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利用者工賃月額7万円をめざして

武田元

障害が重いということは

 障害が重いと働くのは困難という考え方があります。現在でもかなり支配的です。学校でも福祉施設でも、ましてや一般企業ではなおのことです。そしてこのことが障害の重い人を長い間苦しめてきました。
 働くことは個人の生活をまかなうための活動という側面と社会的な役割分担という側面を持っています。障害の重さを理由に働くことが保障されないと、人間としての個人的社会的両面での生活に重大な支障が生じることになります。
 福祉施設で支給される工賃が月額1万円に満たなかったり、プライバシーとは無縁の施設暮らしが当然視されたり等、具体的例はいくらでもあります。
 私たちは昭和58年から小規模作業所の建設と運営に取り組んできました。その経験から確信しました。障害があろうとなかろうと、障害が重かろうと軽かろうと、みんな同じ人間だということを。
 その立場から、私たちは人間と働くことの関係について、次のように整理しました。(1)人間はみんなやりがいのある仕事をしたいし、自分以外のひとの役に立ちたいと思っている。(2)人間はみんなやりがいのある仕事をして、家族や大好きな人に認めてもらいたいと思っている。(3)人間はみんな一定の収入を得て、自立して生きたいと思っている。
 確かに知的障害があれば、さまざまなハンディはあります。しかし、ハンディがあることと、不可能とは違います。そして決定的なのは、人間はどのような状況下でも、生活物資を生み出したり獲得しない限り生存できないということです。
 問われているのは、障害の重さで働くことを諦めるのではなく、どうすれば障害の重い人が働けるようになるかです。

月額7万円の労働報酬を

 私たちが施設を運営する具体的目標は二つです。一つは仕事の質的保障であり、二つ目は所得保障です。この目標を達成するために、どんな仕事を選ぶか、私たちが決めた基準は次の3点です。

(1)収益性が高いこと(付加価値の高い製品をつくることができること)。

 たとえ障害が重くても地域で当たり前の生活を送ることは当然の権利です。これを実現するために不可欠なのは所得保障です。働くことの目標は所得保障です。

(2)仕事そのものが質的に深いこと(高品質の製品をつくることができること)。

 質的に深い仕事は、仕事そのものが作り手にいろいろな要求をします。仕事が人を育て、やりがいと成就感をもたらします。それが自信につながります。

(3)製品は日常的に需要があり、地域住民と結びつくことができること。

 地域に見える仕事をすることが障害者理解の確実な一歩です。高品質の製品はつくる人の障害の重さを感じさせません。障害があろうとなかろうと、障害が重かろうと軽かろうと、みんな同じ人間ということを現実的に証明してくれます。

豆腐づくりへの挑戦

 私たちが作る豆腐は豆の風味が豊かな豆腐です。品質ではどこにも負けないという自信があります。値段はやや高めですが、根強い人気があります。
 他の豆腐と差別化できた原因は二つあります。濃い豆乳と、凝固剤として塩田にがりを使ったことです。どちらも豆乳を固めるのに技術を要します。今もって100%の成功は望めません。いつも失敗と背中合わせ、緊張のにがり入れ、職人技が求められます。しかし困難さを克服すると品質面での競争はなくなります。品質に自信がつくと安売り競争にも巻き込まれないですみます。もともと生産性が低い障害者施設が安売り競争をしたのでは所得保障は不可能です。私たちが平均月額賃金5万円を実現できた原因はここにあります。
 また豆腐づくりは共同作業に適しています。作業工程がたくさんあるからです。簡単な作業からにがり入れのように難しいものまでさまざまです。障害の重い人は、見通しが分かりやすい仕事から始めてもらいます。同じ場所でいろんな仕事をいっせいにやるわけですから、他の仕事が目に入ります。次はあの仕事をという意欲が湧いてきます。自分で目標が立てられれば、ゆっくりであっても働く力はついてきます。大事なのはやる気をどう引き出すかです。
 作業工程を細分化していけば、一つひとつの工程は単純作業になります。単純作業がまとまった結果が豆腐作りという難しい仕事になります。もちろん、各工程に難易差はありますが。こう考えるとどんなに単純な作業工程に見えても、なくてもいい工程はありません。みんな大事な役割を果たしているのです。

目標を数値化する

 私たちがめざす利用者平均工賃は月額7万円で、タイムリミットは2年後です。今年の5万円を来年は6万円に、2年後には7万円にする計画です。
 利用者定員が40名ですから、2年後の月額工賃総額は280万円、工賃が売上に占める割合を30%とすれば、売上月額目標は934万円、年間売上目標は1億1千2百8万円になります。
 私たち施設職員の役割はこの売上目標を達成することです。基本的にはこのことに尽きます。こういう言い方をすると、なぜかいろんなご批判を受けます。長時間労働や叱咤激励の毎日、無理やり仕事を強制される姿を想像するようです。
 しかし、叱咤激励や強制でこの売上目標が達成できるでしょうか。到底不可能です。達成するために必要なのは次のことです。
 製品の特徴としては、(1)一個当たりの収益が高いこと、(2)お客さんが繰り返し買いに来てくれることです。前述したとおり付加価値が高くて、質的に深い商品であることが必須条件です。
 利用者のみなさんについては、一人ひとりが見通しを持って自ら意欲的に仕事をしていることです。端的に言えば、難しい仕事を障害の軽重に関係なく(全体がうまく調和して)やれるようにしているかです。
 私たちが現在作っている豆腐にしてもパンにしても製品そのものはどこにでもある普通のものです。要は、普通の製品にどう特色を持たせるのか。どう差別化するのかです。
 私たちは7万円の工賃実現に期限を切りました。退路を絶って努力する以外ないからです。しかし、月額7万円の工賃、考えてみれば何とささやかな目標でしょうか。

(たけだはじめ 知的障害者通所授産施設蔵王すずしろ所長)