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高次脳機能障害者支援
─技術的側面からの取り組み状況─

長岡正範

 高次脳機能障害についての関心が深まっています。では、高次脳機能障害とはどのようなものでしょうか。実は、高次脳機能障害はその話をする人の立場によって、中心となる関心が異なっているようです。古典的には、失語症、失行症、失認症といった大脳皮質(外側)の一部が担う機能の障害をさしていました。
 リハビリテーションの分野では、マヒや感覚障害など身体症状は比較的軽度ですが、記憶障害、注意障害、感情のコントロールができない情緒障害、遂行機能障害等の後遺障害をもつ障害者があり、行動面での障害が中心で、対人関係を含めた社会適応に問題が多く見られることが、最近特に注目されています。このような場合に高次脳機能障害と呼ばれることが多いようです。もちろん、身体症状が強いからといって除外されるものではありません。似た言葉に高次大脳機能、脳高次機能、高次機能といった呼び方があります。
 脳のどのような働きが高次脳機能に当たるのでしょうか。人間が人間として社会の中で生きてゆく際に、必要な機能を時実利彦先生は次のようにまとめています。
 健康であること(生きていること)、食べること、交わること、群がること、肌をふれあうこと、怒ること・恐れること、感覚すること・認識すること、手を使うこと、記憶すること、学習すること、考えること・書くこと、意志すること、創造すること、喜ぶこと・悲しむこと、ことばを話すこと、歌うこと・踊ること、笑うこと・泣くこと、時間を体験すること、生へ執着すること、争うこと・殺すこと、気にすること・心配すること、遊ぶこと、眠ること、夢みること、非合理的存在であること、いのちを尊ぶこと、人間であること、などです。
 前半は、動物として生きるために必要なもの、中間はたくましく生きるために必要なもの、後半はよりよく生きるために必要なものと考えられています(表)。これらの機能のうち、生きる、食べるなどは人間でも生後直ちに働き始めますが、後半のよりよく生きることは我々が両親、学校の先生、友人や周囲との交わりなどを通じて生まれた後10年以上をかけてやっと身に付けるものです。また、人間のめざす達成目標は決まったものではなく、人によって異なります。そのため失敗や不幸を勉強や仕事という遊びに切り替えてよりよく生きる人もいれば、くよくよ考えつづける人もいます。これは人一人ひとりの性格や人柄の元になっていることでしょう。

表 生の営み(時実利彦、1970改変)

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表 生の営み(時実利彦、1970改変)

 高次脳機能といわれるものは、このようにあげられた特徴のうち、生物学的に重要であまり学習せずに実行できるもの以外のすべてをさすのでしょう。とすると、さまざまな病気やけがで脳の損傷を負ってよりよく生きるための能力が損なわれた場合、人間として大きなものを失うことになります。一般に、私たちは、ある人がどのような人なのか、付き合ってみなければ分かりません。これと同じように、外傷性脳損傷や脳の広汎な病気になられた方が、どのような高次脳機能が障害されたのかは、見ただけでは分からないことは想像していただけるでしょう。
 実際に、どのような問題が起こるのか考えてみましょう。
Aさん 26歳 男性
 平成10年10月オートバイを運転中に乗用車と衝突し、多発性骨折と頭部外傷を負いました。救急病院に入院し頭部の血腫を取り除く手術を受け、呼吸管理のための人工呼吸器も使いました。2週間程意識のない状態が続き、その後次第に意識は回復しました。左にマヒが残り、初めは立位や歩行ができませんでしたが、約1か月の訓練により一人で歩ける程度にマヒが回復しました。救急病院の主治医からは、マヒが回復したので退院してよいと言われ自宅に戻りました。当初は生命の危険があると説明されていましたので、両親はともかく無事に退院できたことを喜んでいました。
 受傷前、Aさんは飲食店の店長として働いていました。仕事場に出るとすぐに問題が起こりました。客の注文を間違える、つまらないことで客や従業員とけんかをする、店で使う材料や物品を不足しないように注文することができなくなってしまったなどがあり、トラブルで従業員も辞めてしまうため、会社からしばらく休養するように言われてしまいました。Aさん自身は納得できず従わないため、会社の社長さんに両親が呼ばれて説得するように頼まれました。両親はびっくりしてもとの病院にAさんを連れて受診をし、主治医に相談しました。主治医は、体の機能はすっかり回復しており問題ないはずと言います。
 Aさんは行くところがなくなってしまい、毎日家にいますが、ちょっとした言葉に激昂して家具や食器を壊し、両親を叩くことすらあります。この状態に困った両親が、Aさんをリハビリテーション病院に連れてきました。
 診察では、受け答えははっきりしています。長谷川式簡易知能検査は30点中23点ですが、一度覚えたことを時間がたってから思い出すことができません。会話は問題がありません。左の握力が若干弱いものの、訓練を行うようなマヒは現在はないようです。診察が終わり、部屋を出てゆく際に、お母さんが医師に何か伝えようとしたところ、Aさんは怒りはじめ、待合室でも大きな声でお母さんを怒鳴っていました。ご家族は、Aさんが以前はやさしい、穏やかな人柄であったのに、変化に困惑しています。
 その後、何日間か通院してリハチームの各専門職による評価を受けました。次のような結果でした。
 (注意障害)─どの作業でも、5分くらいしか熱中できない。そばに人がいたりするとそちらが気になって仕方がない。
 (遂行機能障害)─大きさの異なる手紙を、別々の封筒に入れるような課題は、非常に時間がかかってしまう。
 (記憶障害)─記憶に関しては、受傷前のことはよく覚えている。自分がどのくらい店に貢献していたかを得意に話してくれる。しかし、受傷後の記憶はあいまいで、現在でも食事の内容を正確に思い出すことができず、急な予定変更はメモ帳に記載しない限りは対応ができない。
 (知的機能低下)─計算力が低下し、簡単な乗除算に時間がかかり間違いが多い。
 (感情障害)─感情のコントロールができない。
 (自己中心的)─グループの中で意見を述べるような場面では、相手の意見を全く否定し、自分の意見だけを述べる。
 (病態認識の欠如)─評価を通じて、自分が現在休職させられていることは不当な扱いと感じており、特別に病院に通院して治療してもらうことは何もないと表明していた。メモ帳の利用も、Aさん自身はその必要性を認めてはいない。
 Aさんの事例から次のようなことが分かります。
(1)何か変だが、手足のマヒのように外からは見えない。従って、救急病院の主治医のように何も問題はないようだと言われてしまう。
(2)さまざまな角度から評価をしてみて初めて、注意障害、遂行機能障害、記憶障害、知的機能低下、感情障害、性格変化、病態認識の欠如などの用語で表される症状をもつことが分かりました。
(3)仮に、家族、救急病院の主治医が何か問題はありそうと感じたとしても、どのようなところに相談に行ったらよいか、情報が乏しい。
(4)リハビリテーション病院の受診をきっかけに、外来訓練を受けることができるようになりました。記憶障害は手帳を利用することを学習し、完全ではありませんが、訓練に遅れたり違う日に来院したりすることは少なくなりました。以前より、切れなくなり、グループでのディスカッションも周囲の人がAさんのことを理解し、もめごとも少なくなりました。Aさんは早く会社に戻りたいと言っていますので、今後、延々と外来訓練を継続することはできそうにありません。
 以上のことからわかってきたことは、マヒが比較的早期に回復したのに比べると経過が長いこと、障害の内容が漠然として外から観察しにくいことなどです。
 私たちはAさんのような例を通じた経験から、本モデル事業で、次のような対応をとろうと考えています。
(1)外傷性脳損傷、脳血管障害などを原因として起こる高次脳機能障害について、登録システムを作ります。
(2)登録された方々が現在、どのようなサービスを受けておられるかの調査を行います。
(3)モデル事業に参加する道府県によっては、それぞれの地方における高次脳機能障害の実態調査を行います。
(4)登録データをもとに診断・評価方法を検討します。これは高次脳機能障害の内容をどう整理するか、それをどのように診断するかということです。
(5)障害をもった方々が、どのような医療、コミュニティーでのサービスを受けておられるか、その経過で障害の内容が、家族や地域が必要とするニーズがどのように変化するのかを、データベースをもとに検討することで、今後どのようなサービスを組み合わせていくと効果が得られるかが分かるでしょう。
(6)この過程で、どのような職種が関与しているか、あるいは、関与する必要があるのかについても分かります。
(7)情報を広く伝える手段を構築する必要があります。
(8)関連する職種、施設で働く方々に研修を通じて共通の理解や技術を持っていただくことも必要でしょう。
 このようなことを3年間で実施していきます。これまで、病院、地域のサービスの中で孤立したケアを受けておられた高次脳機能障害をもった方々に、そのときどきに必要なケアを連続して提供できるような仕組みを構築することが、このモデル事業のめざすリハビリテーションプログラムになります。連続したケアという点で、10年以上前にオーストラリアで報告された図が参考になります(図)。図は外傷性脳損傷のモデルですが、わが国にある医療、社会的サービスを活用してここに示すようなサービスの連続性が確立されれば、他の高次脳機能障害をもつ人々にとっても有効に利用されると考えます。あるいは、原因によっては多少の変更を加える必要があるかもしれませんが、それは今後の問題でしょう。

図 連続したケアの提供を説明する図(文献2から引用、改変)

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図 連続したケアの提供を説明する図(文献2から引用、改変)

文献2から引用。ここに記された施設はわが国にはないもの、絶対数の少ないものもあります。コミュニティーに生活していて受傷した方が、何とか生存された場合、外傷センターから反時計回りに経過をたどります。太い矢印は患者さんにとって好ましい経路を示します。それぞれの方の受傷からの時期、状態によって、外来訓練、長期の医療的管理、職業リハビリテーション、精神科リハビリテーションを受ける場合などがあります。最終的には、施設による対応を余儀なくされる場合もあるでしょう。いずれにしてもわが国で利用できるサービス体系を用いてあらゆる場合をカバーする仕組みを構築すること、適切にそのなかに組み込むことが大切です。外傷性脳損傷以外の原因によるものでは、利用サービスの種類に違いがあるかもしれませんが、さまざまなサービスを組み合わせて、長期間をカバーする仕組みを構築するという点では目標は同じです。

(ながおかまさのり 国立身体障害者リハビリテーションセンター病院診療部長)


【引用文献】

1.時実利彦『人間であること』岩波新書、1970
2.DC Burke:Planning of a system of care for head injuries. Brain Injury 1:189-198,1987