音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

新障害者プラン
~精神障害者に関する評価と課題~

半澤節子

 本論は、新障害者プラン(平成14年12月)で示された精神障害者に関する内容、中でも、これを受けて示された『重点施策実施5か年計画』における『入院患者の退院促進』の具体策について、今後都道府県及び市町村レベルで施策化するうえでの課題を述べてみたい。
 第一に、退院・社会復帰という課題は、入院患者の退院促進、地域住民の精神科疾患に対する偏見差別の改善策と相互に関連づけて施策化されなければならない。5か年計画では、旧障害者プラン(平成7年12月)にはみられなかった精神科医療の抱える長期入院患者について、「条件が整えば退院可能な7万2,000人の社会的入院者を、10年間で退院・社会復帰できるよう総合的な推進方策を検討する」と明文化された。精神障害者の社会復帰の整備が停滞する要因のひとつには、地域住民の精神科疾患に対する偏見差別があることを無視することはできない。精神障害者や家族もそうした偏見差別の意識を内在化し、「世間体が悪い」あるいは「家族に迷惑をかけたくない」という理由で退院を諦め、退院を拒むことがある。一方、精神科医療従事者は、こうした地域住民の「世間体」に配慮し、入院治療による医療の継続と生活の場を長時間提供してきた。『退院促進』となれば、「入院患者はいずれ退院し社会生活に戻るべき人々である」という前提に切り替えて入院治療することになる。その際重要なことは、精神科疾患を患ったとしても、適切な医療やケアを継続的に受けながら『生活の場』における社会的なつながりを絶つのではなく、つながりを保ちながら生きがいをみつけて暮らせる「共生社会」を実現するというビジョンである。これを住民一人ひとりが理解し、わが事として関心を示すような教育プログラムを準備することである。
 第二に、行政が関わる精神保健サービスや福祉サービスと関連づけて、精神科医療従事者の貢献を具体的に示し位置づけることである。障害に関する国際分類の改訂(ICF:国際生活機能分類)でも、健康上の問題(心身の機能の障害)が活動・参加の機会と相互に関連し合うことが示された。この国際分類が示すエコロジカルな理念を精神障害者施策に反映したいものである。
 5か年計画では、保健・医療という項目と、福祉という項目が分かれて示されているが、保健・医療の項目には、長期入院者の退院促進に貢献しそうな施策が十分に示されていないように思われる。かろうじて「精神科救急医療システムの整備」のみであろうか。しかし、これは医療への「入口」、つまり受診の手段の一部に過ぎない。精神科医療を継続することの困難と再発のしやすさという精神疾患の特徴を踏まえ、退院時の指導、通院の確保や訪問看護の拡充、保健師など行政機関の訪問指導、ホームヘルプサービス、通所の場の利用などと関連づけられ、精神科医療が論じられなければならない。従来、保健所では、「精神保健相談」として、生活の場から問題を明らかにし受診という「入口」にアプローチしてきた。そうした地道な「地域」のとりくみの強化が検討されず、地域社会と精神科医療機関をつなぐ方法を重装備にすることは、今後市町村ベースで展開される地域ケアと精神科医療の活用を分断させてしまう。この両者をつないだ「包括的な地域支援」の全体を都道府県レベルのプランには示してほしいものである。
 現在、受け皿となる福祉施設や小規模作業所を運営する家族会などでは、精神科医の協力を得ながら地域住民向けの講演会を主催し、これと保健所の精神保健相談が連携することで、敷居の高い精神科医療への窓口となっている。精神科医療従事者は地域ベースでの役割を拡充し、退院後の生活を安定させる継続的な医療とケアの確保に貢献することである。精神科医療は今や、地域から隔離収容されてこっそり行われるものではない。精神科医や精神科の専門的な対応に秀でた看護師やソーシャルワーカーなどが、地域の生活の場でいかに役割をとるかを考え、保健所、市町村、社会復帰施設などと連携し、「包括的な地域支援」を構想する必要がある。
 第三に、「精神科医療機関で世話をされる暮らし」ではなく、「サービスを活用したり提供したりといった生活の場で、人のつながりを確保していく暮らし」を社会が保障するという発想の転換である。長期入院者は出生家族とも生殖家族とも疎遠になっていることが少なくない。地域社会で家族に代わる人とのつながりを精神障害者自身が予測できなければ、地域での暮らしに放り出されることを躊躇するであろう。「精神障害者の世話は家族が全面的に担う」という家族扶養の前提を見直し、「精神障害者の病状安定、対人関係、社会生活の安定という課題を地域社会全体で保障する」という前提で、それぞれの機能を創造する必要がある。たとえば、ホームヘルパーは数を確保するだけでは十分ではない。通院や訪問看護といった継続医療の確保、日中の居場所や役割の確保とともにあることによって、生活を支えることができる。家族に代わる機能の全体像を明確化し、共通の目標を見出し、各々のサービスをつなぐために、ケアマネジメントという効果的な方法を活用すべき絶好の機会が訪れたのである。

(はんざわせつこ 長崎大学医学部保健学科)