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障害の経済学 第21回

障害者の所得保障
その4

京極高宣

はじめに

 社会保障の一環としての所得保障に関しては、ひととおりすでに3回にわたり述べてきました。今回は、社会保険とは関連が深いが、あくまで私的責任で一定の所得保障を行う施策としての障害者扶養保険に関して、その現状と課題を見ることにします。この施策は、現在のように障害年金制度が制定されていなかった時期における私的保険制度の一種で、1970年代以降、全国の各都道府県で急速に拡大したものです。

1 心身障害者扶養保険とは?

 心身に障害のある者を扶養している保護者(両親など)にとって、最も悩ましい心配事は何か、その一つに親亡き後の障害者の生活がどうなるかということがあります。とりわけ、障害年金制度が確立していない時期においては、この問題は深刻で、親の会などをはじめとして、自分たちが健康でいられるうちに共済制度によって将来の不安に備えたいという要望が全国的に高まってきました。これにこたえる方向として、昭和41(1966)年に、神戸市が全国に先駆けて心身障害者扶養共済制度を実施しました。
 これは、親の保険料の拠出による私的保険の一種で、行政等が側面的に支援をすることで経費を軽減して、親亡き後の年金給付が有利になる仕組みとして発足しました。その後、東京都、他の地方公共団体においても、ほぼ同様の制度(厳密には微妙に異なる制度)が実施されるようになりました。
 当時の厚生省(現厚生労働省)は、こうした動向を踏まえて、昭和43(1968)年5月に、厚相の私的諮問機関として学識経験者から構成された心身障害者扶養保険調査会を設置し、今後における心身障害者の扶養保険に関して行うべき方策について検討を委嘱しました。その結果、同年7月に、次の旨の報告書を提出しました。
 すなわち、第1に心身障害者の扶養共済事業としては、私的保険制度として位置づけ、特別児童扶養手当、国民年金等の公的施策とは区別すること、第2に、国の事業としてよりは、各地方公共団体の主宰、運営する事業であること、第3に、国においても中央機構(社会福祉事業振興会が担当)を設け、必要な指導および助成を行い、全国的な普及を図ることなどです。
 こうして、昭和45(1970)年2月から、社会福祉事業振興会(現社会福祉・医療事業団)において心身障害者扶養保険事業が開始され、以後、急速に全国的に普及していきました。

2 心身障害者扶養保険の課題

 こうして心身障害者扶養保険は無事スタートしましたが、その後周知のとおり、障害年金制度が創設され、充実してきました。それによって、心身障害者扶養保険の社会保険代替策としての役割が後退し、公的年金を補完する私的保険の性格を色濃くしていきます。しかしながら制度というものは、誕生すると比較的一人歩きをするもので、抜本的見直しがなされないまま、今日に至っています。現在、全国で約10万人の障害者扶養保険が登録されています。
 しかし、現在の心身障害者扶養保険は、財政的には危機的状況を示しており、各地方とも10~20数年後には基金を費消し、財政的にパンクしてしまう予測が立てられています。
 その理由としては、第1に、従来の障害者の平均余命が医学の進歩などで長期化して、支払える年金支給額が限界になってきたこと、第2に、加入障害者数そのものが、少子化等の影響で減少し、世代間扶養が不可能になってきたこと、第3に、極低金利のため年金基金の運用が悪化し、現行保険料では年金給付水準を維持できなくなってきたことなどがあげられます。国や東京都でも、専門的検討会が設けられ、いくつかの解消方向が出されましたが、基本的矛盾は解決されていません。
 問題は、心身障害者扶養保険の歴史的役割を正しく総括して、次の二つの道、すなわち抜本的に見直し、就労施策等などほかの施策の充実に切り替えて廃止の方向で検討するか、それとも、あくまで私的保険として制度として立て直し、抜本的改善策を用意するかの選択の岐路に現在の制度は立っているのです。
 残念ながら私としても、今の段階でどちらの方向がよいか、的確な判断はできません。

むすび

 いずれにしても、歴史的には一定の積極的役割を発揮した施策・制度であっても、時代の変化とともに見直しが行われる必要があります。その限界に基づき、新たな施策的衣替えがなされなければなりません。いかなる施策・制度と言えども、ある種のライフ・ステージがあり、生成→発展→消滅のプロセスをとるものですが、制度はしばしば利害関係が絡み、なかなか消滅せずに生き残ることがあります。
 そうした意味で、心身障害者扶養保険も、少なくとも発展の時期は過ぎています。国民は先の選択肢のどちらをとるかをそろそろ決断しなければならないのではないでしょうか。特に障害者所得保障の体系をみると、障害年金プラス特別障害者手当プラス扶養保険給金プラス地方公共団体単独加算といった四重の塔のような巨額な水準が一部の障害者にみられますが、果たして国民の理解が得られるかは大きな疑問があります。
 これからは、所得保障にとどまることなく、障害者施策を新たな視点で見直し、就労対策や生きがい対策などへの前向きな政策転換を図っていくべきでしょう。

(きょうごくたかのぶ 日本社会事業大学学長)