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障害の経済学 第15回

交通バリアフリーとハートビル

京極高宣

はじめに

 前回は、住居のバリアフリーの経済効果について述べましたが、バリアフリーは仮にハード面に限っても、住宅に限らず、交通機関や公共機関などについても同様の役割をもっています。そこで、今回は、昨年に法制化された交通バリアフリー法と平成6年に制定されたハートビル法について見てみることにしましょう。

1 交通バリアフリー

 まず交通バリアフリーに関しては、2000年5月に、交通バリアフリー法が成立しました。同法は厳密には「高齢者・身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律」といいます。その趣旨は、高齢者、身体障害者(以下、障害者等と略す)などの公共交通機関を利用した利便性、安全性の向上を促進するために、第一に鉄道駅等の旅客施設、及び車両について、公共交通事業者によるバリアフリー化を推進すること、第二に鉄道駅等の旅客施設を中心とした一定の地区において、市町村が作成する基本構想に基づき、旅客施設、周辺の道路、駅前広場等のバリアフリー化を重点的、一体的に推進することです。そのために、国は基本方針を策定し、移動円滑化の意義及び目標、基本的事項を明らかにし、市町村が作成する基本構想の指針を定めます。
 また、公共交通事業者は義務として、自らが講ずべき措置を定め、新規の旅客施設、車両についてバリアフリー基準に適合するようにし、エレベーター・エスカレーター等の設置、誘導警告ブロックの敷設などを行います。さらに、1日の利用者が5千人以上である鉄道駅を中心とした重点整備地区において、バリアフリー化の重点的、一体的な推進を図り、たとえばエレベーター・エスカレーター等の設置、使いやすい券売機の設置、低床バスの導入、歩道の拡幅、段差解消、路面の改善、視覚障害者用信号機の設置、違法駐輪の取り締まりの強化などを図ります。
 こうした交通バリアフリー法の施行によって、これまで外出に大きな障壁となっていた交通手段のバリアが除去され、障害者等の活躍する空間が飛躍的に拡大することが予想されます。また障害者の就労機会も大きく拡大されます。なお同法の付帯決議では、政府に対して、さまざまな努力目標が設けられ、公共交通事業者等が障害者等に対する適切なサービスを提供するよう必要な指導を行うとともに、国民に対して理解と努力を求めるよう努めることとされています。
 21世紀にはこのような画期的な内容を行政指導や、必要な補助金の支給、地方債の特例などで円滑に実施できるようになりました。

2 ハートビル

 ハートビルは「ハートのあるビルをつくろう」という意味で、ハートビルに関しては、ハートビル法が平成6年、成立しました。同法は、厳密には「高齢者・身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律」といいます。
 その目的は、障害者等が安心して気持ちよく利用できる建築物(ハートビル)の建築を促進することにより、だれもが快適に暮らせるような生活環境づくりに寄与すことです。
 ハートビル法の実施によって、デパート、ホテル、店舗、飲食店、公衆トイレなどの不特定、かつ多数の人の利用する建築物の建築業は建物の出入り口、廊下、階段、トイレ、などを障害者等が安心して気持ちよく利用できるように努めなければなりません。そのため、基礎的基準と誘導的基準の二つが定められ、前者はすべての特定建築主の努力基準、後者は計画の認定を受ける際の基準で、これにより、容積率の弾力的運用で事業主負担を軽くして、税制上の特例で優遇措置が設けられ、日本開発銀行等からの低利融資が受けられることになっています。 
 こうしてハートビル法により、障害者等は外出や就労において、外に出て、買い物や仕事をするうえで、きわめて便利になり、安心して気持ちよく建物を利用できるようになります。しかも注意を払う必要があることは、先の交通バリアフリーの場合もそうでしたが、ハートビルも、単に障害者等だけでなく、一般の人々もその恩恵に預かることができるという点です。確かにコスト的には、これらのバリアフリー化を促進するためには余分な投資が不可欠ですが、その効果は障害者等にとってはもちろん、たとえば、駅構内のエスカレーターやエレベーターが母子や病弱な人々にも活用され、またしばしば急ぎのサラリーマンなども利用することなどを考えれば、一般の人々にもメリットが生まれるのです。

3 交通バリアフリーとハートビルの経済効果

 前回の住居バリアフリーによる経済効果についての分析はさておき、今回の交通バリアフリーとハートビルが国民経済的に見て、また個人の生活においてどれくらいの経済効果が生じるのかの、計算は残念ながら今のところ、分析できていません。
 やや古い数字ですが、1991年の厚生省実態調査によると、18歳以上の身体障害者は272万2千人で、その約6割(57.1パーセント)が肢体不自由者(155万3千人)であることを考えると、少なくとも在宅の肢体不自由者の3分の2の約100万人が、交通バリアフリーやハートビルで、介護負担の軽減が図られ、仮に一人が1か月、10万円相当の負担軽減であるとすれば、1年間で120万円、それが100万人で、約1兆2000億円となり、10年で12兆円もの経済効果があります。また単に負担軽減ではなく、この100万人のうち、仕事の機会が増加し、仮に半分の50万人の肢体不自由者が以前よりも、約2割増の収入を得ることができれば、この2割を平均して約5万円(1か月)とすれば、1年間で60万円で、50万人分だと、3000億円の収入増が生まれ、10年で3兆円の稼得収入が見込まれるのです。

(きょうごくたかのぶ 日本社会事業大学学長)