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「環境因子」とその活用

佐藤久夫

環境因子の導入とその背景

 1980年のWHO国際障害分類(ICIDH)の意義は、障害を3次元でとらえたこと、なかでも社会的レベルの障害(社会的不利、ハンディキャップ)を認知したことであるが、2001年の国際生活機能分類(ICF)の最大の意義は、障害を人間と環境との相互作用の下で理解することとした点であろう。障害は、三つの次元からなる人間の生活機能が、一方では病気・けが・加齢などの健康状態の影響を受け、他方では環境(特に阻害因子)の影響を受けて生まれたものと見る。

 1980年のICIDHの概念図(図1参照)には「環境」は描かれていなかった。文章ではハンディキャップの発生には環境が重要な役割を果たすと説明されてはいたが、図には表現されていなかった。このためにICIDHはハンディキャップをもっぱら能力障害や機能障害の結果とする医学モデルだと批判されることになった。

図1 ICIDH:WHO国際障害分類(1980)の障害構造モデル
テキスト
図 障害構造モデル

 車いす利用者をイメージした国際(アクセス)シンボルマークは、国際リハビリテーション協会(RI)がすでに1969年に提唱していたが、世界で本格的にノーマライゼーションの理念が普及するのは1981年の国際障害者年以降であり、ICIDHでの環境の「軽視」にはやむを得ない面があった。
 従ってICFの図(構成要素間の相互作用、図2参照)に環境が位置づけられるのは1990年から始まった改定作業の当初からの予定であった。やがて付属資料として環境の分類も用意しようということになり、最終的には環境因子分類はICFの本体部分に入った。

図2 ICF:国際生活機能分類(2001)の生活機能構造モデル
テキスト
図 生活機能構造モデル

環境因子とその分類

 ICFでは「環境因子」は「人々が生活し、人生を送っている物的な環境や社会的環境、人々の社会的な態度による環境を構成する因子のことである」と定義される。その特徴として「この因子は個人の外部にあり、その人の社会の一員としての実行状況、その人の課題遂行能力、またはその人の心身機能・構造に対して、肯定的な影響または否定的な影響を及ぼしうる」と説明される。つまり環境因子には物理的・社会的・態度的なすべての環境が含まれ、生活機能と障害の3次元すべてに影響し、その影響にはプラスとマイナスの両方があるとする。
 なお、性別や年齢などの「個人因子」とともに、「環境因子」は「背景因子」を構成するとされる。
 環境因子分類は五つの第1レベル分類、74の第2レベル分類、その他第3レベル分類を合わせて、251項目からなる。表1に第1レベル分類と、一部の第2レベル項目とを掲げた。かなり詳しいようにも思われるが、よくみるとそうでもない。たとえば第3レベルの項目に「e1200 個人的な屋内外の移動と交通のための汎用的な生産品と用具」があり、ここにはバス、電車、自動車、飛行機、馬車、自転車、船などすべて含まれる。あまり細かい区分にすると世界各国で使える共通の分類とならない、というのが理由とされている。もちろん、利用者が独自に第4レベルの分類を作って、e12001 自動車、e12002 バス、などとすることもできる。

表1 環境因子分類(第1レベルと第2レベルの一部)

第1レベル 第2レベルの一部
第1章 生産品と用具 e110 個人消費用の生産品や物質
e125 コミュニケーション用の生産品と用具
e135 仕事用の生産品と用具
第2章 自然環境と人間がもたらした環境変化 e210 自然地理
e225 気候
e240 光
第3章 支持と関係 e310 家族
e320 友人
e330 権限をもつ立場にある人々
第4章 態度 e420 友人の態度
e460 社会的態度
e465 社会的規範・慣行・イデオロギー
第5章 サービス・制度・政策 e525 住宅供給サービス・制度・政策
e570 社会保障のサービス・制度・政策
e585 教育と訓練のサービス・制度・政策
e595 政治的サービス・制度・政策

環境因子の活用

 生活機能と障害の評価と同様、環境因子を評価する際にも評価点が使われる。ただし、この場合にはプラス(促進因子)かマイナス(阻害因子)かということも評価される(表2)。一番基本的な使い方は、その人の個々の生活機能項目ごとにどの環境因子が阻害因子となっているか、促進因子となっているかを記述することであろう。メガネという「高度の促進因子」により「注意してみること」や「読むこと」などの活動が可能になっているとか、上司の理解不足という「中等度の阻害因子」により休みがとりにくい、など。あるいは集団としての障害者(あるいは視覚障害者という特定集団など)を想定して、その都市の環境を総合的に評価したり、A町とB市を比較することもできる。

表2 環境因子の評価点

exxx+0
exxx+1
exxx+2
exxx+3
exxx+4
促進因子なし
軽度の促進因子
中程度の促進因子
高度の促進因子
完全な促進因子
exxx+8 詳細不明の促進因子
exxx.0
exxx.1
exxx.2
exxx.3
exxx.4
阻害因子なし
軽度の阻害因子
中程度の阻害因子
重度の阻害因子
完全な阻害因子
exxx.8 詳細不明の阻害因子
exxx.9 非該当

 以上は「環境因子分類」と「評価点」の活用といえるが、概念モデルとしての「環境」を活用することもできる。
 たとえば、環境(E)を心身機能(B)に合わせて工夫し、主体的な活動(A)を促すことの重要性を佐島毅氏は強調する(佐島毅「みる・みえる・わかる(子どもの見る力)」、第43回日精研春季講座、2002年3月27日での講義)。
 たとえば学校体育で使われている「逆上がり補助具」がもし昔あれば、自分にも小学校低学年のうちにできたはずで、もっと自信を持って小学校時代を送れただろうという。佐島氏は、視覚情報の取り込みが著しく困難な視覚・知的重複障害児が、光覚は生きていることに注目して光を使った遊具を開発、それまではさせてもらう遊びしかできなかったのに視覚を活用して自分でする遊びができるようになったという。「感覚の間口」を知り、対応するE(教具)を用意するのである。重い障害児の場合、普通視力を前提とした教具やプログラムでは参加できず、すぐ飽きて「落ち着きのない子」とレッテルを貼られてしまう。みんなと輪になってもすぐそこを離れる子が、実は輪の反対側にいる先生の顔が見えないので不安となり、先生のほうへ歩いていってしまうこともあるという。
 Bを把握して、その間口にあったE(教具)を用意、主体的なA(これはすでに参加(P)か?)が可能となり、Aがのび、自信(主観・主体)が育つのである。
 Aの障害(活動制限)をEによって補い、Pを高めることももちろん重要なアプローチである。ノーマライゼーション、ユニバーサルデザイン、機会均等化、差別禁止と権利擁護、地域で普通に暮らす、社会参加など、近年の理念やスローガンの発展は、取り組みの焦点が本人を変えることから、環境を変えることへと向いてきたことを示す。いぜんとして病気や障害の治療への努力は重要だが、同時に、環境を変える取り組みをより重視すべき時代となってきた。ますます環境に焦点を当てた研究と実践が重要となりつつある。

(さとうひさお 日本社会事業大学)


【参考文献】
厚生労働省訳「国際生活機能分類―国際障害分類改訂版―」中央法規出版、2002年