音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「人権」という視点

安田武晴

 2年ほど前まで、聴覚障害者が英検を受ける際、リスニングが課されていたことをご存じだろうか。聞こえないのに、英文の聞き取りや英会話の試験が行われていた。批判を受け、映画やテレビの字幕のように、英文を画面に流す方法に改善されたが、障害者の人権侵害の端的な一例だ。もちろん、試験を課す側には、人権を侵害するつもりも、侵害しているとの意識もなかった。
 取材を通じて痛感させられるのは、障害のない人が、あまりにも障害者のことを知らなすぎる、ということだ。知らないから、人権のことなど頭にないし、まして、何が人権侵害にあたるのか、考えもしない。盲導犬を連れた人の利用を断る飲食店の店長も、自宅近くに知的障害者のグループホームができることに反対する住民も、根っこは同じだろう。
 こうした人たちには、もう少し障害者のことを知ってほしいと願う。専門の本や雑誌を読むところまでいかなくても、新聞を読んでほしい。そして、読み終わったら、てんぷら油を吸い取ったり、ペットのトイレに敷いたりしないで、切り抜いて読み返してほしい。新聞なら安いし手軽だし、最新情報も載っている。何よりも分かりやすい。
 手前味噌の話をしたからには、私も努力しなくてはと思う。障害者に関する記事を書いていると、読者が限定されているなと感じる。障害者本人や家族、福祉関係者が多く、障害と縁のない人の関心をひきにくい憾(うら)みがある。どうしたら、政治や経済、スポーツの記事と同じように、より多くの人に読んでもらえるのか。
 即効性のある妙案は思いつかないが、ひとつだけ、気長に意識し続けようと思うことがある。それは、常に「人権」という視点を忘れないことだ。支援費制度の導入、雇用状況の改善、脱施設化など、障害者を取り巻くニュースは多様だが、要は、人間らしく生活する権利の問題だ。「あなたが聴覚障害者だったら、リスニングを課されて、どう感じますか?」。そう問いかけるような記事ならば、共感を持ってもらえるだろう。
 私たちは、いつ事故で車いすを使うようになるかわからない。重い統合失調症にかかることだってありうる。子どもがダウン症で生まれてくるかもしれない。でも、人間であることには変わりない。当然、質の高い人生を送る権利がある。そのことを、記事を通じて根気よく訴え続けていこうと思う。

(やすだたけはる 読売新聞社会保障部)

(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
2003年1月号(第23巻 通巻258号)