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「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律案」
ができるまでの一断面

衆議院議員 熊代昭彦

1 序

 「心神喪失者等の触法及び精神医療に関するPT(プロジェクトチーム)」の座長に指名された私は、平成13年6月29日に第1回PTを開催した。当時私は自民党政務調査会副会長で法務部会担当であった。自民党法務部会長は佐藤剛男衆議院議員で、与党の「心神喪失者等の触法及び精神医療に関するPT」の座長も彼であった。従って与党のPTの検討状況は本来は彼が執筆すべきであるが、多忙だからと私に依頼があったので、与党PTは自民党PTの報告書を下敷きにして議論を展開し、結論を得たとの勝手な推測の下に、自民党PTでの綿密な議論の一断面をご報告することでお許しをいただきたいと思う。

2 検討の経過

 このPTが設置された直接のきっかけは、池田小学校における事件であった。しかし、宅間容疑者は、その後、責任能力ありとの判断の下に裁判に付されることとなった。従って、このPTは宅間事件とは一応関係のない形で30年来の懸案事項に本格的に取り組むこととなった。このPTの検討の経過は、「心神喪失者等の触法及び精神医療に関する施策の改革について」と題する自民党PTの報告書(平成13年11月9日付け)に詳しく書いてあるので参照していただきたい(私の次のHPにも全文が掲載されている。http://www2u.biglobe.ne.jp/~AKICHAN/011030z.htm)。これを読んでいただければ、後は、若干の補足をさせていただくだけで十分だと思われる。
 自民党PTは10回の会合を重ね、この間、有識者並びに関係者からのヒアリングも実施し、広く衆知を集約した。最初に議論したことは、施策の改革の対象を触法心神喪失者等の施策に限定するか、精神医療に関する施策の改革も含むかについてであった。両論とも相譲らない勢いであったので、座長の私の判断で精神医療に関する施策の改革も含んで議論することにした。

3 自民党PT報告の内容

(1)基本的認識

 まず初めに、約30年前にこの問題を取り上げ、結局法律改正に至らなかった失敗の歴史の反省のうえに立って、報告には我々がこの問題をどういった哲学、人生観そして現状認識で取り上げ、考えるかをはっきりと宣言し、理解を得るために冒頭に基本的認識を書き込むことにした。私が特に意識したことは、「すべての人の人権を大切にする」という基本の基本に徹することで、その思いを込めて基本認識を書いた。その原文を下に記す。

ア 精神障害者は、我々の社会の大切な構成員である。精神障害者の犯罪率は、社会全体の犯罪率に比べ、かなり高いのではないかと一般に漠然と考えられているが、その認識は正確な資料によって改められる必要がある。また、精神障害者対策の現状を見るとき、精神障害者のための医療及び医薬品の研究開発、医療及び福祉の充実並びにノーマライゼーションのための施策の抜本的改革を図ることが急務であると言わなければならない。

イ 一方、今回検討した触法心神喪失者及び心神耗弱者(以下「心神喪失者等」という)の問題は、殺人等の重大な犯罪行為をした者の処遇に関する問題であり、普通の生活を送っている精神障害者の問題と混同して議論する事は厳に慎まなければならないものである。 

ウ 本PTはこのような基本認識に立って、まず触法心神喪失者等の処遇の改革について取り上げ、並行して精神障害者対策の改革についても検討した。

(2)触法心神喪失者等の処遇の改革について

 前記のような基本的認識に立つとき触法心神喪失者等の処遇の改革について、通り一遍に改革案を列記するだけでは済まされないというのが我々の気持ちであった。そこで、問題点の指摘を綿密にして世論にしっかりと訴えたうえで具体的な対策を提言することにした。問題点としては次のような指摘をした。

ア 問題点

(ア)重大な犯罪行為を行った心神喪失者等の処遇について、裁判所の判断がなされていない。これについては、加害者となった精神障害者の側からも自分の裁判を受ける権利を奪わないでほしいとの声が出されている。

(イ)医師の鑑定のあり方に疑問が抱かれている。

(ウ)触法心神喪失者が一般の措置入院制度で処遇されている。

(エ)心神喪失で無罪の場合に、それに変わる措置が定められてない。

(オ)退院後のシステムが確立されていない。すなわち、退院後にも適切な医療を継続する必要がある場合に、通院医療を確実に継続させるシステムが確立されていない。

イ 改革案

 刑法や刑事訴訟法の改正も検討したが、それでは我々の問題意識を十分法案に取り込むことは難しいので、結局より広範に種々の対策を書き込むことができる、次のような内容の新法の制定を提言することにした。

(ア)「治療措置(仮称)」制度の創設

 重大犯罪行為をした者を心神喪失等のみの理由で不起訴にしているケースはすべて起訴して裁判官の判断を仰ぐよう制度改正すべきとの強い意見もあり、傾聴に値するが、起訴便宜主義と起訴法定主義の二者択一の立場を取るよりも、第三の道として「治療措置(仮称)申し立て制度」を創設すべきである(与党PTは、この仮称に替えて「処遇の決定」を申し立てるものとし、法案でもそれが採用されている)。

1.治療措置申し立て制度の概要
a 検察官は、重大な犯罪行為をした者について心神喪失等と認め、不起訴処分にした時は、地方裁判所(全国50か所)に治療措置の決定を申し立てる。

b 地方裁判所に治療措置判定機関(以下「判定機関」という)を置き、治療措置を決定する。

c 一定の範囲内で被害者またはその遺族に、判定機関はその審議を傍聴することを許可することができる。

d 治療措置は、専門治療施設への入院または保護観察下の通院とする。

e 判定機関は裁判官を長とし、精神科医のほか、精神保健福祉士等の精神医療関係者で構成する(自民党PT案と与党PT案の唯一の実質的違いはこの点である。自民党PTは裁判官を判定機関の長として、最終責任を負わせることにしたが、与党PTは長を決めず、判定機関は合議制で全員が最終責任を負うこととした。これを受けて法案は、「1人の裁判官及び1人の精神保健審判員(精神保健判定医)の合議体で処遇事件を取り扱うもの」とした)。

f 専門治療施設(法案では、「指定入院医療機関」)は国公立病院の中に設ける。

g 治療措置の期間は、不当に長期にならないようにしなければならない。

h 専門治療施設の長は、退院を許可するときは、地方裁判所に退院許可を申し立てし、裁判所が決定する。退院取り消し、通院治療終了も裁判所が決定する。

i 裁判所は、bの手続きで、責任能力があると認めた時は、当該案件を検察官に差し戻さなければならない。

j 裁判所の決定に対する不服申し立て手続を定める。

k 治療措置を申し立てられた者は、弁護士の援助を受けることができる。

2.起訴された者が心神喪失と決定された場合の取り扱い
 通常の訴訟の過程において、裁判所が、起訴された者が心神喪失により無罪と判定したときは、検察官は1のaの手続きを取らなければならない。

3.退院後の体制の確立
 触法心神喪失者等が退院後に規則正しい服薬通院等を行えば、普通の生活を送ることが可能である。また、孤立感を抱くことがないよう、仲間作りや仕事場や生活の場の確保も重要である。これらを可能とするため、中心的役割を担う機関として全国に50か所ある保護観察所を活用する。

4.保護観察所の役割
a 地方裁判所が退院の決定をしたとき及び保護観察下の通院措置の決定をしたときは、その旨を保護観察所に通知する。

b 保護観察所の役割
 通院の必要な人の処遇のための中心的な機関として保護観察所を位置付け、在宅または中間施設で生活する人の処遇を抜本的に改善する。その具体的役割の主なものは次のとおりとする。

(a)その人の生活状況の把握、生活環境の調整、相談援助並びに継続的な治療を確保するための指導監督を行う。

(b)その人が社会的に孤立しないよう、精神障害者団体、支援ボランティア団体等との連携協力を緊密に行う。

(c)専門治療施設、保健所、医療機関、社会復帰施設、地方公共団体の担当部署等の連携協力機関の連絡調整会議を開催する等、その人の医療及び福祉に十分配意できる体制作りをする。

(イ)司法精神医学研究・研修体制の抜本的充実

 触法心神喪失者等に対する治療及び社会適応プログラム、精神鑑定等に関する研究や人材育成体制を抜本的に充実する。

(ウ)費用の公費負担

 本制度の実施のために必要な費用は公費負担とすべきである。

(3)精神障害者医療及び福祉の充実強化について

ア 精神障害者医療及び福祉の問題点

 次のような問題点が指摘された。
(ア)精神病院のスタッフ体制が弱い

(イ)国際的に比較しても病床数が多く、また、長期入院者の割合が高い 

(ウ)在宅者の日常生活への支援が不十分 

(エ)幅広い心の問題に対応する体制が不十分

(オ)福祉対策が、知的障害者対策、身体障害者対策と比較し、遅れている

イ 精神障害者医療及び福祉対策の改革案

(ア)精神障害者医療保健福祉対策5ヶ年計画(ダイヤモンド・プラン(仮称))の策定、実施

 知的障害者対策、身体障害者対策に早急に追いつくことを一つの目標とし、かつ精神障害者対策の質を高めるため、高齢者のための「ゴールド・プラン」に勝るとも劣らないダイヤモンド・プラン(仮称)を平成14年度中に策定する。なお、他の障害者対策も含めた心身障害者対策総合プランを策定しても良い。
 ダイヤモンド・プランには、できる限り広範囲な施策を取り込むことが必要であるが、少なくとも次のような事項を含むものとする。

1.患者の病態に応じた適切な入院医療の充実
 急性期の医療、早期の社会復帰をめざした医療、また、思春期精神医療、薬物依存の治療等の専門的医療等、患者の病態に応じた適切な医療を行えるよう、精神病床の機能分化について早急に検討を深め、これを推進する。また、病院の情報公開と外部評価を促進する。

2.在宅生活を支える、医療及び福祉対策の充実
 身近で気軽に治療を受けられる拠点として、精神科クリニックの活用を促進するとともに、患者が地域で24時間いつでも安心して生活できるよう、24時間オープンしている精神科救急体制並びに相談体制の整備を急ぎ、併せてホームヘルプ、ショートステイ、グループホーム等、在宅生活を支援する福祉対策の充実を図る。また、当事者同志が相互支援活動を行う自助グループ活動(ピアサポート)の支援を図る。

3.社会復帰施設の充実
 入院患者が円滑に社会復帰できるよう、生活訓練、授産、生活の場の提供等を行う社会復帰施設の充実を図る。

4.心の健康対策の充実

5.精神疾患の診断及び治療薬の研究開発並びに治療方法の研究、改善

6.精神保健、医療、福祉を担う専門スタッフの養成、確保
 特にPSWの養成、確保並びにその診療報酬上の位置付けを改善。

(イ)診療報酬のあり方の改善

4 法案の成立に向けて、すべての人の協力を!

 先の通常国会では、この法案は残念ながら継続審議になった。30年来の経緯もあり、反対される団体等もかなりあると聞き及んでいるが、「すべての人の人権を大切に守る」という思いの下に作られた法案であることをぜひご理解いただき、心の奥深き思いで持ってぜひ支持していただきたいものである。そして法案の早期成立を実現し、触法心神喪失等の方々の人権並びに犯罪行為の被害者、その家族さらには一般国民の人権が守られ、医療並びに福祉が充実されることを祈るものである。

(くましろあきひこ)