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フォーラム2003

ACTは果たして
日本の地域精神保健福祉活動の
救世主と成り得るのか

田所裕二

■はじめに

 昨年末以降、厚生労働省は、(1)社会保障審議会障害者部会精神障害分会報告書「今後の精神保健医療福祉施策について」において、7万2000人の精神病院入院患者の退院・社会復帰を促進する、(2)重点施策実施5か年計画(新障害者プラン)において、精神障害者福祉施策を充実する、(3)心神喪失者医療観察法案審議過程における、精神障害者の地域社会における処遇を充実する、そして(4)精神保健福祉対策本部中間報告「精神保健福祉の改革に向けた今後の対策の方向」において、精神障害者の地域ケアを充実するためにACT事業を積極的に導入する方針を打ち出すなど、精神障害者が健康で当たり前の地域生活が送られるための基本方針が多く示され、私たち精神障害者福祉に携わる者としては、大いなる期待を抱いているところです。
 ところで、今春、突然巷で語られるようになったこのACT事業とはどのようなものなのか、少し紐解いてみることにしましょう。

■ACT事業とは

 ACTとは、Assertive Community Treatmentの略で、「地域医療および各種生活支援を含めた包括的地域生活支援プログラム」と訳されています。
 精神障害者の継続した地域生活を可能にするために考えられたプログラムで、24時間対応を前提に、精神科医・精神科看護師・精神保健福祉士・ケアマネジャー・職業カウンセラー等の他職種による協働チームが、退院をしてきた精神障害者のケア(地域生活支援、社会復帰促進、再発予防のための訪問サービス、服薬管理、社会適応訓練など)を行うものです。治療とリハビリテーションの両面を併せ持ち、それを地域において提供することに主眼が置かれています。
 1970年代前半頃に、アメリカ・ウイスコンシン州で初めてモデル事業が行われ、その後オーストラリア、イギリス、フィンランドなどで取り組みが成されています。欧米諸国の実践では、精神障害者の再入院が減少したり、地域における定着率が高まったりと、生活の質が向上するという面からその有効性が高く評価されているようです。

■入退院の頻回者や状態が不安定な人が対象?

 ACT事業の対象者は、「地域におけるすべての精神障害者」ではなく、ACTを利用しなければ退院が困難であったり、社会適応が困難で入退院を繰り返している人に対するサービスとしてイメージされています。障害の重篤化の要因とも成り得る再発をできる限り防止し、家族の状態に左右されることなく地域生活をサポートできるプログラムとしてACTが考えられています。
 サービス提供の基本的な流れは、現在のケアマネジメントと同様です。障害者に対して、病気や障害の状況を説明し、さまざまな専門家による多角的なケア計画を策定し理解を求めます。そして、当人を含めた合意のうえでの短期・中期・長期のケア計画をまとめ、実行をしていくのです。
 それでは、このプログラムを実行することで、具体的にはどのような効果が期待できるのでしょうか。一つは、障害者が感じる満足度が大変高くなることです。訪問主体のケア方針でニーズの高いサービスを優先的に行うのですから、必然的な結果といえるかもしれません。次に、入院期間の短縮です。地域でかなりガンバっておられるし、逆にある程度の状態が維持できると地域で支えることが可能になります。そうすることで、地域での拠点も確立してくることにつながるのです。
 また、入院をさせたという罪悪感が薄らぎ、地域で家族と暮らしやすくなったり、家族もさまざまな専門家に相談がしやすくなり、家族の満足度も高くなる結果につながります。

■日本におけるモデル事業

 日本では、今春から厚生労働科学研究班で、ACT事業の導入に向けた研究が進められています。日本版ACT(=ACT―J)として、5月から国立精神・神経センター国府台病院(千葉県市川市)の精神科病棟において、基準を満たす患者の同意を得てプログラムを実施しています。対象者はまだまだ少なく、実践としては十分なデータが得られている状況ではないようですが、今後の研究に期待が寄せられています。厚生労働省では、「訪問型サービスの鍵となるもので、入院(精神病床でのケア)が必要な精神障害者を多職種の専門家が連携して、地域全体でケアをしていく」と考えており、平成16年度からでもモデル事業を実施していく考えのようです。
 現段階では、看護師・保健師・ケースワーカーなどの病棟スタッフを訪問チームのエキスパートに養成し、医療と福祉をミックスしたプログラムを用いて、10人程度の専門職で100人の障害者を支援するサービスが想定されています。
 今後の展開としては、一般の社会的入院患者については、地域生活支援センターを中心としたケアマネジメントによる退院促進事業等を活用し、必ずしもACT事業を利用しなくともよいと考えられています。
 やはりACT事業は、既存のケアマネジメントでは退院促進が困難である障害者と、入退院頻回者の対応が主となります。社会的入院患者(7万2000人)が、本当に10年間で地域に出て行った場合、入退院頻回者へのプログラムと同様に、ACT事業が大きな支えとなり得ると期待されています。病院のベッドも減らされ、急性期の患者の対応も地域で行うようになっていく方向にあり、関係者にとっては、ACT事業は地域精神保健医療の救世主のような位置づけであるようです。

■福祉的サービスの視点が希薄では

 欧米諸国での好実践を受けて、日本においてもACT事業を試行することは、大変価値があることでしょう。しかし、医療を中心とした視点が強く感じられる現況にあって、果たしてどこまで福祉的なサービスが伴ってくるのか、もう少し慎重に検討をする必要があるのではないでしょうか。
 地域で暮らすためには、やはり住まいと所得保障のサービスが重要になってきます。そして、生活支援や就労支援の拠点が大変重要です。現在、精神障害者の地域生活を支えているのは、各種社会復帰施設や小規模作業所であり当事者(家族を含む)グループなのです。これらのサービス(地域の実践)内容を的確に評価しつつ、保健・医療サービスとのネットワークを再構築するような考え方が、まずあってしかるべきではないでしょうか。
 精神障害者の地域生活支援が最も重要であるとのお題目を唱えておきながら、地域実践の拠点(活動)を阻害するような施策が次々と出されてくる現実とのギャップを、私たちはどのように理解すればよいのでしょうか。
 ACT事業のような新たな取り組みをアセスメントする一方で、まずは現在の実践を正しく認識し、日本の社会として必要なものを残し、また創世していくことが大切であると思います。
 ACT事業はまだまだ試行の段階で、これからさまざまな実践が加わり評価がなされていくのでしょうから、「ACT―J」が多くの精神保健医療福祉関係者から支持されるような充実した内容となることを期待しつつ、注目をしていきたいと思います。

(たどころゆうじ 財団法人全国精神障害者家族会連合会)