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ほんの森

聴覚障害者福祉・教育と手話通訳
植村英晴著

評者 西野恵美子

 小学校の総合学習や高等学校の授業等に手話を取り入れる学校が増え、テレビドラマでは主人公の聴覚障害者が手話を話し、若者に人気のデュオが「手話」を振り付けしながら歌を歌う。このような状況の下、近年、10代20代の若者で、手話に興味を示す人たちが増えてきたように感じる。
 そんな、手話に興味を持ち始めた人にお勧めしたいのがこの1冊、「聴覚障害者福祉・教育と手話通訳」。ごくまじめで、お世辞にも取っ付きやすいとは言い難いタイトルだが(失敬)、この分野で活躍してこられた筆者・植村英晴氏の、決して昂ぶることのない冷静で淡々とした筆致、読み手に配慮した章立て等を見れば、これ以外にふさわしいタイトルはないようにも思う。
 では、中身はというと、確かにまじめではあるが、全編にわたり、氏が観察した事例や関連資料からの抜粋、グラフや一覧表等、具体的・視覚的資料が豊富で、福祉や教育などと無縁の人にも理解しやすいものになっている。
 たとえば、「第一章聴覚障害者のコミュニケーションと言語生活の実態」では、全26の事例が紹介されており、聴覚障害者が実際どのような困難を抱えているのか、具体的な事実として知ることができる。そして、続く第2章、第3章と読み進めば、書けば通じると思っていた筆談がなぜ通じないのか、どのようなコミュニケーション手段が有効なのかがわかることだろう。
 以降第7章まで、国や組織において、どのような時期に、どのような討議がなされ、どのような結果を得てきたのか。社会的背景や歴史的経過、具体的内容がこの1冊にまとめられたことにより、聴覚障害者福祉・ろう教育・手話通訳士制度が、相互に大きく影響しあい、現在に至っていることが再認識できる。
 1981年、スウェーデン議会で手話がろう者の第一言語であると認められたその同じ年、日本の国会では、手話に関して、その時点においても全く無知としか言いようのない発言が罷り通っている。それから20年。スウェーデンをはじめ、欧米各国で手話をろう者の第一言語としたバイリンガル教育が成果を上げている一方、日本のろう教育はどうだろうか。終章では今後の課題として大きな示唆が与えられている。
 聴覚障害者の福祉や教育に携わる人、これから学ぶ人、手話通訳士をめざしている人。そして、いつの日か聴覚障害者と巡り合うかもしれない人。それぞれの立場で考える手掛かりが、この1冊に凝集されていると言っても過言ではない。バイブルともなる必読の1冊である。

(にしのえみこ 世田谷福祉専門学校)