点はほとんどの教職員に理解されていないのが現実である。
 さて、リアルタイム字幕配信事業者である財団法人日本障害者リハビリテーション協会から、リアルタイム字幕配信にあたって入力者募集の打診があったのは、昨年12月中旬のことであった。
 すでに1998年、ワールドカップサッカーが放映された際、ボランティア入力者のコーディネートを担当した筆者は、今回の入力体制作りに際して、三つの方針を立てた。まず、経験の有無を問わず広く入力者を募集すること。二番目に、すでに経験のある入力者が新人に入力のノウハウを指導する仕組みを設けること。三番目に、利用者である聴覚障害者の字幕への評価を、今後のリアルタイム字幕の基準作りにつなげることである。
 リアルタイム字幕配信の方法そのものは、それほど複雑なものではない。インターネットで使われる双方向の会話、いわゆるチャットと同じ方法で入力者は文字列を送信し、送信された文字列を、聴覚障害者がインターネットに接続したパソコン画面上から入手する。たとえばテレビ番組の司会が「ゲストの太田さんです。よろしくお願いします」と発言したと仮定する。アナウンサー役の入力者は素早くその言葉を入力し、続くゲストの発言「はじめまして、太田です」を別な入力者が同様に入力し送信する。パソコン画面には、このように次々に発言が文字化されて表示されるわけである。
 時には入力者の判断で、語尾や繰り返された言葉を省略することもある。大胆に言葉を要約することもあるし、司会役を2、3人で担当することもある。これは通常、テレビで話される言葉の速さは、漢字仮名交じり文に換算するとおおよそ1分間あたり300字から400字であり、一方、市販のパソコンキーボードを使った場合、入力速度は100字から、どれほど速くても200字程度だからだ。漫才のセリフのやり取りなどは1分間あたり700字を超えることもある。テレビに登場するすべての音声言語を聞くと同時に、人が文字入力することは物理的に不可能なのである。
 そこで、前記の例で言えば、要約のほか、「ゲストの~」を1人が入力し、「よろしく~」を2人目が入力するといった連係入力をしばしば行う。パートナーを組む者同士は、それぞれの入力文字列を、インターネットに接続した各自のパソコン上でモニターすることが可能なソフトを使用する。このソフトを制作したのもボランティアである。入力者には、キーボードを見ないで素早く入力するタッチタイピング技術のほか、要約する力が欠かせない。そこで、リアルタイム字幕配信の入力体制におけるポイントは、いかに優秀な入力者をその時間帯、確保できるかということに尽きる。
 入力者の募集は、全国要約筆記問題研究会の全国11ブロック地区の代表者に案内を送ったほか、すでにリアルタイム字幕配信活動を行っているボランティアグループ「通訳IRC」に協力を依頼した。配信日の1週間前から、ボランティア入力者たちはインターネットを通じて、連日2、3時間に及ぶ打ち合わせと入力練習を行った。そうした中で、経験者を中心に初心者も入力のコツを覚えていった。それと並行して入力希望時間のローテーション表を作成し、番組ごとに数人のチームを作り、その中で役割分担を決めるようにした。
 こうした準備を経て、改正著作権法が施行された今年1月1日、除夜の鐘が鳴り終わると同時に、NHK総合の「ゆく年くる年」の音声を文字化し、インターネット上に配信した。最初の文字列は「午前0時です。2001年、1月1日。21世紀が幕を開けました」であった。続いて、同日午前9時には「年頭総理記者会見」(NHK総合)、午後1時半には「HEY!HEY!HEY!新春バトルスペシャル」(フジテレビ)、午後3時半には「新春大売り出し!さんまのまんま」(フジテレビ)、午後9時には「世にも奇妙な物語SMAPの特別編」(フジテレビ)と、この日合計5番組、計8時間45分間のリアルタイム字幕配信を行った。入力者、そしてシステムを管理する役割を担ったボランティアを含むと総勢約20人が初配信作業にかかわった。
 さて、リアルタイム字幕配信事業の今後の課題を、入力体制の面から見ると、何よりもまずボランティアと専門職の活動範囲と役割の明確化がある。実はリアルタイム字幕入力者の専門職はまだ誕生していない。多少、速く入力できる技術を持つ人が、それとて1分間あたり200字程度にとどまるが、音声を要約しながら情報を提供しているわけで、プロフェッショナルとはいえない。それはそれで十分意味があると思うが、専門職というからには、特殊なキーボードや音声認識システムを活用した1分間あたり250字以上の専門技術、聴覚障害者の社会参加を支援するにあたっての専門知識、社会的責任を含む職業倫理などが求められよう。こうした専門職の養成体制について、字幕の利用者とともに早急に検討する必要がある。
 そのうえで、入力速度が1分間あたり100字から200字のボランティアたちが市販のパソコンを使って聴覚障害者の社会参加を支援する活動と、社会サービスとしてのリアルタイム字幕配信活動が並行して行われていくべきと思われる。
 それに加えて、こうした「情報保障」(accessibility for the deaf and hard of hearing)を、情報の伝達者とも言える専門職のみに任せるべきではないということを述べておきたい。情報の発信者、伝達者、受信者の三者が協力して初めて情報は保障される。発信者は、自らの音声言語が書記言語として聴覚障害者に伝達される過程に協力し、伝達者は自らの方法・技術を開示することによって理解を得、受信者は利用者の立場からの評価を通じて全体としての情報保障システムをより確かなものにすることができる。
 たとえば、総理の年頭記者会見をテレビ放映する場合、総理が単に原稿を読み上げるのではなく、所轄官庁は事前原稿をリアルタイム字幕配信事業者に提供すべきであろう。あらかじめ入手した原稿を音声に合わせて送信することによって、音声と同じ情報が同時に字幕化される。それによって初めて、聴覚障害者は知る権利において同等となる。ドラマのシナリオについても同じことがいえる。
 一方、情報の受信者の側が、リアルタイム字幕の表示方法はどうあるべきか、全文を表示すべきか、要約文とすべきかなど、積極的にシステムを評価することによって、情報が伝達される仕組みはより確かなものとなることはいうまでもない。
 今回、本邦初のリアルタイム字幕配信後、利用者による評価アンケートが実施された。こうした声が、リアルタイム字幕にとどまらず、字幕放送の制作現場に活かされることによって、より利用者の立場に立った字幕放送は実現するに違いない。その意味で、今年がテレビ界における、真の「情報保障」新世紀となることを願ってやまない。

(おおたはるやす 障害者放送協議会放送研究委員会専門委員、全国要約筆記問題研究会副会長)