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精神保健福祉士の立場から

佐藤三四郎

はじめに

 先の国会で継続審議となった「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律案」(以下「心神喪失者等医療観察法案」という)は、1999(平成11)年の精神保健福祉法改正において保護者の自傷他害防止監督義務を削除したことに関連し、重大な犯罪を犯した精神障害者の処遇の在り方について早急に検討することとする附帯決議が契機になっている。保護者制度は、1900(明治33)年の精神病者監護法(以下「監護法」という)を起源とする制度であり、精神障害者の他害行為と医療保護の関係は100年を超えて持ち越された課題であった。
 刑法(1907〔明治40〕年)はその第39条で「心神喪失者の行為は之を罰しない。」と定めている。監護法が制定された当時の旧刑法(1880〔明治13〕年)も、「罪を犯す時知覚精神の喪失に因て是非を弁別せざる者は其罪を論ぜず(第78条)」と規定していた。判断能力がなく、自らの行為に対して責任能力のない心神喪失者の行為は罪とはならず、したがって刑罰を受けることもないというのが刑法の原則である。そして、罪に相当する行為を行った心神喪失者及びそのおそれのある者の処遇は、保護の名の下に精神科医療に託されてきたのである。

精神科医療に対する社会防衛としての期待

 監護法は、1898(明治31)年に施行された民法の規定を前提とし、親族の中から選ばれた監護義務者が行政庁の許可を受け、精神病者を私宅監置室、精神病院等に監置することを定めた法律であった。監護法案の提案理由は、精神病者の保護に関して民法の規定は財産上に止まるために本法を制定して身体を保護し、併せて社会に及ぼす障害を防いで精神病者に関する自他の保護の完全を期すものと説明された。
 精神病院法(1919〔大正8〕年)においては、罪を犯した者で司法官庁が特に危険のおそれを認める者を公立精神病院の入院対象とした。同法案の提案理由は、私宅監置の実況は家畜を取り扱うよりも酷いとする一方で、監置されず保護医療を受けられない患者は時に殺人などの犯罪を行い、危険な犯罪を繰り返すために保安上放置できないと述べ、精神病者の保護が不十分で公安上の不備となっていることから、これらの者を収容するために道府県に精神病院を設置すると説明された。
 1950(昭和25)年に精神衛生法が制定され、監護法及び精神病院法は廃止されたが、同法案の補足説明では、従来の法律が社会生活に極度の弊害を及ぼす精神病者だけを対象としていたのに対して、同法案は正常な社会生活の発展の上に少しでも障害になるような精神上の障害をもつものは全部対象としたと述べられ、社会防衛としての意義が強調された。精神衛生法の中核は、措置入院及び同意入院(本人ではなく保護義務者の同意)という強制入院制度であった。

措置入院をめぐる問題

 措置入院は、精神障害のため自傷他害のおそれがある者について、2名の精神保健指定医の診察に基づき、本人の医療及び保護のために都道府県知事(政令指定都市の市長を含む。以下同じ)が行う行政処分である。診察は一般の申請、警察官・検察官・刑務所長・保護観察所長等からの通報を受けた都道府県知事の職員が調査のうえで行われる。検察官通報は、検察官が精神障害者(疑いを含む)である被疑者または被告人を不起訴処分にしたとき、または拘留以上の実刑を伴わない裁判が確定したとき等に都道府県知事に通報するもので、心神喪失者等医療観察法案の対象は、そのうち重大な他害行為(殺人、放火、強盗、強姦、強制わいせつ、傷害)を行った者に相当する。
 入院患者のうち措置入院の占める割合は毎年低下しているが、入院期間は他の入院形態に比べて長期に及ぶ。措置解除後も医療保護入院等で入院を継続している者を含めれば、裁判を受けて服役した場合の刑期をはるかに超え、人生の大半を精神科病院で過ごしている者は多数にのぼるものと推測される。
 精神障害者による殺人、傷害、放火等の対象の多くは自らの家族であり、自らが居住する住宅である。このことは、本人の病状が回復した後の退院を著しく困難にしている。同じ肉親を殺された遺族としての加害者である本人への憎悪や拒否感、また近隣住民の恐怖感などである。このような環境の中での退院には環境調整等に多大な労力を要するが、精神保健福祉士をはじめ精神科病院のマンパワーの乏しさに加えて利用できる社会資源も乏しく、解決困難なままに時間が経過することになりかねない。医療と保護を目的としながら、結果的に社会防衛の機能を果たしているとも言える。
 退院した後に、罪責感から自殺を遂げる精神障害者も少なくない。

心神喪失者等医療観察法案について

 心神喪失者等医療観察法案は、措置入院制度の一部を切り出し、裁判官と精神科医である精神保健審判員の合議制により、医療を行わなければ再び重大な他害行為を行うおそれの有無を根拠として、入院医療及び通院医療の決定をするものである。しかし、医療の目的はリハビリテーションであって社会防衛ではなく、医療の必要性の判断と他害行為の防止とは次元の異なる問題である。
 当事者の間に、裁判を受ける権利を主張する声がある。精神障害者が事件を起こしても報道されるのは入院歴であって、彼らの話に耳を傾けるものはいない。簡易な起訴前鑑定等により責任無能力とされ、自らの行為についての事情や心情を弁明する機会もなく、一方的に処分を受ける立場に置かれている。贖罪(しょくざい)の機会を与えられることもない。 
 リハビリテーションとは社会的存在として自己決定し、自らの行為に責任を持つ主体としての全人的復権であるとすれば、責任無能力者を無罪とする刑法の原則こそが見直されるべきではないのだろうか。

(さとうさんしろう 埼玉県立精神保健福祉センター)