音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

改正法の不十分性と残された課題

竹下義樹

 今回の改正は、行政主導ないし行政施策の進展として実現したわずかな前進であると評価せざるをえません。それ自体を否定する必要はありませんが、わが国におけるこれまでの障害者福祉法ないし関係立法の流れからすれば当然の流れです。重要なことは、今回の改正が障害者の要求、特に職業的要求に根ざしたものとはなっていないということです。各法律を所管する行政機関が関連団体の意見を聴取しただけで、各障害者の職業的適正を十分に調査し、あるいは実態を把握した立法とはなっていません。また、諸外国における障害者の就労状況や欠格条項の内容も、十分には調査し反映したものとはなっていないのです。
 たとえば、アメリカやカナダには全盲の医師(内科や心理療法科)が活躍していますし、わが国においても現に医師免許取得後に聴力を失い、あるいは視力をほとんど失いながらも、医師として地域医療に十分貢献している人がいます。国はそうした事実をどのように考えているかが問われることになります。すなわち新たな立法がなされる場合はその立法(改正法)を合理的なものとして支え、あるいはそれを裏付けるだけの事実が存在していなければならないのです。それが今回の改正法に存するかが問われるのです。もしも、そうした裏付け(立法事実)がなければ、障害者に対する権利制限は憲法14条に反するものと評価される可能性もあるということになります。
 改正法は、本体となる法律では障害種別を特定することをやめ、施行令で障害種別を特定して各免許取得などから排除しています。例外的にいくつかの職種において欠格条項を撤廃し、あるいは欠格事由を狭めましたが、いわゆる相対的欠格条項という形式を採用し、障害者が免許申請をした際には免許権者において免許を与えないことができるとしました。しかし、こうした規定の仕方をしてみても、これまでと取り扱いにおいて結果的には全く変わりがないということになるのでは、進歩や前進とはいえません。
 免許権者は障害者の免許申請を却下する場合、意見を聞くことが義務づけられています。しかし、その意見聴取に対しどのような判断をしたのか、当該免許申請者に免許を与えない判断をした理由を開示するのか、また障害者が免許権者の排斥理由に対し反証をあげてこれに対抗した場合、免許権者は一つひとつの反証に答えてくれるのかが問われます。仮に、障害者が免許申請を却下された場合に不服申立および行政処分取消訴訟を提起することになりますが、わが国では原告(障害者)が行政処分の違法性や不当性を立証しなければなりません。免許権者が障害者の免許申請を却下した場合、免許権者の側でその却下が合理的なものであり、当該障害者には申請にかかる免許を取得し、その職種に就くことが不可能であることを立証しなければならないとしなければ、障害者の職業的可能性を尊重したことにはなりません。今回の改正法のままでは障害者の職業選択の自由が手続的に保障され、あるいは実質的に実現されたとはいえないのです。
 そこで、私は障害者の平等参加をより具体的なものとするために、以下のような課題を指摘しておきたいと思います。
 (1)わが国においても障害者は不利な立場や不利益な行政処分を受けた時は、その是正ないし排除を求める権利を有することを法律で明文化することが必要です。いわゆる障害者差別禁止法がそれです。わが国においてもそうした立法が実現しない限り、いつまでも行政主導の権利状況は変わらないのです。障害者に職業をはじめ社会参加のあらゆる場面で選択権や自己決定権を保障するためには、障害者に平等権を実現するための請求権を規定した障害者差別禁止法は不可欠なのです。
 (2)改正法が施行された時点で、障害者が相対的欠格事由とされている免許や資格を取得したいと希望したにもかかわらず、免許権者がその申請を却下する場合、免許権者はどのような判断基準によってその申請を退けるのかを明確にする必要があります。単に「心身の障害により当該免許に係る業務を適正に行うことができない」というだけでは障害者の納得を得ることはできません。たとえば、視覚障害があれば医師としての何が欠けているのか、それを補うものとしてどのようなレベルの補助機器が準備されれば免許を与えるのかといった、免許取得の要件ないし排除されることの合理性を具体的に示すことが免許権者に義務づけられなければなりません。
 わが国では、今まさに司法改革が進められようとしていますが、そうした論議においても障害者の平等権や自己決定権が侵害された場合に、権利を侵害した側がその合理性、妥当性を立証する義務があることを訴訟法において明確にする改革を期待したいと思います。
 最後に、今日の各職種が固定的なものであって再構成ができないのかを検討すべきだと思います。現在の医師はトータル医療を担う職種とされていますが、たとえばアメリカなどのように医療を分業化し、内科部門や心理療法の部分を切り離して位置づけることにより、視覚障害者の医師としての就労を可能にし、社会貢献ができる条件を作り出すことができるのではないでしょうか。

(たけしたよしき 弁護士)