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インタビュー
坂本由紀子厚生労働省職業能力開発局長に聞く

◆聞き手◆ 編集部

―最近、IT技術の革新や福祉機器の発達などで、障害のある人たちの働く環境もかなり変化してきました。また、昨年の12月に発表された新しい障害者基本計画の中でも障害者雇用の促進が掲げられています。今日は、これからの障害者の職業訓練の支援について坂本局長におうかがいしたいと思います。
 まず最初に、現在の障害のある人の職業訓練の状況について簡単にご説明いただけますか。

 いま、全国に19の障害者職業能力開発校が設置されています。国立で日本障害者雇用促進協会が運営しているものが2校、国立で県に委託しているものが11校、それに県立校が6校で、145の訓練科、定員2,180人で運営されています。また、その他の職業能力開発校については、バリアフリー化などによって障害者の方の訓練を積極的に受け入れることにして年間400人前後の方が受講していらっしゃいます。それから特別委託ということで、民間の社会福祉法人などに、訓練校と同じ内容で訓練を実施してもらっています。全体合わせて年間3,000人くらいの方が職業訓練を受講しています。訓練修了者の就職率は57%で、障害者全体の就職率よりもかなり高くなっていますので、働くことを希望する障害者には有効な手だてだと思います。

―訓練を受けているのはどのような障害の方々でしょうか。

 受講されている方のうち、身体障害者が8割、知的障害者が2割、精神障害者は1%ほどです。これは従来から身体障害者向けコースが圧倒的に多くて、知的障害者対象コースは、最近になって増えてきたこと、精神障害者の場合は、拠点校で一緒に受けていただいており、栃木県にあるハートピアきつれ川のような例が少ないことによるものと思います。知的障害者や精神障害者に対する訓練は、まだまだ足りないという状況であり、身体障害者に対する訓練でも、たとえば視覚障害者など障害の種類によって機会が不足しています。
 年間3,000人という数字についても、絶対数が不足していると思います。

―障害者対象のコースはどのようなものでしょうか。

 身体障害者対象の訓練コースは、オフィスビジネス、印刷製本、情報処理、機械・図面、電気・電子、アパレル、デザイン、ビジネス情報、建築施工、メカトロニクス等が、知的障害者対象の訓練コースは、総合実務、作業実務等が多く、その他のコースとしては、縫製、機械、木工、陶磁器、紙器製造、製本紙工があります。

―職業訓練校に設けてある科目とやりたい仕事の現状についてどのようにお考えですか。

 訓練の科目というのは、社会のニーズをよく分析してそれに応えるようにしていかなくてはならないと思います。
 どういう部門に求人が多いかという求人者側のニーズ、どういう産業が伸びていくかという雇用ニーズ、これがまず重要です。それから働く人の希望といった両方を考えなければなりません。これからのことを考えると、現在は情報社会ですし、情報化はますます進むでしょうから、システム設計、情報ビジネスなどの情報処理系のほか、仕事の中でパソコンが使いこなせるような一般的な知識の付与も訓練の中で必要だろうと思います。それから、サービス業もこれから拡大していく部門ですね。高齢化社会では、介護ですとか、福祉部門の労働力もニーズが高いので、こういうところの訓練科目も拡大していくことが必要だと思います。

―訓練校を出た方の就職率が高いということですので、そういう機会は多ければ多いほどみなさん就職に結びつきますね。

 ハローワークに求職登録をしていて仕事がみつからない障害者は15万人を超え、この15年間で3.3倍にもなっています。一方、職業訓練の実施は、ほぼ横ばいで3,000人ほどという状況です。このため、全国の障害者訓練実施数を大幅に拡大し、できれば年間1万人位にもっていきたいと考えています。具体的には、全国のすべての都道府県に障害者訓練コースが開設され、障害者が身近な地域で訓練を受けられるようにしたいと思っています。さらに、これからは、職業能力開発校だけではなくて、民間の社会福祉法人や教育訓練施設、事業主にもご協力いただいて互いに連携、協力しながら、障害者の就職に結びつく職業訓練をやっていくことが大切だと思います。
 また、あわせて訓練手当の支給のあり方も見直しする必要があると思います。といいますのは、現在、障害者職業能力開発校などの受講者は、ほとんどが訓練手当の支給を受けるという取り扱いになっています。厳しい財政状況の中で、訓練手当の予算額は頭打ちが続いていますから、このような取り扱いを続けていると、障害者の訓練機会が増えても、受講者はいっこうに拡大できないということになってしまいます。養護学校を卒業して直ちに就職できずとも訓練受講を経て就職が可能になる人はかなりいますし、職域も拡大します。一方、障害者以外の学卒者が訓練を受講した場合には、授業料を徴収するケースがかなりありまして、この辺のバランスもあろうかと思います。

―訓練を受けたいという方には、その機会をつくっていきたいということですが、訓練をする場(受け皿)についてはどうお考えですか。

 現在、障害者職業能力開発校のない県が30県あるんですね。ここを是非改善して、少なくともそれぞれの県に1か所は障害者のためのコースを持つ職業能力開発校があるようにしたいと思っています。ノーマライゼーションの時代ですから、同じ建物でいろんなコースがあって、その中に知的障害者の方のコースもあるし、身体障害者の方のコースもあるし、普通のコースの中で一緒に受けられる方もいらっしゃる。そういう姿になれば、障害者が身近な地域で訓練が受けられ、訓練を受けたいという人がもっと増えてくると思います。

―そのために訓練手当の予算を施設整備のために使うというのはどうでしょうか?

 小泉総理が「米百俵」の話をされましたね。「米百俵」は戊辰戦争で廃墟と化した長岡藩に親戚の三根山藩から百俵の米が送られたとき、城内ことごとく飢えてその配分を願う声が高かった中で、小林虎三郎は、「分配すれば3日で米はなくなるが、これを売って学校を建て人材を育てれば100年後の繁栄をみる」と説いた故事です。私は、障害者の職業訓練もそういう感覚が大事ではないかと思っています。訓練を受けるチャンスをもっと作らなければならない、そこにお金を使う。いまはそういう時代ではないかと思っています。そうすれば、より多くの障害者がさまざまな能力を身に付け、もっと容易に職に就けるようになると思います。

―それから知的障害や精神障害の方など障害の特性もあるので、職業訓練の科目などで工夫が必要となると思いますが、いかがでしょうか。

 知的障害者の訓練科目としては、介護訓練科、OA事務や販売実務などの総合実務科などのコースが高い就職実績を上げています。精神障害者の場合は、特別のコースを設けているところは少なく、所沢市にある中央障害者職業能力開発校で精神障害者、高次脳機能障害者の訓練をスタートさせました。いずれの訓練も、訓練の実施に当たっては、障害特性を理解した専門家の配置などの人的支援や、訓練時間や期間の弾力化など柔軟な取り組みが必要だと思います。

―民間では精神障害のある方の就労に向けた取り組みがあります。

 はい、そのような民間の力を活用して就労支援を進めていきたいと思いますね。より実践的な能力を身につけるということで、事業主に訓練をお願いすることも有効ですし、社会福祉法人、NPOにも是非協力していただきたいと思います。

―知的障害者の職業訓練で新しい動きはありますでしょうか。

 これまで知的障害者の訓練コースは、作業実務科等が多かったのですが、最近は介護のコースなどがスタートしました。大阪市職業リハビリテーションセンター、中央障害者職業能力開発校等でやっています。介護の分野は成長分野ですし、評判もいいので、是非これは各県に広げていきたいと思っています。

―養護学校の高等部などでは職業教育などを一生懸命やっているところがあります。そういう方たちと県立の訓練校が協力して、障害者の方たちの職業能力が伸びるように工夫できるといいのですね。

 そうですね。是非そうしたいですね。県立の訓練校でそういうことをやるようになれば、そのノウハウを県内にくまなく伝えて、必要であれば先生たちが指導にまわるという核になるところがでてきて、できれば県庁所在地に1か所ではなくて、それぞれの地域で中心になるところができるようになるとずいぶん変わってくると思います。
 訓練校は訓練だけ、学校は学校の教育だけではなくて、みんなが互いのノウハウを共有して、障害者の自立のために協力しあう、作業所や授産施設、事業所、ハローワークなどもつながって有機的なネットワークができるといいですね。
 これからは、広く社会全体で障害者の職業を身につけることを応援する仕組みにしていきたいと考えています。そうするとずいぶん仕事をしたいと思っている障害者の方に能力開発をするチャンスが広がってくると思います。

―今日は希望のある話をありがとうございました。