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1000字提言

白い杖

岡本昇

 電車の中で隣に立っている人が話しかけてきた。
 「目がご不自由なのに、すごいですね」
 そう言われてドキッとした。折りたたみの白杖を伸ばしたまま、携帯電話でメールを書いていたのだ。いつもは白杖をカバンに入れてから、携帯電話でメールを書いたり読んだりしているが、そのときはぼんやりしていて、白杖を持っていることを忘れていた。
 「少し見えるんですよ」と説明すると、「白い杖をお持ちなので、全く見えないのかと思いました」と言われた。こんなことをよく言われる。
 私は視覚障害者で、身体障害者手帳には2級と記載されている。いわゆる「弱視」である。白杖はいつも携帯しているが、必要なときだけ使っている。「必要なとき」というのは、「目が不自由なことを周囲の人に分かってもらいたいとき」で、「必要でないとき」というのは、「援助されなくてもいいとき」である。ずいぶん自分勝手だと思われるかもしれない。
 白杖を使って歩いていると、すれ違う人や自転車とぶつかることは少なく、安全に歩くことができる。コンサート会場では、指定席まで係員が案内してくれる。ほかにも助かることは多い。しかし、次のような場合に白杖を持っているとどうなるだろう。
1.ビデオレンタル店で、おもしろそうな映画を探して借りたいとき
2.今夜のおかずは決めていないが、スーパーでおいしそうなものを選んで買いたいとき
 親切なお店だと店員さんが声をかけてくれるかもしれない。「何をお探しですか?」。目的の品が決まっていないと、困ってしまうだろう。
3.ゲームセンターでクレーンゲームをするとき
 白杖を持った人がクレーンゲームをしているのを想像してみてほしい。なんとも奇妙な光景だと思う。最初に書いた「携帯メール」も同じだ。
 「弱視」というものへの世の中の認識はまだまだ低い。「視覚障害者→全く見えない人」というイメージを持つ人は多い。また、人によって見え方(視力・視野・色など)に大きな差があるため、何ができて何が不自由か理解しにくい。
 白杖を使っているとき、自分でも不思議に思うことがある。どうして伸ばしたりたたんだりするのだろうと。白杖を持ったままで携帯メールをしたり、クレーンゲームをしていても、違和感がなくなれば折りたたんだりはしない。違和感をなくすには、弱視というものをもっと知ってもらい、白杖を持った人でも全く見えないのではないことを理解してもらう必要がある。なかなか難しいとは思うが。
 さて、今度は白杖を片手に、金魚掬(すく)いにでも挑戦してみよう!

(おかもとのぼる 日本ライトハウス視覚障害リハビリテーションセンター職業訓練部)