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高次脳機能障害支援モデル事業について

重藤和弘

1 はじめに

 最近の救急医療の進歩によって、交通事故や脳血管疾患などにより重度の脳障害を受けても、救命されるようになりました。こうした患者には、年齢が若い方が多く含まれており、復学や就労などの社会参加の方策を探ることが求められますが、認知・記憶障害や情緒・行動障害などの身体機能以外の後遺症により、社会復帰が困難な状況にあります。
 こうしたことから、厚生労働省においては、平成13年度から、「高次脳機能障害支援モデル事業」を実施し、認知・記憶障害や情緒・行動障害などの障害に苦しむ方に対して、試行的に医療やリハビリテーションを提供し、そうした症例を集積・分析することにより、標準的な「評価基準」と社会復帰や生活・介護のための「支援プログラム」を開発することとしました。

2 高次脳機能障害の現状

(1) 定義

 「高次脳機能障害」の定義については、リハビリテーションや脳神経などの分野の関係者において、必ずしも定まってはいませんが、厚生労働省としては、現在のところ「交通事故による頭部外傷や脳血管障害などによる脳の障害により生じた、脳皮質機能の記憶、思考、理解、言語、判断などの機能障害」と捉えています。

(2) 問題点

 こうした高次脳機能障害を有する方に対する対応が難しい点は、記憶、注意力、思考等を含む認知・記憶障害や情緒・行動障害の症状は、
1.出現の仕方や程度が多様であること、
2.複合的に症状が現れること、
3.外見からは分かりにくいこと、
などの特徴があることと考えられます。
 この結果、こうした認知・記憶障害などについて、一般的に十分な理解や協力が得られにくく、医療関係者においてさえ、高次脳機能障害そのものの認知が必ずしも十分ではなく、高次脳機能障害に対する治療やリハビリテーションは、極めて限られた医療機関において行われていますが、一般的とはなっていないのが現状です。
 特に、高次脳機能障害の評価法やリハビリテーションのプログラムは、わが国においては、いくつかの実際に高次脳機能障害に取り組んでいる医療機関等において提唱されていますが、いまだ確立されていません。

(3) 保健福祉サービスの提供

 現在、こうした高次脳機能障害を有する方は、それぞれの障害の内容や程度に応じて、身体障害者福祉法や精神保健福祉法に基づいて、在宅あるいは施設における福祉サービスを利用できることとなっています。しかし実際は、必ずしも十分には高次脳機能障害を有する方のニーズに沿ったサービスが提供できていない状況にあります。
 たとえば、交通事故などによる後遺症を有する者のうち、肢体不自由や音声言語機能障害などの身体機能障害を有する方については、身体障害者福祉法などに基づいて、その方の障害の程度に応じて、
1.身体障害者療護施設などの施設サービス、
2.特殊寝台や入浴補助用具などの日常生活用具の給付、
3.ホームヘルパーの派遣やショートステイなどの在宅サービス、
などが利用できます。
 しかし、これら身体障害者福祉法に基づくサービスは、身体機能障害が認定をされ手帳を交付された方を対象としています。高次脳機能障害を有する方の多くは、肢体不自由などの身体機能障害を有していませんので、こうした福祉サービスを利用できない現状となっています。
 このような、身体機能障害がなく、認知・記憶障害や情緒・行動障害のみを有する方は、精神保健福祉法に基づいて、
1.精神障害者生活訓練施設やグループホームなどの施設サービス、
2.授産施設や精神障害者社会適応訓練事業などの社会復帰に向けてのサービス、
3.平成14年度からは、ホームヘルパーの派遣やショートステイなどの在宅サービス、
などが利用できることとなっています。
 しかし、こうした精神保健福祉サービスを利用しているのは、現在のところ、分裂病を中心とした精神疾患を有する方がほとんどであるために、サービスのプログラムが分裂病を中心として整備がなされています。したがって、高次脳機能障害を有する方が、こうした精神保健福祉サービスを利用する場合、高次脳機能障害特有の症状に対応したサービスが提供されるようにはなっていないのが現状です。
 こうした状況から、治療やリハビリテーションから社会復帰支援までを試行的に実施しながら、高次脳機能障害を有する方のニーズにかなったきめ細かなサービス体系を確立しようとする「モデル事業」を実施することとした。

3 モデル事業の概要

 「高次脳機能障害支援モデル事業」は、図1と図2に示しましたように、1.国立身体障害者リハビリテーションセンター(以下「国リハ」という)と2.全国で10か所のモデル事業を実施する都道府県等が指定する地方拠点病院(以下「拠点病院」という)において、それぞれが連携しながら、まず、治療、リハビリテーション、社会復帰などのための支援を試行的に実践し、症例を集積し、その症例を分析・検討することによって、高次脳機能障害の状態を評価するための「1.評価基準」を策定することとしています。さらに、その評価基準を用いて病状ごとに高次脳機能障害をいくつかのタイプに類型化を図って、それぞれのタイプに即した治療・リハビリテーションから就労までの具体的な「2.支援プログラム」の確立を図ることとしています。

図1 高次脳機能障害支援モデル事業の概要

拡大図
図1 高次脳機能障害支援モデル事業の概要

図2 モデル事業の実施体制

拡大図
図2 モデル事業の実施体制

(1) 国リハの事業内容

 具体的な、国リハの事業内容としては、
1.高次脳機能障害を有する方に、実際的に診断、治療を提供するとともに、作業療法士や理学療法士など専門職員による機能回復訓練や社会適応訓練を実施し、
2.また、拠点病院における症例に関する情報を集約するための「地方拠点病院等連絡協議会」を設けて、そこで具体的な「評価基準」や「支援プログラム」を検討する、
こととしています。
 平成13年6月に「地方拠点病院等連絡協議会」を立ち上げて、その中に「評価基準作業班」、「訓練プログラム作業班」、「社会復帰・生活・介護支援作業班」、および各作業班を連絡調整する「合同作業班」を設けています。そして、それぞれの作業班において集積すべき症例の対象やデータ・ファイルの項目などモデル事業の実施方法の検討を行って、すでに症例を収集する作業を行っています。

(2) 都道府県等の実施する事業内容

 都道府県等における事業の内容としては、
1.高次脳機能障害に積極的に取り組んでいる病院を拠点病院に指定し、そこで、実際的に診断、治療を提供するとともに、作業療法士や理学療法士など専門職員による機能回復訓練や社会適応訓練を実施し、
2.高次脳機能障害を有する者の治療やリハビリテーション、社会復帰にかかわる関係者で構成される「連絡調整委員会」を設置し、
3.また、拠点病院に、授産施設や社会復帰施設など福祉関係機関や家族との間の連絡調整を行う「連絡調整員」を配置し、
4.さらに、具体的な「評価基準」と「支援プログラム」を検討するために、「地方拠点病院等連絡協議会」に参画して、症例などの情報を報告する、
こととしています。
 事業を実施する道府県等と拠点病院は、表1に示したように、それぞれ10か所と11か所となっています。

表1 モデル事業を実施する道府県等および拠点病院


4 おわりに

 この事業の計画としては、3年程度をめどとして、具体的な「評価基準」とそれに基づく「支援プログラム」を確立することを考えています。
 その成果としては、たとえば、身近な地域の医療機関等においても、策定された「評価基準」を用いて、高次脳機能障害を有する者の出現する症状やその程度に応じて、最も適した訓練プログラムに基づくサービスを提供することができ、また、精神障害者社会復帰施設等、地域における保健福祉資源を活用することによって、高次脳機能障害を有する方に特有のニーズに沿った社会復帰支援や生活・介護支援のプログラムに基づくサービスを提供できることになるものと思われます。
 このような成果は、高次脳機能障害に直接的にかかわる医療や福祉などの分野の関係者のみならず、広く一般にもこの事業の成果について普及啓発を行い、さらに必要な体制整備等については一般施策として検討していきたいと考えています。

(しげとうかずひろ 厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部企画課)

道府県等 拠点病院
北海道
札幌市
北海道大学医学部附属病院
宮城県 東北厚生年金病院
埼玉県 埼玉県総合リハビリテーションセンター
千葉県 千葉リハビリテーションセンター
神奈川県 神奈川県総合リハビリテーションセンター
名古屋市 名古屋市総合リハビリテーションセンター
三重県 松坂中央総合病院
藤田保健衛生大学七栗サナトリウムリハビリテーションセンター
岐阜県 特定医療法人厚生会木沢記念病院
大阪府 大阪府立身体障害者福祉センター付属病院
福岡県 久留米大学医学部附属病院