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ハイテクばんざい!

福祉車両の動向

斎藤隆

福祉車両の良しあしは文化のバロメーター

 福祉車両が最近、注目を集めています。高齢者・障害者の外出機会が増えてきたことによるのでしょう。ゴールドプランがスタートした1990年代前半に、福祉施設への送迎車としての福祉車両の本格的普及が始まったのですが、筆者の記憶では1997年に当社がサイドリフトアップシートを発売した頃を境目にパーソナルユースの福祉車両が多くなってきました。最近ではその種類や車種も急増しており、自動車工業会の調査によれば、2000年度に小型車と軽四輪車で約2.6万台にのぼり、前年比約120%の伸びを示しています。
 高齢者・障害者が元気に社会に参加できるかどうかは、文化の高度化を示すバロメーターのひとつではないかと考えます。高齢社会、高度福祉社会にあって福祉車両が注目されるのも当然のことです。最近の福祉車両の動向と特徴を、できるだけパーソナルユースのクルマに絞ってお話したいと思います。

キーワードは「移乗」と「車いす」

 筆者はここ10年近くこの分野の開発に携わってきましたが、「福祉車両」の語感に抵抗感をもちます。当社ではウェルキャブと呼んでいますが、自動車各社それぞれネーミングを工夫しています。福祉車両には、車いすに乗ったまま移動できる送迎車、乗り降りをしやすくするためシートが回転したり下降してくる装置を備えた車両、車いすを使う障害者が自ら運転できるよう運転補助装置を取り付けた車両があります。高齢者・障害者の介護支援をする装備を備えた車が多いようです。自立支援する車はある程度の進展がみられますが、まだまだこれからのように思います。高齢者ドライバーが急増するわけですから、この分野をますます重視しなくてはなりません。
 介護にしても自立にしても重要なキーワードは、「移乗(トランスファー)」と「車いす」にあります。自動車という狭い空間にどのように乗り移るか、車いすで生活する状況で自動車とどうつきあうのかがポイントになります。最近は、さらに快適性(乗り心地)と安全性が重要だと考えています。乗れればよいというだけではなく、さらにレベルの高い状態でカーライフが楽しめることが求められています。
 一方、障害者が自ら運転できるようにした車は、まだ発展途上と言わざるを得ません。Joy Vanに代表される重度障害者のための運転装置(電動車いすのまま乗車し、ジョイスティック型の運転装置で自動車を操作する装置のこと)はまだ海外に遅れをとっています。ハイテクの塊と言った感じで、わが国でもセンサーやアクチュエータのところは使えるハードはそろっていますが、システム技術に遅れがあると言えます。障害者の社会参加をどういう形で支援するかといった社会的問題も解決すべき点と思っています。

パーソナルユースはスロープ車にシフト

 1995年頃から軽四輪車にスロープ車が設定されて以来、軽四輪車を中心に各社のスロープ車の商品投入が続きました。軽四輪車が背高型のボデー形状になってきたことと時期を同じくしています。軽四輪車の小回りの良さとリフト車に比べて手軽であること、地面から離れないという安心感が受けたのではないかと考えています。近年では、小型車でもリフトからスロープにシフトする傾向がみられます。作り手側からすると、手間暇がかかる改造を伴うため原価的に辛い部分もあるのですが、お客様本位の考え方から、この分野の商品競争が激しくなってきています。
 価格も商品力ですが、スロープ車ではその性能が肝心だと思います。スロープ車の性能は、スロープ角度に代表されます。体重が70kgから80kgもある車いす利用者を中高年の女性(介護者の85%は中年以上の女性というデータがあります)が押し上げられるのはスロープ角10度以下、望むらくは8度以下でしょう。また、車いすをフロアにいかに固定するかがメーカーの腕の見せどころです。車いすのサイズはさまざまで、一様な固定装置で対応するのは大変難しく、また狭い車内での固定操作になるため、できればワンタッチ操作としたいところです。またスロープを逆走しないようにする工夫も安全上欠かせません。スロープ角度をいかに緩くするかが重要なところですが、フロアを低くするための大幅な改造のほか、サスペンションを圧縮するニールダウン機構を織り込んだりしています。スロープ車は車いすの人の座る高さが普通のシートとほぼ同じにできること、乗り心地はリフト車よりも良いなどの優れた面があります。

助手席回転シートやサイドリフトアップシートにもハイテク

 助手席回転シートやサイドリフトアップシートは、足腰が弱った人にとってはシートが自分に近づいてきてくれるのでシートに座りやすく、従って車に乗りこみやすくする便利な装置だと言えます。車いすの人も介護があれば容易に移乗できます。この分野にもハイテクが導入されてきたという事情は、より簡便さを追っていくと自動化・電動化に進むのですが、そこには安全性の確保という問題を伴います。装置が自動的に動くと腕や足が開口部の部材に当たって痛い目にあったりけがをする可能性が出てきます。そこで腕や足が構造物に当たった場合、それを感知して停止・反転する機構を組み込むことになりました。ここにもセンサーやECUが必要となってきました。
 また乗用車の助手席周りはフロントピラーが傾斜していて頭がピラーに当たってしまうのですが、シートリクライニングと連動させ、頭がピラーを回避する装置も開発されています。助手席回転シートのポイントは、前述の安全性とどれだけ車外に出てくるかです。
 サイドリフトアップシートに、脱着式サイドリフトアップシートという革新的な商品を開発しました。シートに折りたたみの車輪が付属しており、車外に出て接地するとシートが昇降ユニットから切り離されます。シートはそのまま車いすに早変わりするので移乗の手間がいらないのです。さらにこの車いすを電動車いす化させます。ここにホィールインモーターというハイテクが導入されています。介護型と自走型があり、介護型は車いす後部にあるコントロールパネルを介護者が操作します。自走型はジョイスティックが前方に付いていて、普通の電動車いすとして使うことができます。
 このジョイスティック型電動車いすの脱着式サイドリフトアップシートを運転席の後部に配置し、運転席まで移動できる車を試作し、国際福祉機器展に参考展示しました。しかし頸損や筋ジスの重度障害者に見ていただいたところ、ドアの開閉操作などで使いものにならないところも多く、まだまだ改良の余地がありそうです。

これからの福祉車両

 先にお話しましたが、これから高齢者ドライバーが急増します。2010年には1250万人の高齢運転免許保有人口が予測されており、これは全体の45%に相当します。これからは福祉車両としてではなく、普通の普段使うクルマとして捉えていく必要があります。元気な高齢者により長く元気でいていただくことが社会的にも望ましいことであり、自動車がそのために大きな支えとなる必要があります。このような分野にこそ、ハイテクが必要だと考えています。

(さいとうたかし トヨタ自動車株式会社第3開発センター製品企画主査)