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障害者の社会参加と福祉メディアステーション

上村数洋

1 はじめに

 福祉メディアステーションは、平成8年6月、岐阜県がマルチメディアの総合研究開発の拠点として設立したソフトピアジャパンの中に産声を上げました。
 「障害者がマルチメディアを活用し、自立、社会参加、創作活動、就労等において自己実現を図る取り組みを、その企画・計画段階から支援する」ことを目的とし、岐阜県や財団法人ソフトピアジャパンの財政的、技術的支援を得ながら、障害当事者が主体となり企画運営を行い、企業やボランティアを含む幅広いネットワークの構築をめざしています。

2 活動をとおして

(1)福祉メディアステーションの取り組み

 1.アクセシビリティー機器の展示・体験
 2.専門相談員によるアドバイスや、関係機関との調整・橋渡し
 3.セミナーや研修会の開催
 4.マルチメディア活用のための調査、各機関や企業との共同研究・開発
 5.その他

(2)新たな取り組み

 スタートして5年、福祉メディアステーションも三つの機能を持つようになりました。一つは、全国マルチメディア研修センター内に昨年よりスタートした、高齢者や障害者を対象にパソコンの研修指導をする「福祉メディア実習室」。もう一つは、「パソコンを使って仕事がしたい…」という、県内の障害者や利用者の声に応える形で始まった「バーチャルメディア工房」です。ここでは、主に重度障害者のパソコンを活用した在宅就労の支援をしています。

1.バーチャルメディア工房の主な業務
・営業活動(受注・企画)
・作業配分(工程管理)
・作業指導(品質管理・技術指導)
・就労希望者の募集、人選
・ワークグループ(この事業に参加、就労活動をしている在宅障害者ワーカー)の指導
2.主な受注業務
データ入力・ホームページ作成・DTP・データベース構築・マルチメディアコンテンツ制作・各種パソコン講習会の企画、実施など

バーチャルメディア工房事業概念図

拡大図
図 バーチャルメディア工房(福祉メディアステーション)事業概念図

(3)さまざまな相談者との出合い

 この5年の間に、福祉メディアステーションには、実に多くの人が、さまざまな思いや課題を持ってやってきました。
 普通なら電話ですむような簡単なことでも、表出言語を持たないために、夏の暑い日差しの中を、トーキングエイドを片手(?)に電動車いすに乗って汗だくで訪ねてくれた人や、事故で重度の障害を負い、病院のベッドに寝ている弟の将来を思い必死に復職に向けての相談に来られたお姉さん。
 最近は、相談の内容もパソコンにとどまらず生活全般にひろがり、中には恋愛相談や性に関することにまで対応を迫られることもあります。このことは、障害者や福祉に対する社会の理解が深まってきたとはいえ、まだまだ障害者にとっては閉鎖的で、心を許して集い、話し合える場や機会が少ないことを示しており、どんなにIT化が進んでも、ITには任せておけない、ITにはできない分野だと思い、取り組んでいます。
 相談を担当していると、実に多くの、どれ一つとして同じケースのないさまざまな難問にぶちあたります。どんなに一生懸命になっても解決できないことのほうが多いくらいです。時として、もらい泣きすることもあります。
 しかし、そうした相談者の中に、重度の障害をもつ来訪者同士が結婚をし、赤ちゃんができたとか、進み方を決めかねていた障害をもつ青年が、相談をとおしてつき合いをしていく中で、ある日突然、留学したいと言いだし、見事にダスキンのリーダー研修事業に受かり、アメリカに行くことができた時などは、自分のことのように心が浮き立ちました。
 また、当然のことながら障害をもつ私たちスタッフは、改良など技術的支援の必要な場合は、しかるべき先に橋渡しをするしかできませんが、脳性マヒで自転車に乗りたい希望の男の子が、念願かなって乗れる自転車(改造)を手に入れ、見せに来てくれた時の笑顔や、生まれつき難病をかかえ、医師からも何の指導も受けられず途方に暮れていた親子に、何気なくいった一言が功を奏し、親も動けないと思っていた子が呼吸器をつけ、電動車いすに乗り、パソコンまで使うようになったり、喉頭ガンで声帯を摘出された方に、機器の情報を提供し、制度の適応の手続きをしていく中で、筆談を通して喜びを表し、声が出ないのに号泣されたりした時には、無力ながら、こうしたことにかかわりをもたせてもらえる幸せと出会いに感謝せずにはおられません。
 また、今はほんの一握りの人との取り組みでしかありませんが、工房の活動でも分かるように、重度の人がすでに就労の取り組みをはじめており、それが国の連携事業につながり、県が雇用促進協議会を立ち上げ、障害者の完全雇用の施策を打ち出すまでの広がりをみせており、地道ながら、しかし、確かな手応えで動き出していることも大きな喜びとして感じています。
 反面、最近の利用者に目を向けた時、医療の高度化と救命率の向上によるところの重度化・重複化した障害者と、医療制度の改正に伴う行き場のない障害者(脳外傷等)が増えていることが気になると同時に、その対応に困惑しています。何か良い対処法がないものかと、とても気になる毎日です。

3 今後の課題

 障害者にとって、「自分にできることがある」ということは、即「生きる自信」につながります。ITの活用は、それを一番、身近に感じさせ実現させてくれる力をもっています。でも、そこには技術的な支援が必要であり、支援を必要とする人の手元に届くシステムと社会制度の整備がなければ「使える人と使えない人」「持てる人と持てない人」との間に新たな障害が生まれかねません。そうした障壁を作らないためにも、私たちこうした支援機関にかかわる者としては、メディアステーションの設置の必要性と意義を自覚し、向学心を持って外とのかかわりをもち、常に社会の動きに目を向け、方向性やビジョンをしっかりと持ってその任にあたる必要があるのではないでしょうか。
 福祉メディアステーションにおいても、機能が拡大するにつれ、それぞれの役割のすみ分けが曖昧(あいまい)になり、見直す必要性を感じています。国のIT戦略構想の中で出される取り組みと対比した時、すでにメディアステーションとして重複した取り組みもあり、長期的視野に立った取り組みがなされていないために、考え方が無意味になりかけているところもでてきました。改めて、設立当初の考えに戻り、今、そしてこれから何をなすべきかを考え直す時に来ているように思います。

4 おわりに

 障害者の社会参加を考えた時、これまではどちらかというと社会基盤、環境のハード的整備が中心でしたが、これからは社会参加、社会の中の一員としての地位確保のためのコミュニケーションを支える取り組みが必要であり、そのための手段としてITが活用され、その有意義な道具としての活用法が求められていると同時に、ITによって培われた障害者の「能力」と「情熱」を、障害の如何によらず「受け入れ」「生かせる」社会づくりが必要になっているのではないでしょうか。

(うえむらかずひろ 岐阜県・福祉メディアステーション企画・運営アドバイザー)