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北米における権利擁護とサービスの質に関するシステム 連載26

日本における「障害のある人に対する差別を禁止する法律(JDA)」の制定に向けて
その3

北野誠一

はじめに

 アメリカの司法省が出しているADAに関する現況報告の中で、最も著名なのが、季刊の“Enforcing the ADA”(ADAの強制力をもった実施)である。タイトルからも分かるように、ADAのような差別禁止法の場合は、差別の禁止を法的強制力をもって実施することが最も必要とされる。なぜなら自然発生的に起こる差別に対して、一般的な啓発教育や市民の善意の活動に委ねるだけでは、埒(らち)があかないからである。
 しかし一方で、市民の自由な活動をできる限り制約しない方法でそれを実施しないことには、市民的合意が得られないばかりか、非常に統制的な社会となってしまう。さらに何が差別にあたるのかを市民にできる限り明確にして、それをすることが障害者の人権を侵害するだけでなく、反社会的な行動であることが、社会的に合意される必要がある。とりわけ障害者に対する差別禁止の難しさは、意図的な差別ばかりでなく、合理的配慮義務を知らずに怠ることが差別にあたることもあり、どこまでが差別であるのかを明確にするとともに、そのことを法的強制力をもって義務づける必要がある。
 その理由は三つある。
 一つは合理的配慮については、それを市民の善意に委ねていては極めて長い年月を要してしまい、障害者の市民としての社会参加は遅々として進まないからである。
 二つ目は、一つのバリアや一つの配慮義務違反が、障害者の当たり前に連続している日常生活にとっては、命取りになりかねないからである。100のうち99がうまくいっていても、1か所で立ち往生ということは十分想定されるからである。
 三つ目は配慮義務を怠る者を罰しなければ、義務を遂行する者が損をする可能性が出てくるからである。負担を必要とする場合には、関係機関のすべてが応分の負担をすべきであって、一部の身勝手を許してはならないのである。
 実はADAにおいても、このenforcement(強制力をもった実施)には非常に苦労しており、全米障害者評議会(NCD)は「守られるべき約束―連邦政府によるADA施行の10年」において、ADAの強制力の現状に対して非常に厳しい評価を下している。私たちはここまでADA第1条雇用においては、EEOC(平等雇用機会委員会)、第2章公共サービス、第3章民間サービスにおいては、DOJ(連邦司法省)がさまざまな方法を用いて差別禁止に強制力ある実施を行っていることを見てきた。
 そこで今回は、このEnforcement(強制力をもった実施)の諸方法について概括し、最後にMediation(第三者調停)とその評価について考察しておきたいと思う。考察にあたっては、まずはDOJの季刊の現況報告書“Enforcing the ADA”の2000年10月~12月号を使用して(注1)、強制力のある実施の全体像をつかんでおきたいと思う。実はこの報告書は、3か月間の主なトピックスを最も強制力の強いものから順に扱っている。つまり、
1.ADA Litigation ADA訴訟
2.Formal Settlement 公式の和解(協定)
3.Other Settlement その他の和解(協定)
4.Mediation 第三者調停
5.Technical Assistance 技術上の支援
6.Other Sources of ADA information ADAのその他の情報源
という順に、それぞれの主なケースを取り上げているので、この順に見ておきたいと思う。

1.訴訟

 訴訟の前に次のような説明がなされている。「訴訟やフォーマル・インフォーマルな和解協定を通じて司法省は多くの事例において障害者の多大なアクセスを達成してきた。連邦政府の訴訟に関する一般的ルールに基づいて、司法省は交渉による和解にむけた取り組みが不成立に終わるまで、訴訟という手段はとらない」。
 そして訴訟に関しては「司法省はADAを強制的に実施するために、連邦裁判所において訴訟を起こし、差別是正のための損害賠償やバックペイを含む強制命令を勝ち取る場合がある。ADA第3章においては、司法省は最初の違法行為については5万5000ドル、それを超えた違法行為については11万ドルまでの罰金を科すことができる」と説明している(ただし、ここでいう罰金には損害賠償や懲罰的損害賠償は含まれない。連載18にもあるように、50万ドルを超える懲罰的損害賠償を原告に対して支払い、連邦政府に1万ドルの罰金を支払うような事例も存在する)。
 訴訟については1.判決(例)、2.新規の訴訟(例)、3.裁判上の和解(判決に至る前に双方の合意に基づいてなされる和解、それが誠実に実施されるかどうかは、連邦裁判所が責任と強制力をもってモニターする)、4.法定助言者〔アミカス〕(社会的にインパクトの強い重要な裁判ケースにおいて、ADAの解釈について裁判所に強い影響を与えるために、裁判所に意見を提出する第三者になること)のそれぞれについて、3か月間の全米の主要なケースが出されているので、ここではそれぞれについていくつか見ておきたいと思う。

1.判決

〔事例1〕
 手話通訳がなかったために、聴覚障害の夫婦が、妊娠中の糖尿病によっておこる合併症や食事制限等について、産婦人科医とコミュニケーションが取れなかったことを訴えたケース。マイン連邦地方裁判所の陪審員はWemen’Care Associationに6万ドルの損害賠償を科した。

2.新規の訴訟ケース

〔事例2〕
 マサチューセッツ連邦地方裁判所の連邦検察官は、Hoyts CinemasとNational Amusementsという二つのスタジアム形式の全米映画館チェーンをADA第3章違反で訴えた。車いす障害者の観客席が前の方のスロープ席に固定されていて、他の客と比べて極めて不平等な状態にあり、スタジアム形式の映画館の体験を楽しむ機会が平等に保障されていないことが、その訴えの理由である。

3.裁判上の和解

〔事例3〕
 これは司法省の最初の車いす対応バスサービスに関する訴訟の事例であり、裁判上の和解となった。これはもともと、2人の車いす利用者がコロラド州Steamboat Spring市を訴えたケースを司法省が引き継いだものである。和解内容の主なものは、
●2台のアクセシブルなミニバスを借りることによって、現在のアクセシブルでないものに変えて市の定期路線に使用する。
●車いすリフトのメンテナンスプログラムを実施し、職員が車いすリフトを正しく操作・維持できるようトレーニングする。
●もとの原告2人に1万2250ドルを損害賠償する。
〔事例4〕
 オクラホマ州Tulsa市の民間の神経外科グループNSIが、HIV患者に対して、手術が可能であるにもかかわらず、それを拒否したことについて、司法省はそれをADA第3章違反で訴え、4万ドルの損害賠償と1万ドルの罰金を勝ち取った。

4.法定助言者〔アミカス〕

〔事例5〕
 テネシー州の連邦地方裁判所はテネシー州の法律が精神障害の人が警察官になることを認めないことは、ADA第1章違反であるとして訴えたケースに、法定助言者として介入した。それはこの州法が、本人の必須職務遂行能力を個別にアセスメントすることなく、自動的にDSM-4にリストされている精神障害者をすべて一律に排除することが、ADA違反だと想定されたからである。
〔事例6〕
 司法省は、アメリカ領海で客を乗せてクルージングする場合には、この事例のようなノルウェーのクルーズ船であっても、移動制約者に対して、ADAに基づいて、容易に達成可能なバリア除去を求めるように、法定助言者として裁判に介入した。

2.公式の和解(協定)

 公式の和解とは、司法省の調査システムが調査するとともに、正式に和解調停を行い、両者がそれに従って協定書を作成した場合を言う。
〔事例7〕
 司法省はこれまでの22市町村に加えて、カンザス州Dodge市やオハイオ州Cambridge市等の五つの市町村と、包括的な市民アクセスプロジェクトの和解協定を締結した。プロジェクトの主要な中身は、市役所・裁判所・図書館・投票所・警察・消防署・公園・保健所・児童センター・高齢者センター・スタジアム・公営プール・公営グランド等をバリアフリーにするとともに、手話通訳等の補助システムを提供することを義務づけたことである。

3.その他の和解(協定)

 その他の和解とは、正式の調査に基づく和解調停の以前になされた和解等である。

〔事例8〕
 メリーランド州の婦人服の小売店では、二つの試着室をひとつにして、車いす障害者でもアクセシブルで操作しやすいスペースに変え、使いやすい棚、衣服かけ、ドアミラー等の工夫を行った。

4.Mediation(第三者調停)

 MediationについてのEnforcing the ADAの説明は以下の通りである。「司法省との契約のもとで、Key Bridge財団が、ADAについてのトレーニングされた専門的なメディエイターによる第三者調停のために、ADA第2章および第3章の不服申し立ての紹介を受託している。障害者や障害者団体が不服申し立てを第三者調停に依頼する数が増えている。アメリカ全土の450人以上の専門的メディエイターが、ADAケースの第三者調停のために活用できる。第三者調停を終えたケースの80%以上が成功裡に解決している。」
 その例としては、
〔事例9〕
 ニューヨーク州のある障害者活動家が、町役場のミーティングルームと事務所が2階にあって、階段を使えない人にはアクセシブルではないと訴えたところ、町役場はエレベーターをつけることに合意した。
〔事例10〕
 ペンシルバニア州では、車いす使用者がある店のトイレがアクセシブルでないと訴えた。店は本人との第三者調停に基づいて、新しいアクセシブルなトイレをADAに適合する形で設置した。

5.Mediationの評価について

 最後にMediation(第三者調停)についての評価を考察してみたいと思う。
 Mediationについては、EEOCとDOJにMediationがあり、EEOCについては外部の調査者に評価を委託しており、その報告書(注2)も出ている。そこでまずEEOCおよびDOJのMediationについての公式見解を一瞥(いちべつ)し、次にEEOCのMediationに対する評価報告書を考察し、最後に全米障害者評議会(NCD)のMediationに対する評価を見ておきたいと思う。

1.EEOC、DOJの公式見解

 EEOC、DOJともにMediationを非常に高く評価している。たとえばEEOCは、Mediationの利点を五つ挙げている。
a.時間と費用のかかる調査を避けることによって、大幅に費用と時間を節約できること。多くのクライエントは1回きりで、1時間から5時間で終わる。
b.両者に利害をもたない中立公正なシステムであること。
c.守秘義務があり、録音もされず、終わればメモも記録も消去されること。
d.和解調停の中身のために、被告がADA違反として法に問われることがないこと。
e.不必要で、長期にわたる訴訟を回避できること。
 DOJは、それに次の二つの利点を追加している。
f.Mediationはそれがうまくいかなくても、公式の調査を依頼できるし、さらに裁判をおこすことも可能であること。つまりMediationは最終手段ではなく、使える有効な一つの手段であること。
g.公式の調査や訴訟とは違って、相手方との関係を敵対的な関係にしてしまわないこと。そのために本人が雇用されている最中であったり、関係者の一員の場合にはMediationを用いることが賢明である。

2.EEOCの外部委託調査報告書の見解

 EEOCのMediationにおける障害者関係ケースは22.3%であり、この報告書でもほぼ4分の1が障害者関係のケースである。
 さてこの報告書は、かなり詳細な報告書であるが、何ともオプティミスティックなものである。それは始めからMediationを高く評価することを意図して調査したのではないかとすら思われる。それでも非常に重要な情報がいくつかもたらされている。
 まずEEOCは不服申し立てを三つに分類しており、そのうち分類BのみをMediationの対象としていること。
 分類Aは、ADA法違反の合理的な根拠がかなり明確であり、パターン化された、あるいは構造化された問題が存在しているケース。
 分類Bは、調査の結果によっては、メリットの可能性があり得るケース。
 分類Cは、調査をするメリットが一見感じられないケース。
 かなり明白なADA違反のケースやパターン化された、あるいは構造化された問題が存在するケースにおいては、Mediationのように個別の問題の修復だけでなく、システムそのものにメスを入れる必要があり、今後そのようなことを起こさせないための、厳しい懲罰的賠償金や罰金等が必要となる。
 そのことが逆に、Mediationの弱点なのである。NCDの報告書も述べているように、Mediationが個別の問題の修復だけに偏りがちで、システムそのものにメスが入らないだけでなく、個別の修復においてもわずかな賠償金のために、とても一罰百戒的効果のないものにとどまってしまう。そのこともあって、EEOCが不服申し立てを分類化して、A分類はMediationの対象としていないのは当然である。DOJのケースにおいても、そのような明確化が最低必要と思われる。

(きたのせいいち 桃山学院大学)


(注1)

Enforcing the ADA “A Status Report from the Department of Justice October - December 2000”(US Department of Justice 2000)

(注2)

Dr.McDermott etc. “An Evaluation of the EEOC Mediation Program”(EEOC Order No.9 2000)